カエデの行く先
「あの、厚かましいお願いですが、娘のカエデを一緒にお連れ頂くことはできますか?」
「お、お母さん?!」
その言葉には、張本人のカエデさえも驚きを隠せない。なにしろ隣町へお引越し、とかいうお気軽な話ではないのだ。すでに何百年も袂を分かったまま、生態系はもちろん、文化も習慣もかなり様変わりしてしまった異世界に行く、という大冒険なのだから。
「いえ、分かっています。これが無茶なことだということは。でも、今回は白紙に戻ったとはいえ、皇帝陛下への輿入れの話だっていつ再燃するかわかりません。そして、リュシアン君も目の当たりにしたと思いますが、この村での、その……私たちの立場は」
確かにあの村長の態度からして、彼女たちにあまり良い感情を持っていない様子だった。もちろん村人たちのほとんどは、その村長に従っているか、または関わらないようにしているだけで、おそらく面倒に巻き込まれたくないという事なかれ主義なのだろうけれど。
ティファンヌ公爵家は領主としてはかなり善良だったようだが、それでもその下の貴族たちが全員善良だったわけではない。しかも今の皇帝は地方にあまり関心がなく、この辺りは街道沿いにも盗賊が出るなど、治安もあまりよくないとのことだった。
もちろん、今となってはただの市民である彼女たちにはどうにもできないし、義務もない。それでも、村人たちのそういったもろもろの不満は、どうしても元貴族のカエデたちへと理不尽に向けられてしまうのだ。
「私たちはいいんです。こうして職にもつけて、それなりに生活が出来ています。冒険者になって、この土地を出る選択をした家族もいます。カエデも先日、アルヴィナへ赴いた際に冒険者になったとは言ってましたが、何にしてもまだ子供です」
確かカエデは十三才、だったかな? 確かに、向こうでは冒険者になるのも条件付きだろう。
カエデは祖父に武術を教わったらしく、実戦こそ僕とダンジョンへ潜ったあの時が初めてだが、実力はなかなかのものだった。とはいえ、冒険者になれたのは祖父の紹介状があったから、とのことである。
「この子、実は学校に行ってないんです。この村の学校はもちろん、帝都の学校にも入学を許されなくて」
それは当然、能力が足りないとかそういう理由ではないのだろう。ティファンヌ公爵家は、確かクーデターに関わったという、謀反の罪だったはずだ。下手をすれば一族郎党処刑もあり得る罪状だ。
それを教会の強い擁護と、容疑があくまで疑いの域を出なかったことにより、爵位の剥奪、家名の削除、皇都からの追放で済まされたのである。
それでも、その名は汚名となり、いまだにあらゆる偏見に晒されているのだ。
「リュシアン君の学園でのお話を聞くにつれ、どうにもカエデが不憫で」
同じ年頃の友人もおらず、学校で当たり前に学ぶことが出来ず、ましてや大人の政治に巻き込まれて結婚させられそうになったのだから、確かに母親である彼女の心痛は察するにあまりある。
僕と同じ心情だったのか、お祖母様は深く頷きながらも、あえて「けれど」と切り出した。
「ただ、今となっては向こうとこちらではかなりの相違点があります。一番の心配は……」
そう、容姿だ。お祖母様の場合はエルフとはいえ、見かけだけなら人族とそれほど相違点はないが、魔族の容姿は明らかに違いがある。カエデの場合は、稀なる青い髪と、額に突き出た二本の角だろう。
青い髪はダークエルフにはよくある色だが、その存在自体、向こうの世界ではお伽噺に近い。ましてや魔族に至っては、主に人々を脅かすものの象徴としての登場人物なのである。
「そうだわ。それならいっそ魔界の学校はどうかしら?」
お祖母様は思い出したようにあっと声をあげ、いい考えを思いついたとばかりにぱんっと両手を叩いた。
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