食い違い
「えっ!? ここはミーデシア湖畔の洞窟ダンジョンよ」
「ミーデシア? ああ、あの三階層しかないっていう、ダンジョン? え、ここが? でも、ボクは……」
驚いたように首を振るカエデに、リンはすぐに言い返そうとして、思いとどまったように口を閉ざした。
それよりも、なんて言った? ムーアー諸島の……いや、ムーアー諸島は知ってる、前にカエデから聞いた魔界だよね。そうじゃなくて、そのダンジョン。たぶん僕は知っている。
数年前に僕達が迷い込んだ、あの……。
「え、まさかさっきの罠が? いや、でも他のダンジョンにって、そんなこと……」
その間にもリンは独り言のようにブツブツ呟いて、やがてゆっくりと顔を上げた。
「……ボクが濡れているのはね、実は流されたんだ」
唐突に、リンが先ほどの僕の質問に答えた。
「ディリィのヘマに巻き込まれちゃって、僕だけ水責めをまともに食らって、行き止まりの水溜まりに引きずり込まれたんだ」
正直死ぬかと思った、とここでちょっとだけ恨み言が入ったが、リンは気を取り直して話を続けた。
「さすがのボクも、水の中では長く息は続かない。意識が遠ざかりそうになった時、目の前に明かりが見えた。必死に泳いで地上に出たんだ」
地上に出ると、そこは元の場所に類似した、行き止まりに水辺がある場所だったらしい。でも、先ほどの場所ならいるはずのディリィの姿がない。途方に暮れていると、程なくペシュに会ったというのだ。
僕はリンにここの地図を見せて、間違いなくミーデシアの洞窟ダンジョンだと示した。しかし、その地図を見たリンは、却って何かを思いついたような顔をした。
「なるほど……でも、これって」
そう言って、リンは自分の持っている地図を取り出す。
「じつはボクたちは、今回は罰……じゃなくて、ギルドの依頼でここ……あ、ムーア―諸島の方ね、ダンジョンの低階層部分の地図の改訂作業を請け負ってたんだ。あそこの下級階層は、今はほとんどの冒険者は素通りだからね。でも、あそこはいまだ未踏破のダンジョンで、継続的な地図の改訂が必要なんだけど、請け負う冒険者がぜんぜんいないんだ。依頼料も安いしね」
いわゆるマズイクエストとして、いつまでも残ってしまうというのだ。
ダンジョンはどんな変化をするかもわからないので、たとえ素通りされてしまう低階層といえど、定期的に調査が必要になる。ダンジョンは生き物だと称されるように、時として驚くような変化をすることがあるからだ。
けれど実際には、なんだかんだと十年近くも放置されていたらしく、リンたちが調査をすることになったらしい。
ムーア―諸島のダンジョンはすごく有名で、その広さも大陸一と言われている。いまだ途中までしか踏破されておらず、ダンジョンの最高峰とまで言われているのだ。
そして、そのダンジョンがある海辺の大きな街は、ダンジョン都市として魔界で一番の賑わいを見せているのだという。
「……魔界って観光地なんだね」
「もちろん、魔王が住む城付近は別世界だけどね。でも、ダンジョン都市が魔界の経済の一端を担っていることは確かだよ」
他にも広大なサンゴ礁に、豊かな漁場を持ち、高級リゾート地まであるという。
めちゃめちゃ裕福そう……なに、魔王ってやり手の商人なの!?
「そのせいで、よからぬ目を付けられたりもしちゃうんだけど……」
「……え? なに」
聞き返した僕には答えず、小さく首を振ってリンは先ほど取り出した地図を広げた。僕が持っていたミーデシアの簡単な地図とは違って、さすがは大陸一のダンジョンの地図だ、とにかく大きい。
「これを見て、ボクたちはこの地図に訂正を加えながら、この辺りを歩いていたんだ」
リンは初級のマッピングの巻物も併用しながら、地図を訂正して歩いていたらしい。ダンジョンはとにかく広く、一つの階層でも隅々まで踏破するには数日はかかる。しかも、ところどころ変な高濃度な魔力溜まりがあり、初級のマッピングで拾えない場所もあるのだという。
最終的には、足で調べるしか方法がなく、これがマズイクエストたる所以だった。
なるほど、アナクロ調査で手間がかかる割には、どこまでいっても低階層ゆえに報酬は安いというわけだ。
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