地底湖
休憩といっても、今回は出発からさほど時間が経っていないので、食事ではなく水分補給のみである。すぐに飲めるようにと準備してある水筒のお茶で簡単に済ますことにした。
地面に座ろうとして、ここも何となく濡れていることに気が付いた。
上から滴り落ちる水で、あちこちデコボコと盛り上る石筍という現象もみられる。僕も、三階層に下りてからこっち、何回か蹴躓いたからね。
「下が濡れてるから毛皮のシートを敷くか、必要なら椅子を出すから、直接座らないでね」
こんなところで服を濡らしたら余計な手間だ。そういえば、服を乾かすだけの魔法とか、生活魔法にはあるのだろうか? カエデがいくつか生活魔法を知っていると言っていたし、落ち着いたら今度いろいろ聞こう。
比較的平面な場所に、シートを敷いて思い思いに寛いだ。ゾラは、相変わらず出入り口付近に張り付いて警戒をしている。ペシュもいるんだし、たまにはリラックスして欲しいんだけどね。
さて、僕はちょうどいいのでこの休憩を使って薬草採取の準備を始めた。
まずは鑑定の巻物、これは初級で大丈夫。いくつか必要となるので本数を確認しておく。あとは口の大きなガラス瓶、特大のもの。これは僕が、シャンプーやリンスを保管するために特別に大きく作ったものだ。今回はさらに特殊な加工を施しておいた。
「それに入れるの? ずいぶん厳重ね」
「まあね……さて、今日は日暮れまでには戻りたいから、あまりゆっくりもしてられないよ。お茶を飲んだらすぐに出発だ」
道具の確認だけ終えると、僕もすぐに出発の準備を済ませる。
空白地帯を出て数分歩くと、そこから道が三本に分れて伸びている。地図によると左が地底湖へと続く道だ。後の二つは行き止まりで、真ん中の道は地底湖の部屋のように広くはないが、通路の途中で途切れたように水面になっているという。どちらにしても行き止まりなので、特に詳しい調査は入ってないようだ。
僕達が行くのは当然左へ続く道。途中、爬虫類系モンスターに道を塞がれたりしたが、カエデとゾラによって蹴散らされた。ゾラもだけど、カエデも結構強い。どうかするとニーナ達より若干強いかもしれない。
僕も彼らをサポートしつつ、道なりに進んでいった。ここはマッパーの仕事はほとんどない。基本的に脇道は少なく、罠も見当たらないのだ。
なんかこう……ダンジョンとして不完全な気がするんだよね。
距離としては結構あったが、一時間ほどで大きな広場に出た。扉はなく、ただ単に行き止まりの大部屋という感じだ。
そこは息を呑むほどに綺麗な場所だった。天井は高く、つらら状の乳白色の鍾乳石が下がり、部屋の中央から半分を占める湖面は、まるでそのものが光を発しているようにエメラルドグリーンに輝いている。
「うわぁ……なんだか想像以上だ。こういうのってテレビでしか見たことないけど、実際見るのとは感動が全然ちがうんだなあ」
「……テレビ?」
すぐにカエデが不思議そうに反応したので、曖昧に笑ってごまかした。モンフォールの王立図書館で見たんだと、苦しい言い訳をする。
「ここほどの地底湖はそうないでしょうけどね」
どうやらこのダンジョンの数少ない自慢なのか、カエデがどこか鼻高である。
そして水辺には、一面に小さな淡いピンクの花をつけるべス草が群生している。この薬草はそれこそ雑草のように強く、また水辺なら大体どこでも生えているので特に珍しい薬草ではない。だからこそ基本の素材で、どんな薬を作るにしても必ずこの薬草が下地になる。扱いやすく、一番安価で、ありふれた素材。けれど、これがないと始まらないというものでもあった。
「いっぱい群生してる。これだけあれば……あっと、水も採取しておかないと」
「水……大丈夫かしら。毒がここまで滲みてるんでしょ?」
まあ、むしろここまで浸透してなかったら来た意味がないんだけどね。
僕は小さな小瓶を取り出し、水を採取した。表面の水と、湖底近くの水だ。湖底の方はというと、ひもをくくった瓶を降ろすという原始的な方法だ。こういう時、魔法はあまり役に立たない。
蓋をして、それを鑑定する。まずはずらっと成分が並ぶ。所謂カルシウムだのなんだとのという水に含まれる一般的なミネラル分の数々である。やっぱりかなり硬度は高いようだ。なにしろ鍾乳石やら石筍がめちゃくちゃ育ってたからね。
それから本命は……と。
うーん……やっぱり毒性はなし。すでに消えたのか、始めからここまで滲みて来なかったのか。ん? 湖底の方の塩分濃度が高い気がする、これじゃあまるで汽水湖だ。どこか遠くで海に繋がっているのだろうか。
「毒性なし……」
「そう、じゃあ安心ね。このダンジョンの水は無害なのね」
「……急がないと」
カエデのホッとした声に、僕は少しだけかぶせるようにして呟き、急いで立ち上がった。
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