古都アルヴィナ
目が覚めると、ここがどこだかすぐにはわからなかった。
「おはようございます。リュシアン様」
その声に顔だけ向けると、ベットの側に静かに佇み、軽く頭をさげているゾラの姿があった。あ、いま一気に思い出した。ここはアルヴィナという町で、迷い人のカエデと一緒に宿屋に泊まったんだったね。……いや、今は僕が迷い人か。
「おはよう、早いね」
「お支度の準備が整っておりますので、お使いください」
起き上がってテーブルを見ると、洗面用の小さな桶と手拭い、髪を手入れするブラシなどが揃えてあった。相変わらずいたせりつくせり。姿を消している時は、存在しないものとして振る舞っているので一切手出しはしないが、表に出ている時は従者として振る舞うようだ。
……まあ、人目のない所ならいいか。
身支度を整え部屋を出ると、食堂へ向かう途中の廊下でカエデに会った。どうやら時間はきっちり守るタイプらしい。合流して階下へと向かい、それぞれ用意されたテーブルにつくと朝食が運ばれて来た。ゾラも昨日言い含めた通り、ちゃんと僕らと並んで一緒に食事をとっていた。
「それでカエデとしては、聖地へ向かうつもりなんだよね? 同行人を待つって手もあると思うけど」
「そ、そうね、……でも丸一日行方不明だったんだもの。私は逃げたと思われてるんじゃないかしら。早々に帝都に戻ってるか、聖地の方へ連絡に向かっているか……きっと、もうここにはいないと思うわ」
カエデの様子からして、同行人だった者たちとは合流したくなさそうな空気が伺えた。この結婚話からして、脅迫めいた理不尽な圧力を感じるし、カエデがよく思ってなくても当然だろう。
「帝都ってここじゃないの?」
「ええ、ここはかつての帝都だった場所。ずいぶん昔に帝都はもっと東に移ったのよ」
聖地へ向かって、カエデはどうするのだろう?
ふと、いつもの余計なお節介が頭をもたげたが、無関係な僕がこれ以上首を突っ込むべきではないと、小さく頭を振って食事を再開した。
どちらにしても旅支度が必要になりそうだ。
もっとも、僕のカバンには道具や食料、今まで手に入れた戦利品、装備、その他もろもろ入れっぱなしになっており、実際、昨日の宿屋での支払いではそのおかげで助かった。とはいえ、数日の旅をするとなるといろいろ追加しておきたいところである。
あれ? そういえば足ってあるのかな。
「聖地に行く手段って馬車?」
「ええ、聖地まではわりと需要があるので、乗合馬車が頻繁に出ているはずよ」
じゃあそれほど大掛かりな旅の準備は必要ないかな。
「食事が終わったら少し買い物に出よう。乗合馬車の出発時間とかも聞きに行かないといけないし」
僕がそう締めくくると、カエデはまだなにか言いたそうにしていたが「そうね」と頷いて、それからはずっと無言で残りの食事を食べていた。
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