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カエデの事情

 夕食が終わり、今はゾラと二人で自室へと向かう廊下を歩いていた。

 ついさっき、カエデに用意された部屋まで彼女を送ったところである。まだ話したそうにしていたが、かなり夜も更けてしまったので、また明日ということにしたのだ。

 あの時、僕の部屋で話していると宿の使用人が、夕食の準備が整ったと呼びに来た。それまでに大体の概要は理解したので、話を切り上げて食堂へと向かった。高級宿屋に偽りなしの、とても美味しい夕食だったが、なにしろ心配事が山ほどあるので悠長に楽しんでばかりもいられないのが残念だった。

 それにしても広い宿屋で、しかも案内板のようなものもなく、うっかりすると迷いそうだ。この難解な道筋はたぶんわざとで、いわゆる防犯システムの一つなのだろう。

 なんとか無事に部屋にたどり着き、ベットに腰かけると、ゾラがテーブルにあるランプに火を入れた。この宿屋は、部屋の入口付近に魔石を使ったランプがあるため明るいが、それでも手元を照らすために普通のランプも置いてある。


「ありがとう、ゾラ。ここでは寛いでいいよ」

「はい」


 返事はしたが、やはりゾラはテーブルの傍に立ったままだった。苦笑したものの、こればかりは職業病とかいうものかもしれないな、と半ば諦めている。

 さて、明日からどうしようか。

 すごく簡潔に話をまとめれば、カエデは皇帝の元へと嫁ぐため、神殿のある聖地に向かっている途中だったということだ。

 ソティナルドゥ神を祀るその神殿では、百年前までハイエルフが神事を行っていたらしく、いわゆる生き神信仰が残っていた場所だという。

 皇帝家に嫁ぐ者は、ここで禊や儀式を行うのが習わしだというのだ。

 カエデは今でこそ商家の娘だが、祖父の時代までは、なんと皇位継承権を持つ公爵家だったらしい。それが一度のクーデター騒ぎですべてを奪われたというのだ。

 今の皇帝は、ほぼ純血の人間なので世代交代が激しい上、簒奪や弾劾が多く、慌ただしい継承のどさくさで英雄の系譜からどんどん外れてしまった。

 一方、カエデは身分こそ一般市民だが、名前に英雄の痕跡を色濃く残し、しかも高祖父は英雄の息子なので、よっぽど血筋は確かである。

 ともかく、教会の圧力や家臣からの弾劾に怯える皇帝が、英雄の威を借りようと元公爵家で年頃のカエデに目を付けた。もちろんカエデにその気はなく、家族もそんな話は受けなかったのだが、腐っても相手は皇帝である。ましてや、市民のほとんどが信仰している宗教の力も持ちだし、ありとあらゆる権力でカエデを絡めとったのである。

 その際、カエデの祖父がいざとなったら世界の果てへとお前を逃がしてやる、と豪語していたらしいが、よもや今回の事には関係あるのかどうか……けれど、結局のところ、この馬鹿げた結婚話に頷くしかない事態へと追い詰められた。

 その祖父が病に倒れ、彼女の暮らしていた町に病が蔓延したのである。

 とまあ、要するに形だけでも英雄の名前が欲しい皇帝が、カエデとの婚姻によってそれを手に入れようとしているという政略結婚が事の始まりだったのである。


「そうそう、ゾラ」


 僕が立ち上がると、ゾラは部屋の出入り口付近に用意されていた着物を取りに行き、すぐに手渡してくれた。どうやら宿屋が用意してくれた寝間着のようだ。突然こっちに飛ばされたせいで、ろくに旅の準備ができなかったので助かる……って、そうじゃなくて。


「ありがとう、でもまだ寝ないよ。少し話があるんだ」


 ゾラは頷いて、改めて僕の前に跪いた。


「うん、それね」

「……?」


 唐突に指摘されて、ゾラは何のことかと首を捻る。


「こっちでは常に姿を晒しているし、できれば普通に接して欲しいんだけど……いや、わかってるよ。君も仕事なんだし、余計な口出しはしたくないんだけどね」


 ゾラが困っているのが伝わって来て、僕は言い含めるように続けた。


「目立つといろいろ支障がでるんだよ。それと、これは最初に言おうと思ったんだけど、僕が世界を飛ぶ現象が一体どういう条件で起こるのかわからないけど、危険だからむやみに飛び込んだらいけないよ」


 とっさに口を開きかけたゾラを押しとどめて一気に話した。


「誤解しないでね。君を蔑ろにしてるわけでも、信用してないわけでもないよ。でもね、万一にでもどこかではぐれて違う場所……ううん、下手をすれば未知の空間に迷い込むとも限らないんだ」


 実際、前回はとんでもない高レベルのダンジョンの最深部だった。下手をすれば、そこは空気がない場所かもしれない、あるいは毒が充満した場所かもしれない、地面がない奈落かもしれない……そんな場所へ放り出されないとも限らないのだ。

 ゾラは、じっと僕の瞳を見つめて一度口を噤み、再び口を開いた。


「……仰る通りに」


 うーん……、ほんとかな?あっさり頷いたゾラに、僕は却って納得いかなかったが、そもそもこの現象がどうやって起こっているのかわからないので注意のしようがない。

 同じ理由で、今のところ帰る手立てもない。嘘か本当か、カエデの祖父がそれらしいことを言っていたから、あとで本人に会ってみるのも手かも知れない。

 どちらにしても、当面では出来ることもないのでカエデに協力するしかなさそうである。

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