辿りついた場所2
「これはまた、高級そうな宿屋だね」
「そうね……」
目の前にある宿屋は、普通の冒険者が逗留場所にするような宿屋ではなかった。あえて言うなら、セキュリティが整った高級ホテルだ。
「……ある意味、接待みたいなものだったかもね」
「従魔が一緒でも、大丈夫かな」
どうやらカエデも馴染みと言うわけではなく、先日初めて泊まったらしい。まだ詳しくは聞いてないけれど、この街のことはそれほど知っているわけではなく、目的地への道中に立ち寄ったというのが真実らしい。
「そのサイズの従魔でしたら、ご一緒で構いませんよ。皆さまは、大部屋がよろしゅうございますか?」
宿屋の女将さんだろう女性は、ニコニコと笑って対応してくれた。
「いえ、二部屋お願いします。食事もこちらでお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんですよ。夕食と朝食三人分、お部屋は二部屋ですね」
「はい、よろしくお願いします」
子どもの二人連れに、しかも保護者と思しき青年は一言も発さず、ただじっと佇むのみという、とても普通の一行とも思えなかっただろうけど、始めにいくらかの金貨を積んだのがよかったのだろう。なんとか今夜の宿は取れそうだった。
一方、カエデは提示された金額に驚いていたようだが、これほどの宿屋であれば吹っ掛けれたわけではないだろうと踏んでいた。玄関先には身なりの整った用心棒が立っていたし、従業員はしっかりと教育されている。
おそらく、要人や高級官僚などもご用達のちゃんとした宿に見えた。
一見さんには必ずやってもらうのだと言って、玄関先で小さなカードのようなものに触れた。おそらくあれは、犯罪履歴を確認する魔法道具か何かだったのだろう。
いくらお金を積んだところで、そこで引っかかれば用心棒によってここからつまみ出されたに違いない。
「驚いた、こんなに高い宿屋だったのね。ごめんなさいね、昨日は私が支払いをしたわけではなかったものだから、知らなくて……」
カエデは、高い宿屋を紹介したことを申し訳なく思っているようだ。
先ほど部屋に案内されて、今は僕とゾラに用意された部屋で、カエデも一緒に寛いでいた。カエデには別室が用意されているが、夕食まではここで一緒にいわゆるウェルカムサービスのお茶を頂いているのだ。
さすがは高級宿屋、おもてなしが行き届いている。
「それに私の分まで出して貰っちゃって、ごめんなさい」
「しょうがないよ、カエデはほとんど身一つだったしね。それに、セキュリティがしっかりしてるのは悪いことじゃないよ。なにしろ、僕にとってはここは未知の世界だしね」
「それにしても、貴方何者なの?あんな大金をポンと出しちゃうし、それに……」
カエデは、少し遠慮がちにちらっと僕の背後を気にした。
言わずもがな、ゾラの事だろう。彼の態度から、恐らく僕の従者か何かと思っているようだ。無理もない、こうしてお茶を囲んでいるのに彼一人、僕の後ろに控えているのだから。
彼には彼の矜持もあろうし、僕も自分がどうしても納得いかないこと以外は、無理強いするのも違う気がするのでアレコレと口にする気はない。
「君が迷い込んだ世界……どうやら、元は同じ世界にあったようだけど、そこにある国の一つ、モンフォール王国、伯爵家。その三男というのが僕の身分だよ」
正直、ここでは僕の事はあまり関係はないだろうけど、カエデの事情を聞くにあたって、自己紹介は必要だろうし、信用してもらう必要もある。
「彼は僕の隠密、要するに護衛だね。普段は姿を隠しているし、こちらに介入してくることはないよ。今回は付いてきちゃったけどね」
「……申し訳ありません」
しおらしく頭を下げるゾラに、僕は小さく肩を竦めた。実際、職務に忠実であり、謝るどころかお手柄とも言えるのだろうが、僕はいささか困ったように苦笑するに止めた。今はとりあえず、カエデがいるので話を戻した。
「ともかく彼の事は気にしないで。少なくとも、あやしい者じゃないから」
彼女が、隠密という言葉で納得したかどうかはわからないが、取りあえず僕が身元を保証したことで信用してくれたようだ。たかだか伯爵家の三男坊に始終護衛が付くことにはいささかの疑問もあっただろうけれど、今ここで詳しく話したところで意味はないので僕はあえてスルーした。
「お金のことは、また別の機会にでも話すけど……今は」
「そうね、私の事よね」
「……話したくないことは、無理に話すことはないよ。ただ、今の状況やこれからの行動に必要なことだけ聞かせてもらえればいいから」
僕がそう言うと、彼女は小さく首を振った。
「いいえ、貴方には協力してもらわないとならないと思うし、……ううん、たぶん私は聞いてほしいのかもしれない。ごめんなさい、愚痴のようになってしまうかもしれないわ」




