辿りついた場所
ふと気が付くと、ざわざわとした人の波が先ほどまでと変わらず、僕達の脇を通り過ぎていった。
一見、何事もなかったかのようだけど……。
とっさにカエデの手を握っていたことを思い出し、確認するとしっかりと少女の手はそこにあった。ほっとして顔を上げると、向こうもこちらを見ていて大きな瞳をぱちぱちと瞬いている。
そしてもう一つ、今も感じる二の腕を掴む大きな手の感触。
「……ゾラ」
それはある程度想像した通りの人物だった。
僕が声を出すと、ゾラははっと気が付いたように手を離し、片膝をついて頭を下げた。
「勝手なことをして、申し訳ありません」
「いや、……いいから、とにかく立って」
ここで跪くのやめて。
案の定、周りの人々の視線が、まるで奇異なものでも見るように、じろじろとこちらに向けられていた。
そして、それは僕の頭上にも注がれていた。
どうやらいつもの指定席に乗っていたチョビは、しっかりとしがみついていたようで無事だったようだ。ただ、人混みに緊張しているのか、短い手足をゴソゴソと動かして、髪をかき分けるようにして深く潜ろうと必死だ。
頭皮をえぐるように掘るのやめて、痛い……。
ペシュも、ひょこっと襟元から顔を出した。咄嗟に服の中に避難していたらしく、首を伸ばしておっかなびっくり外の様子を窺っていた。
みんな無事でよかった。下手をしたら、迷子どころでは済まなかっただろうから……なぜなら。
「ねえ、リュシアン。ここ……」
辺りを見回していたカエデも、どうやら気が付いたようだ。
そう、僕はもうわかっていた。
ここは先ほどと変わらず人々が行き交う雑踏だが、その他は、何もかもがまったく違うのだということに。なにより、先ほどと変わらないさんざめく人々もまた、全員と言っていいほど人族ではなかった。
「うん、そうだね。もっとも僕が言えるのは、ここがオービニュ領ではないということだけなんだけど」
「……ここはアルヴィナよ」
呆然としたまま呟いたカエデに、僕は頷いた。
「さっき、カエデが言っていた場所だね。君はここから飛ばされたの?」
「ええ……でも、時間がかなり経っているみたい。あの時は朝だったけれど、今はどう見ても夕方だわ」
カエデは何かを探すように、きょろきょろと辺りを見回している。
「そういえば聞かなかったけど、カエデは誰かと一緒だったの?」
「うん、あ……いいえ、連れと言うわけではないわ。迎えに来ていた護衛と一緒だったのよ」
護衛?……まさか、連行されて、ということはないだろう。だが、少なくとも何かに於いて重要人物だったのは確かなようだ。
僕の表情が読めたのか、カエデは少し苦笑して、一つ息をついた。
「どうやら、その一行はもういないようだし……、ここまできたら慌てても仕方ないものね」
何にしてもこんな人ごみの中、御託を並べていても仕方がないということで、取りあえずカエデの案内で宿屋に向うことになった。
「リュシアン様、私はいつものように……」
後ろに控えていたゾラが、そういって姿を消そうとしたが、僕はそれを止めた。
「待って、ゾラ。ここは、見知らぬ土地なんだ。君が迂闊に動き回るとは思わないけど、せめてこの先のことがわかるまで目の届くところにいて。……それに、言っておきたいこともあるし」
「……承知しました」
静かに頷いて、ゾラは再び僕の少し後ろを歩き始めた。
「……さっきから、気になってたんだけど」
カエデが後ろを気にしながら、小声で話しかけてきた。
まあ、気になって当然だろう。ずっと二人で歩いてきたはずなのに、こちらに来た途端、いきなり一人増えてたら驚くよね。
「どうやらお互い、積もる話がありそうだね。ともかく、宿屋へいこう」
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諸事情の為、しばらくお休みを頂いておりました。
まだ通常通りとはいきませんが、ボチボチと書き進めてまいりたいと思いますので、気長にのんびりとお付き合いいただければ嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします。




