冒険者デビュー
「では、こちらを。ギルドの機能も新たに加えたカードとなります。説明をお聞きになりますか?」
「いえ、大丈夫です」
にこやかな受付のお姉さんからカードを受け取って、僕は旅の同行者になる青髪の少女を見上げた。
「よろしくね、リュシアン」
「こちらこそ」
僕は急遽、冒険者としての資格を取ることになった。学園のみんなには申し訳ないけれど、当初の予定より早く冒険者デビューを果たすことになったのだ。
事の成り行きは、数時間前――。
ギルドマスターの示した提案から始まった。
「幸い、彼女はまだ子供です…」
カエデにカードを返したジーンは、彼女の容姿を確認してそう言った。
ギルドカードの基礎情報に確か13才とあった。就学前にしては少し年長とも言えるが、そこはなんとでも理由をつけられる、とういう事だろう。
「学校に行ってない限り、身分証を持っていなくてもおかしくない年です。そこで身分証がある大人、あるいは冒険者などの護衛をつけて国境を渡るのです。賞罰の審査くらいはされるかもしれませんが、あのカードを見る限りその点は大丈夫なので、問題ないでしょう」
その際、青い髪と角は隠す必要があるが、よっぽどの理由がない限り女性のベールを取れとまでは言わないだろう。
後は…、とジーンはそこで言葉を濁した。
「誰を保証人に立てるか、ですね」
リアムの言葉に、ジーンが頷いた。ジーンにしろリアムにしろ身元の保証という点では、これ以上の人材はないだろうけれど、ギルドマスターであるジーンはもちろん、リアムもそうそう簡単に動ける立場ではない。
「いっそ、依頼を出すというのはどうでしょうか?ドリスタン王国へ同行し、学園への交渉を含めた護衛依頼という形です。問題の私有地への立ち入りは、私の方から一筆したためますので…」
「…いやよ、冒険者ってさっきの人達でしょ?…ごめんなさい、でも申し訳ないけれど、なんだか信用ならないもの」
ジーンの提案に、思った以上にカエデは嫌悪感を露わにした。魔族という種族への偏見を理由に、不当に扱われたことがよほど不愉快だったのだろう。こちらの長年の風評がもたらした不幸な行き違いだったとしても、そこは割り切れないものがあっても無理はない。
あんなガタイの良いおっさんたちに寄ってたかって取り囲まれてヤイヤイ言われれば、僕でもトラウマになりそうだからね。
「先ほどは本当に失礼しました。けれど、彼らもプロです、依頼となれば…」
「…ねえ、貴方じゃダメなの?子供に見えるけど貴方はエルフよね、冒険者なんだもの、見かけよりは年上でしょう?」
頑なに首を振ったカエデが、くるっとこちらに身体を向けた。
「えっ、ん?僕…や、あれ?いやいや僕はエルフじゃないよ」
「…うそ。だって」
いきなり矛先を向けられて思わず狼狽えたが、これは本当だ。
種族判定は、飽くまで血の濃さで決まる。僕の場合、行方不明の祖母と亡くなった母がエルフかハーフエルフではあるが、クオーター以下となるので間違いなく判定は人間だ。
「彼はエルフの特長を数多く持っていますが、おそらく先祖返り…、というか隔世遺伝ですね。おそらくエルフだった御祖母様の血を色濃く受け継いでおられるのでしょう」
「そ…そう、でも、それならやっぱりエルフじゃない。同じことよ」
そんなざっくりと判断されても…
エルフの系譜ではあっても自分は人間だと疑いもしなかったが、最近では本格的に何者なのか自信が持てなくなってきた。
「同じじゃないと思うけど…、まあいいや。でも、どっちにしろまだ冒険者じゃないんだ…」
「そうなの?じゃあ…どうしよう」
冒険者としてここに居るのだと思っていたカエデは、ひどくがっかりしたように肩を落とした。確かに、僕としてもここまで関わりを持った以上、見知らぬ他人に丸投げするのはなんだか気が引けるというか…、気になって仕方がないのだけど。
「リュシアン様…、これは提案なのですが」
「あ、はい…?なんでしょうか」
「先ほど確か、休みが明ければ冒険者になるとおっしゃってましたね?」
「はい、学園が始まり次第、友人たちと……って、え?」
気もそぞろになりつつ受け答えていた僕は、そこまで来てようやくジーンの思惑に気が付いた。冒険者の件もそうだが、さっき世間話のついでに、確か夏休暇はいい機会だから、チョビやペシュたちと一緒に小旅行でもしようかと思っているとかなんとかペロッともらした覚えがある。
「いい機会じゃないですか」と、ジーンはにこやかすぎる微笑みを浮かべた。
あ、これ知ってる。スゴイ面倒な案件を、無茶な期日でねじ込んで来る時の上司の顔だ……
お読みくださりありがとうございました。




