家族会議
無事に船旅を終え、一行はモンフォールの港町を経由して、数日かけてオービニュ領へと入った。
道中、特に何事もなく天候にも恵まれ、順調な馬車の旅だった。
そして懐かしい街並みを経て、小高い丘の上の我が家へと到着した。
「お…、大きくなったな、リュシアン」
「無理に決まり文句を言わなくていいです、父様」
両親はそれは嬉しそうに息子を迎えたが、再会の際の、いわゆる常套句のアレコレは最近もっぱらスルーしているリュシアンであった。
「いいえ、リュシアン。本当に、立派になりました」
「母様…」
アナスタジアは、いつものように抱きしめてくれた。友人たちの手前、なんとなく気恥ずかしかったが、何といっても約二年ぶりなのだ。
「たった三年で教養科卒業とは大したものだ」
これは掛け値なく出た称賛である。父の誇らしげな口調に、リュシアンも嬉しそうである。
簡単な挨拶を終え、エドガーたちには客間で夕食までは寛いでもらうことにして、リュシアンはさっそく両親や兄弟たちと居間で向かい合っていた。
「…なんだと?冒険者になりたい?」
息子のいきなりの報告に、両親は驚きを隠せない様子だったが、兄二人は予想していたのかそれほど動揺した様子はなかった。妹のマノンは、久々のチョビに夢中で、あまりわかってなさそうだった。
「これは幼い頃から考えていたことで、突然思いついたことではありません」
リュシアンはそう切り出した。
「もともと僕は三男で家は継ぎませんし、早く自立するためにも…、そしていざという時、拠点を移せる冒険者はいろいろと都合がいいのです」
船でもエドガーに言ったように、以前のような危険に晒されるということは表向きなくなり、リュシアンが身分を隠す必要もあまりなくなった。けれど、どちらにしても上に二人も兄がいる以上、普通に行けば国王になることもない。それなら、余計な派閥争いを生むだけの忘れられた王子など、戻って来る必要もないのだ。
故郷であるこの国は好きだし、できたらここでのんびり生きていけたらとも思うけれど、この先、この身を利用しようとする者が現れないとも限らない。
王太子エルマンの不在がこのまま続けば、その危惧はまんざら皆無とはいえないのである。下手に担ぎ上げられそうになった時の為にも、どこでも生きていけるようなスキルが欲しかったのだ。
「…お前たちは知っていたのか?」
「知っていたというより、学園では冒険者になること自体は珍しくないので…」
リュシアンの顔を見たままでエヴァリストが息子たちに問うと、数年前まで同じ学園に在学していた長男ファビオがそれに答えた。
もっともファビオは、冒険者にはなっていなかった。
友人であるエルマンもだが、二人とも家を継ぐ跡取りであるという共通点があった。貴族の子女でも、学園在学中に冒険者として登録することは珍しくないが、長男や後継ぎは教養科を修了すると、その上に上がること自体が珍しく、結果、冒険者にならないことが多いのだ。
「ダメよ、家を出るなんて許しません!」
そんな時、会話に割って入ったのはアナスタジアであった。
普段、夫や息子たちのやることにあまり意見することがない母が、今回ばかりは珍しくきっぱりと反対した。
基本的には息子たちがどんな道に進もうと応援したいと思っている。けれど貴族育ちの彼女にとって、身内が冒険者になるなどということは、考えもしなかった事なのかもしれない。
ファビオは家に入り伯爵家を継ぎ、ロドルクも騎士学校を経て数年後には士官することになる。リュシアンも学校を終えたら、家に帰って来るものだとアナスタジアは信じて疑わなかったのだ。
「えと…、冒険者になったからと言って学校をやめるわけではありませんし、すぐに家を出るとかそういう話ではないんです」
母親の剣幕に驚いて、リュシアンは慌てて補足した。学園では教養科を終えたら当たり前のように冒険者になる、みたいなスタイルだったので気軽に報告してしまったが、どうやら両親にとっては重大発表だったようである。
実際に、十代の冒険者がウヨウヨしているのは学園都市付近だけというし、貴族が冒険者になるというのはやはり普通は珍しいことらしい。
「冒険者なんて危険なのことをしなくても…」
「そんなに心配しないでください。冒険者と言っても、見習いみたいなものです。それに友人たちも頼もしいですし、なによりこの子たちもいますから」
従魔たちを示しながら、リュシアンはにっこりと笑った。
母はまだ納得した様子ではなかったが、それでも学園での活動を円滑にするためにも必要なことだと説得すると、渋々ではあったがそれ以上は何も言わなかった。
「そうだ、従魔増えてるね」
ロドルクが、居間の天井に張り付いているコウモリを見上げた。
「去年新しく仲間にしたんだ。ペシュって名前だよ」
さっきまで屋敷の隅々までを探検していたペシュは、どうやらあらかた偵察を済ませたらしく、今はリュシアンの真上にぶら下がっていた。
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