助っ人
どうやらこちらの応対が生意気だったと、そういうことらしい…
もともと絡んで来たのは向こうなのに、なぜこちらが悪いみたいなことになっているのだろうか。
ニーナは、改めて相手を眺めて長々とため息をついた。
「忠告しておくわ…、私たちに絡んでもいいことないわよ。悪いことは言わないから少し酔いを醒ましてからいらっしゃいな」
これは驕って言ってるわけではない。
姿こそ見えないが、彼女たちの周りには何人もの護衛が張り付いている。学校内や、行事の際に外出する時などは基本的に護衛を立てないが、旅ともなればそうはいかない。エドガーとニーナ、二人の為に数人の護衛が目を光らせているのだ。
基本的には不干渉且つ出来ることは自分たちで対処する、とお願いしてるので少し離れた所をつけてきているが、先ほどの不意打ちのせいで、今にも飛び出しそうになっていることだろう。
「生意気な女だな。だが、すぐにそんな口もきけなくなるだろうよ」
どうしてこんなに上から目線なのか、ウードは自分が優位に立っていると信じて疑わないようだ。胸を反らしてビシッと、ニーナを指差した。
それにしても、自国の王女の顔を知らないのだろうか?あるいは、この国の冒険者ではないのかもしれない。どちらにしても、彼はせっせと自らの首を絞めるロープを作成することに余念がない。
「もういい…、やっちまえ!」
どれだけ脅しても、怯むどころか「困った人だ」的な表情の子供たちに、ウードは痺れを切らした。
これは隣にいる仲間に合図を送っているのではない。
大きく上げた腕を、どこか芝居じみた仕草で「やれ!」とでも言わんばかりに、思いっきり振り下ろしていた。
「………、ん…?」
けれど…、なにも起こらなかった。
「どこかに狙撃手でもいたかな?」
「…だな」
聞こえてきたのは、呑気に状況を分析している目の前の少年たちの声だ。
ウードはキョロキョロと辺りを見回し、同じように戸惑っている仲間たちと顔を見合わせていた。
「な、んでだ…、あいつら何をやって?」
ウードたちは気が付いていなかったが、彼らが酒場でよからぬことを相談している時からすでにゾラはすべてを見て、対処するべく動いていたのだ。もちろん、隠れてリュシアンたちを狙っていた魔法使いは、速攻で処置済みである。
他にも数名、そこここに隠れていた輩も、ニーナ達の護衛達によって迅速に拘束されていた。
というわけで目下、相手はこの五人だけである。
「どうなってやがるんだ…」
見ての通りウードは冒険者としては負け組だった。その彼が何故こんな強気なことをしでかしたのか…、実のところ唆されたからである。どうやらリュシアンたちの装備に目を付けたのはウードだけではなかったのだ。
一見すると質素に見えるリュシアンたちの装備は、そのほとんどがオーダーメイドで、しかも貴重な素材が惜しみなく使われている。
おそらく鑑定のスキルを持つ者がいたのだろう。盗賊なども、鑑定持ちを重用することは珍しくない。例えレベルが低くても、鑑定できないという事実は、それだけで貴重品を示したりするのだ。
身を守ることに重きを置き、装備に材料を惜しむことはしなかったが、それがかえってトラブルを生んでしまったようだ。
「相手が悪かったんだろうよ、チンピラども」
「な、なんだと!?誰だっ」
すっかり腰が引けたところに、いきなり後方から揶揄うような野太い声がした。
精一杯の虚勢を張って振り向くと、そこには驚くほど大柄な男が立っていた。仰け反るようにして見上げたウードは、思わずひっくり返りそうになる。
むき出しの二の腕は、はち切れんばかりの筋肉が盛り上がり、ウードの首くらいなら片手で一捻りできそうだった。巨大な大剣を背中に背負い、金属製の重そうな装備を纏っている。
リュシアンには、その巨体に覚えがあった。
そう…、あれはまだ学校にも行ってなくて、ピエールの案内ではじめて町に降りた時の事だ。
「あ…貴方は、えーと…ジュドさん?」
その時の光景が、まるで昨日のことのように思い出された。
故郷の冒険者ギルドで、猫耳の受付のお姉さんと話をしている時、フィールドから帰って来たばかりの冒険者と出会った。それが彼、大剣使いのジュドである。
「お?俺なんかのことを覚えてたか、坊主。ん?いや、坊ちゃんだったか」
どうやらピエールがそう呼んでいたことを覚えていたようだ。
「リュシアンです!」
「はははっ、そうそう。領主様のご子息で、リュシアン様だったな」
大きな口を開けて豪快に笑っていたジュドは「…さて」と、一呼吸おいて小悪党に声を掛けた。
「おいこらてめぇら!逃げるんじゃねぇよ…自分のやったことの後始末はきっちり付けていきな」
リュシアンたちの視線がジュドに集まった隙に、どうやらウードたちはその場から抜き足差し足で逃げようとしていたらしい。
ジュドの迫力のある低い声に止められて、思わず垂直に数センチ飛び上がった。
「…ちっ」
逃げられないと知るや、ウードはすかさずナイフを構えた。
だが、もちろん狙いはジュドではなく、身体の小さなリュシアンとアリスの方へ、一目散に向かっていった。人質にでも取ろうとしたのか、彼ら五人は示し合わせたように子供の二人を狙ったのだ。
リュシアンが咄嗟に腰のナイフに手を掛けた時、自らを盾にするようにジュドが巨体に似合わぬ素早さで間に滑り込んで来た。
鞘のまま引き抜いた大剣が、ブウンと轟音と共に風を切って、突っ込んで来たウードを叩き伏せた。
一発KOである。
目にもとまらぬ速さで大地にめり込んだウードに、一緒に突っ込んで来た仲間は慌てふためいて回れ右をしたが、次の瞬間には棍棒のように横に払った大剣により、三人纏めて吹っ飛んでいた。
もしジュドの自慢の大剣が鞘に収まったままでなければ、今頃は首に別れを告げた男たちの胴体が累々と地面に転がっていただろう。
その後、護衛やゾラが捕まえた輩もセットで、ウードたちはあえなく町の警備隊によってお縄にされたのだった。
「まあ、おそらく俺の助けなんぞ要らなかったと思うがな」
「そんなことないです。ありがとうございました」
リュシアンは助けてくれたお礼にと、ジュドを今夜の食事に誘った。町で別行動を取っている仲間も一緒でいいかと聞かれたので、もちろん快く頷いた。
彼らは、どうやら新しく開放予定の未踏破ダンジョンを攻略に来たらしい。
一昨年のダンジョン実習中に成長した、例の学園の試練の森の奥のダンジョンの事のようだ。去年の暮れに、急な成長は落ち着いたと報告され、新たに未踏破ダンジョンとして登録されたらしい。
近くダンジョンがお披露目になるらしく、ジュドたちパーティは、それまでドリスタン入口のこの街を拠点にして、ぼちぼち活動しながらゆっくり待とうと考えていたようだった。
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