待ち伏せ
「残念だわ、貴方たちのような将来有望な子は、ぜひウチで欲しかったんだけど」
帰り際、リナは心残りそうにため息をついた。
リュシアンは規格外だとしても、他のメンバーのレベルもそこそこ高く、一般人よりも能力が高いと言われる学園の生徒にしても、かなり優秀な数値だったらしい。
リュシアン Lv386
エドガー Lv35
ニーナ Lv48
アリス Lv36
この時はいなかったが、後ほど鑑定したダリルもLv42だった。
しかも、スキルもそれぞれ有用なものを複数所有し、リュシアンとダリルは従魔持ちである。
こういった港町は賑わいもさることながら、犯罪も多い。街道沿いの盗賊の被害も多く、護衛冒険者の依頼は常に順番待ち。モンスターは海から陸から襲ってくるので、その都度、余所から応援を頼むことになるらしい。
リナの言葉は、まさに切実なものだった。
「一見、冒険者が多いように見えるけど、これって一時的に滞在している人がほとんどなのよ」
通過拠点として数か月滞在して、学園都市や王都などの大きな町へ行くらしいのだ。
なるほど、港町あるあるかもしれない。
「冒険者になったら、是非この町でも活動してね。貴方たちならいつでも歓迎よ」
リナとルルアに見送られて、夕方に差し掛かり賑わいを見せてきた冒険者ギルドを後にした。ギルドマスターがわざわざ見送る子供たちに、驚いた視線がいくつか集まったが、周りの喧騒に紛れてそれほど目立つこともなかった。
そうして夕暮れのオレンジ色の空の下、リュシアンたちは本日の宿泊予定の宿へ足を向けたのである。
「いい人で良かったわね」
「一時はどうなることかと思ったけどな」
結局、リュシアンの異常なレベル数値の理由は聞かれなかった。
冒険者ギルドにおいて、賞罰に関わる事項以外でのアレコレは黙秘が普通で、開示を求められることはないらしい。とは言え、リナというギルドマスターの常に理性的な対応は好感が持てた。
「それにしても気が付かなかったの?」
アリスが呆れたように問いかけた。もちろん、レベルの事だ。
「…全開で何かするとか、ぜんぜん機会ないし。特にここ一年は、ちまちました作業がほとんどだったから」
そういえば春の武闘大会も出てないし、過酷とされる冬の合宿にも参加してない。しかも前年度のダンジョンは、過去に例を見ないほどのぬるい代物だった。リュシアンときたら、ひたすらマッピングと料理しかしてなかったように思う。
「……なるほどな、能力を発揮する機会がなかったわけか」
一年を振り返るようにしていたエドガーが呟くのを、リュシアンは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
何だかんだと春の武闘大会の参加を避けてきたが、かえって良かったのかもしれない。すでにレベル的にはその辺の冒険者のはるか上をいくのだ。下手に戦えば、その異常さはすぐにわかるだろう。
通常なら、多少のレベルの上昇はそれほど強さに直結しないが、その差が百単位となれば話は別だ。例えそれが微々たる数値の上昇でも、積み重なれば洒落にならない違いになってしまう。
「自分じゃあんまり実感ないけどね」
「常時発動の無属性も、桁違いに上がってはいるでしょうけど、使う機会がないんじゃ…」
ニーナがそう言ってリュシアンを顧みた時である。
「…っ!?」
声を出す間もない、刹那だった。
ニーナの身体はフワッと浮き上がり、その場から数メートル横へ移動していた。
遅れること数秒後、今まで二人がいた辺りをハンマーのような大きな鈍器が、風を切る重い音と共に叩き落とされた。地面が揺れるほどの振動と、破壊音。割れこそしなかったが、土がむき出しの道は大きく凹んでいた。
「…ニーナ、取りあえず手を放して貰えるかな、前が見えない」
「え…、あっ!?やだ、ごめん」
我に返ったニーナは、自分がリュシアンに抱えられていたことに気が付いた。いわゆるお姫様だっこというやつだったが、どうやら持ち上げられた瞬間、ほぼ無意識にその首根っこにしがみ付いてしまったらしい。
抱えてる方が身体が小さいせいで、顔に胸を押し付けるような形になってしまっている。
「…ガキが、イチャイチャしてんじゃねぇ!」
言いがかりも甚だしい、いったい誰のせいでこうなったと思っているのか。
エドガーとアリスもすぐにリュシアンたちの元へと集合して、いきなり襲ってきて、あまつさえ勝手なことを喚き散らしている男を見た。
どちらかというとヒョロッとした、だらしない恰好の男だった。
彼には見覚えがあった。
冒険者ギルドの酒場で絡んで来たウードとか呼ばれていた男だ。
そして他に四人、おそらく同じテーブルに座っていた仲間たちだろう、いかにも酔っ払いといった風体の男たちであった。
ハンマーを振るったのは、その中の一人で身体つきの良い筋肉だるまである。
「おい、洒落にならねえぞ。さっきの当たってたら大怪我どころじゃ…」
そう文句を言いかけたエドガーに、ウードはニヤニヤと笑いながらなんの躊躇いもなくナイフを抜いた。
「ふん、しつけのなってねぇガキに、ちょっと指導してやろうと思ってな」
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