きくらげ?
来年度の展望を話し合いつつ夕食を済ませた面々は、それぞれ寝るまでの時間を好きに過ごしていた。
エドガーは剣の手入れ、ニーナとアリスは船に乗る前に埃を落としたいと言って、食器の後片付けをしていたリュシアンにウオッシャーをねだっていた。
予想はしていたので、リュシアンはあらかじめ用意してきた石鹸付きで、快く女の子たちのお願いを聞いてあげることにする。
荷物整理を終えると、ついでに自分もさっさと魔法で旅の汚れを落とし、ウオッシャーセットを持ってエドガーのところへ行った。
「エドガーもやってあげるよ。さっぱりしたいでしょ?」
「生活魔法だっけ? 別にいいよ、明日には船に乗るんだから」
リュシアン達が宿泊する船室エリアには、共同用とはいえシャワールームがある。エドガーはそれで充分だと言って断ったのだ。
「髪の毛ごわごわだよ、昨日今日と雨に降られてたでしょう?」
護衛の人達まではさすがに行き渡らないので、リュシアンはもう一枚の巻物を出して、空の樽にいっぱいの水を用意した。飲み水用の魔法で出した水なので、少々贅沢ともいえるけれど、護衛の人達にはこの水で身体を清めてもらうことにする。
ちなみに水の攻撃魔も水は出るけれど、あれは攻撃仕様なので樽や桶を破壊してしまうし、おそらく飲み水には使えない。試す人はあんまりいないかもしれないけれど。
「ん? なんだこの粉。だからリュシアン、俺は……わっ、なんだこれ、お、おうっ!?」
いまいち煮え切らないエドガーに、リュシアンは無理やり石鹸を握らせてウオッシャーをかけた。どうやらかなりくすぐったかったらしく、体中を撫でまわる水流に身もだえして、思わずジタバタ暴れた。
(うん、慣れるまではくすぐったいんだよね、コレ)
「……お、おまっ! い、いきなりなにすんだ!」
転げまわったエドガーは、まるでバネ仕掛けのように立ち上がって文句を言ったが、当のリュシアンは、その頃にはすでに持ってきたお茶とお菓子を用意して、ニーナ達とくつろいでいた。
「ん? エドガーも一緒にどうぞ」
しれっとお茶を進めるリュシアンに、エドガーの不満の矛先は思いっきり勢いを失った。
何度も言うようだが、身体を洗うのはなにも身だしなみのことだけではない。なにしろ、船に風土病を持ち込むわけにはいかないのだ。
この後は、護衛の人達に加わってリュシアン達も順番に火の番をすることになる。魔物避けに調合した薬を撒いて、竈に薪を多めにくべて準備を整えた。
その横には、夜間にくべる薪をうず高く積んである。
「そろそろ順番を決めて、寝たほうがいいわね」
お茶を飲み終えた頃、ニーナが上級生らしく就寝を促した。あまり夜更かして、明日寝坊したらそれこそ船に乗り遅れてしまうからだ。
ニーナ達が桶に溜めてある水でカップを洗う間、リュシアンとエドガーは、折り畳み式のテーブルや余分な椅子を片付けていた。
「……ん? あれって、なんだろう」
「なんだ、どれ?」
ふと、リュシアンが後方の岩場に気を取られたように振り向いた。それにつられるように、エドガーが岩場の方へと視線を送る。
(なんだろう、破れた黒いビニール袋のような、いや、なんかあれに似てる……きくらげ、だっけ。なんか黒いやつ)
大人の両手のひらを広げたくらいの大きさの、きくらげみたいなものが岩の隙間に挟まるようにしてくっついている。厚みというか、見た感じの質感というか、リュシアンがすぐに思いついたのが、記憶の中にある黒いきくらげだった。
「きくらげって、岩に生えたっけ?」
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