8.純粋な青年
舞台が終わった後、劇場にある部屋にフォシエは出向いた。
案内された場所は貴賓席の近くの控室という扱いらしい。そこまでに至る間にすれ違う人々は貴族や資産家という様子だった。
通路は若干立派だと思えるが、フォシエが歩き回った劇場部分と変わらない。通された部屋の中は広さと豪奢さに驚いた。
椅子と机くらいあればいいだろうに、どこかの居室の一室と言ったほど家具が置いてある。その家具は相当な職人の手によるものと見てわかる。
ソファーに座る姿は青年にしてはどっしりとして威厳を感じる。後ろに二人、その青年と同じくらいの年頃の若者が控えているのが、より一層、彼の威厳を際立たせる。
威厳はそれなりの人生を送り、年を重ねればある程度身につけられる。しかし、このくらいの青年でとなると、まさに生まれながらにして備わっている能力だと思わざるを得ない。
青年は立ち上がると両手を広げて会えて嬉しいことを表現している。上に立つ者ではあるが、彼が気さくさにより親しみを覚えることができる。
「おお、君がフルク・マックスくんだね」
「初めまして、殿下。脚本を書いたフルク・マックスです。名をご存知とあり、光栄です」
フォシエはこの国の作法に乗っ取り、お辞儀をする。
「いや、そんなにかしこまらなくていい。ん? ジューニ、私の名前を教えたのか?」
彼はつまらないというような顔をしている。
「いえ、申し上げていませんよ。殿下はお忍びであらせられるので」
「そうか? どこかで私の肖像でも見たのか?」
「我が家にはおいていません」
「それをそれではっきり言われるとなぜか傷つくな」
彼は笑う。
「さ、座ってくれ。少し話をしたい。君の舞台を見て、私は感銘を受けたのだ!」
彼は座り、向かいにソファーを手で示した。
フォシエは素直に座る。褒められれるのは嬉しい。
「で、どうして私が誰かわかったのかと聞いていいか?」
「申し訳ないのですが……お名前までは」
「……なんだ?」
「いえ、ジューニ様が『世話になっている』『お忍び』と言っていたので、王族の方だろうと思ってそう……」
青年は「それはそれですごいな」と純粋に感心している。
「フルクはすごい能力を持っているのだと思っていたぞ! ほら、異世界人は不思議な力を持つからこちらに呼ばれると聞くからな!」
楽し気に語る青年に対して、フォシエは硬直した。
ジューニに「なぜばらした」と詰め寄るのもおかしいため黙っている。
この国を守る義務は貴族である彼にはある。私腹を肥やすの忙しい貴族ではないのは分かっているから、彼は守るべきものを守るタイプだとフォシエは考える。
だからこそ、報告したと想像ができてしまった。
フォシエはジューニをにらみつけたがすぐに「仕方がない」という気持ちになる。
得体のしれない存在が王家やこの国に弓牽く存在の可能があるのだから。
青年は気を取り直し、自ら名乗る。
「この国の第一王子モスルブだ」
「第一王子、ですか」
王族だろうとは思っていたが、第一王子ならば時期国王という可能性が高い位置だ。この国は男子継承が主であるが、女子も継ぐこともなくはないとしても。
「ほら見ろ。距離をとろうとする。しかし、言わねば変な時にばれて疎遠になるのも嫌だからな」
あっけらかんとモスルブは告げる。
フォシエはぽかんと口を開けていたことに気づいた。
「いえ、想像はしていたのですが、事実を突きつけられると信じていいのかたばかられているのか考えてしまいます」
素直に告げるとモスルブは笑った。
「ジューニはおっとりしているのに、ずけずけ言うが……彼と気が合うということは、似ているのか逆か考えてはいたよ」
モスルブはジューニを見た。
フさて、ルクくん、君と会いたいと思ったのは二つある。舞台が面白いこと。もう一つは異世界のことを聞きたい」
「い、いえ……記憶がないので無理です」
「そうなのか? とりあえず字はここと同じということは間違いないのだな。朧げに地名は覚えていたようだが」
「ええ」
フォシエはこれであきらめてもらえると嬉しいと考えていたが、モスルブの表情から駄目だと感じた。
「それだけでも私は面白いと思うんだ! 異世界と言えば情報として残っていないわけではない。しかし、どれもこれも本当かなどわからない。全く変わらない人間がいるのか、それとも本当に特殊な力を持つ者がいるのかなど、書物によっても揺れる。真実と伝説との違いが分からない。一番いいのは自分が向こう側に行ってくることだろう? しかしそんな簡単にできることならば、興味を持ったりしない。いや、それならば行き来していて隣の国とたいして変わらないことだ」
モスルブは笑顔で語る。異世界への興味が深く、あらゆる書物に目を通しているという。書物も本当か過大となっている内容なのか考えるだけ思慮深いともいえる。
しかし、フォシエは曖昧な笑顔で聞いているが、徐々にはらわたが煮えくり返ってくる思いだった。
(人の苦しみも知らずに!!)
握りしめた拳が震える。
怒ってしまったら「記憶がない」と前もって告げてあることが無駄になる。根ほり葉ほり聞かれかねない。
ジューニが黙ってくれている好意も無駄になる。
フォシエはふと自分を見つめる目に気づいた。モスルブの供である青年だ。フォシエが気づいて目を向けると、視線をそらした。
彼は無表情でどこか冷めた様子だ。
彼も異世界から来ているのだろうか? いや、来ているならばモスルブが紹介しない訳はない。
「フルク……何か思い出すことがあったら、聞かせてほしい」
期待のまなざしであり、断られることを詰めの先ほども思っていない輝く目でモスルブは告げる。
「殿下……この国にご厄介になっている恩返しとそれがなるのならば」
「快諾してくれて嬉しい。まあ、そんな固いことを言わなくていい。だいたい、面白い舞台を作ってくれるだけで十分だ」
「舞台は私だけの力ではありません。脚本を書くだけにすぎません」
「そうか? そういわれると奥ゆかしいというか物足りないというか!」
モスルブは少し悲しいという顔になったが、すぐに元の笑顔に戻った。
「次を楽しみするよ! ジューニの別宅にいるんだな? 遊びに行ってもかまわないか? もちろん、行く前にきちんと連絡はする」
「殿下をお招きするようなことをしていいのでしょうか」
「私が行きたいのだから行く」
「警備とか」
「その点は私がどうにかする。お前もジューニも困ることない」
モスルブは胸を張る。
(この王子、庶民の常識を理解している面もあるな……つまり情報として様々なことを身に着けている。理想的な支配者ということだろうか)
フォシエはモスルブに関心をしていた。彼をこのように育てた親や周囲も良き支配者として何かを常に考え行動していることになるのではないかと考えた。
(現実にそんな王がいるなんて考えてもみないな)
きちんと国を動かしているように見えて、どこかで腐敗や浪費を税金でしているのではないか、庶民にはついて回る想像。
行動によって本当にきちんとやっているかは見えるだろう。
しかし、人口が多ければ多いほど、それは見えない。
フォシエもこの国でももともといる国でも上の人がどのように政治をしているか見えてこなかった。漏れてくることはあっても、その真偽は調べられない。