7.舞台と気持ち
息子と会うことはできないのか?
フォシエの中に積もる言葉はそればかりだった。
無事なのか、きちんと生活できているのだろうか?
確かめるすべはない。
世界の行き来は一方通行ではないとはいえ、気まぐれでしかない道。
何かしないとならないと考えたフォシエがこの世界で始めたのは、ジューニに紹介された舞台の仕事だった。そこで、国の歴史に絡む台本を作ってもらえないかと言われたのだ。もともとの世界のことを思い出すため嫌でもあるが、自分にできることであり、ジューニの心遣いはわかるため経験だと行動する。
このような事態を引き起こした、神を恨むことで心を支える。
歴史という支持はあっても、どのようなものを書けばいいのかわからない。その上。劇場がどういうシステムを持っているのかも彼は知らない。両方を調べて知るところから始まる。
まずは国の歴史に関して調べることにした。歴史だけではなく神話など物語につながりそうなことをすべて見る。
劇場の見学もさせてもらう。どういった役者がいて、どういった機能を持つのか。その際、関係者とも話した。ジューニからどの程度聞いているかわからないが、好奇の目にはさらされる。そもそもジューニの紹介ということで来ているのだ、好奇の目がないわけはない。異世界のことを問われたらとびくびくはしていた。
歴史も貴族や地域の名前が異なる程度で、発生することはあまり変わらない。ただし、時々「異世界」をにおわせるような、ファンタジーのような話はある。
舞台に関しては彼が知っている物とたいして変わらないと知れた。
そのため、台本の内容さえ決めてしまえばよいのだった。
徐々にフォシエは台本を書くことに熱中した。
熱中している間は息子と離れていることを忘れることができた。しかし、忘れたとしても、ふとした拍子にゼネシスのことを思い出す。
夜は涙にくれる日々だ。
一晩中台本を書くわけにもいかない。
眠る時間は削る努力もしてしまう。考えたくないから。
生きないとならない。
生きていれば突然戻るかもしれない。
戻ったときに健康を崩していればゼネシスに対して申し訳が立たない。
表面上は、フォシエは前向きに考えるようになっているように見える。
没頭し、一日中書いている状態だったため、脚本が書きあがるのは早かった。
劇場の主に面会を求めたとき、本当にできたのかと驚かれたくらいだ。彼はでできているのか確認後「拝見します」といい、フォシエの前で読んだ。
何を言われるかフォシエは緊張した。初めて人に脚本を読んでもらったときの緊張と同等だ。毎回緊張はするが、初回ほどの緊張はなかった。いや、同じ劇場にいたために、互いに癖を知って行った結果、緊張も減ったに過ぎないのだろう。
(劇場の人たちは元気だろうか? 私が抜けてどうなっているのだろうか……。ゼネシスはどうしているのだろうか?)
フォシエはこの世界の劇場関係者を前に思い出していた。
「これは初代王の話ですね。有名な逸話で建国記念日にはどこかしこで舞台化するのです」
「時期的にそういうのがいいのかと思って書いてみました……ありきたりすぎましたか?」
「いやいや! それはないですよ。初代王の話は誰もが一度は書いてみたい、やりたいと思う題材です。あなたの作品は同じ切り口なのに、どこか新鮮さを覚える。面白いです! 実に面白い」
ジューニの紹介というフォシエを一応立てているのだろうかと感じるほど褒めてくる。フォシエは彼を見ていると本気で褒めてくれていると感じた。大げさである部分もあったとしても、面白かったのは事実だろう。
「早速、公演する手配をしましょう」
「ほ、本当ですか」
「ええ、本当ですよ。あのお方に言われて人だとしても、そのあたりはきちんと線引きしますよ」
劇場の男は苦笑する。
「パトロンは重要です。そして、あの方方は一線さえ越えなければ妥協を許さなくて良い、と言ってくれているのです」
非常にありがたいパトロンだと告げる。
「そして、この脚本は、建国の日前後にやる価値がある。あなたがやはりやめたといった場合、私は拝み倒して頼みますよ、やらさえてくださいと」
「そ、それは褒めすぎですよ」
「いやいや……ああ、まあちょっと大げさですが」
男は笑い、フォシエもつられた。
そして、脚本は舞台で演じられるようになった。
途中、変更を頼まれた部分もあるが、それは演出や実際演じると分かる齟齬などであり、大した負担はなかった。
練習風景は一度見たが、フォシエの胸の奥や目頭が熱くなった。
世界は違うとしても舞台を作るというは同じ熱があるのだと。何より、自分の力が異世界において、こう通用するとなると嬉しい。
(ああ、ゼネシスにも話したい! 今日明日に戻れるなら、これは素晴らしい土産話になる)
涙はベッドでこぼした。
公演が始まってフォシエは舞台を一度は見に行った。自分で書いた脚本であっても、なぜか他人のものに思えた。
役者が違う、劇場が違う。
この二点についてフォシエはこの舞台に違和感を抱く原因を見出していた。
なぜここにいるのか?
ただそれだけ。
何度も同じ問いかけが脳裏を駆け巡る。
舞台自体は一度見たら満足だった。
見れば見るほど、己の居場所に確信が抱けなくなるから。
大盛況のうち、幕は下りた。
無名の脚本家フルク・マックスの名は一気に広まった。新聞社は取り上げようとしたが、ジューニがかばっており、ひとまず憶測だけが飛ぶ。
それだけ興味を書きたてる脚本家だとジューニは笑う。
憶測にはジューニこそがフルクではないかというのもあった。つながりは見えているが貴族相手ということで穏やかな盛り上がりであった。
暫くして二本目の脚本が採用され、舞台があった。
フォシエはそれも一度見てあとは行かなかった。席は用意してくれているというため、申し訳ないという思いもある。
しかし、行くことはできなかった。自分の居場所が元の世界の劇場ではなく、この世界の劇場であると認めそうで恐ろしかったのだ。
「フルク、最終日は終わる直前でいいから来てくれないか?」
ジューニが困った顔して告げる。
ジューニにはどうして見に行けないかをフォシエは言ってあったため、あのような表情をしているのだと想像はつく。それでも劇場に来いというのが解せなかった。
「この国の……私も世話になっている方が何度か君の舞台を見に来ていてね、ぜひ会ってみたいというのだ」
フォシエはこの国の成り立ちもどういう国かも理解している。ジューニがそれなりの身分の人間だということも知っている。
その彼をして世話になる人と言えば王族くらいしか思いつかなかった。もちろん仕事で世話になっている人物という可能性も少なからずあるのだが。
断りたい気持ちもあるが、この国で生きているのは間違いない。帰ることができずとも、最小限の望みを頼りにここに生きていくにはそういったつては重要である。
「分かりました。ジューニを困らせるつもりはないので、行きたくないとごねないですよ」
「良かった」
「だって、終わる直前でいいと言ってくれているのも譲歩ですし」
「まあね……」
「ジューニ、あなた、結構いい人でいいように使われいるんじゃないですか?」
「……否定できない。それでも、取捨選択はしているよ? 私は独りしかいないからね」
ジューニは苦笑する。
「二つも三つもやることを押し付けられたら」
「あったんですね……」
「あった。さすがに、人を見つけてやってもらったが」
ジューニはため息を漏らす。面倒だったのか、大したことでなかったのかのいずれだろう。別にジューニでなくともいいが、押し付けるのが難しい案件。
「で、どのような人ですか?」
「お忍びだから大声で言えない」
「明日のお楽しみですか?」
「そういうことにしてもらってもいいか? 男とだけは言っておく」
「分かりました」
その情報は必要でもあった。女性だと対応が異なる部分も多い。