6.母の名
「リブリア、ベッドは」
ゼネシスはハッとする。目を見開いたため、男が驚く。
「どこか痛いのか?」
「あ、え……ぐっ」
ゼネシスに発作が起こり、言葉が紡げない。
「水を飲めるか?」
急いでベッドまで運ばれる。コートを外され、布団に入れられる。
男はゼネシスに親切であり、礼や疑問を口に死体のだが、ゼネシスはまず焦らずまず発作をやり過ごさないとならなかった。焦るといけない、焦れば駄目だと言い聞かせる。
「はい、水」
フォルミに木のコップに入った、やや温い水を手渡され、喉を潤した。
水が喉を通ると、発作で一気に荒れたところを潤し、染みわたっていく。
「……ありがとう」
しゃがれているが声は出た。
「良かった……喋れるまで黙っていてもいいけど、まずあたしたちだけは自己紹介しちゃうね。あたしはフォルミ。さっきのクマ男があたしの父さんのストレグ」
「クマ男とは何だ!」
暖炉そばから声が上がる。怒っているが笑っている。
「きゃー、で、母さん代わりで……父さんが再婚すると決定していないから微妙な立場な、あたしには母ということになるかもしれないリブリアさん」
「まあ、回りくどいわね。仕方がないわ、なかなか難しいもの」
ゼネシスが見えないところから声が聞こえた。
鈴を転がしたようなきれいな声であり、聞き覚えがある。
すでに忘れているため、たまたまそう聞こえるのかもしれない。すでに五年はたつのだから、最後に聞いてから。
「……」
「どうしたの?」
「あ、ううん。ちょっと、思い出しいただけ」
「うーん。ね、ここに来る前どこにいたの? ……誘拐でもされたの?」
フォルミはゼネシスがしゃべることはできると気づいて聞いてきた。
「違うと思うけれど……」
ゼネシスは困惑する。どうやって説明していいのかわからない。フォルミはゼネシスの顔を覗き込む心配してくれている。
「ぜーぜー言っていたと聞くわ。喘息の発作みたいね? 今は大丈夫かしら?」
リブリアが近づいてくる。
「あ、こっち」
フォルミがリブリアの手を取り、ベッドのそばに導いた。
ゼネシスにもリブリアの姿が見えた。はっと息をのみ、目を見開く。
「……お母さん?」
声が震え、掠れる。
「……? まあ、どんな子なのかわからないけれど、私を知っているのかしら?」
座ると、ゼネシスの顔に手を伸ばす。
「触っていいかしら?」
「え?」
「目が見えないの」
「……そ、そうなの? いいよ」
ゼネシスを触るリブリアは頭の形、髪の長さ、頬のぬくもり、目の位置……確認する。
「……ふふっ、君はおいくつ?」
「僕は十歳です」
「……そう……」
リブリアの頬を涙が伝う。
「君の名前は?」
「ゼネシス・ローエン」
「……髪の色は? 目の色は?」
「髪は茶色、目の色は緑……お父さんはフォシエ・ローエン……劇場で脚本書いたり演出したりしている」
住んでいる町の名前、国の名前などゼネシスは告げる。告げないといけないと感じたから淡々とゼネシスが知っていることを述べた。
たぶんこの女性は五年前、突然行方をくらました母だ。
年は取っているかもしれないが、記憶にある女性に違いない。
リブリアはゼネシスの言葉を聞いているうちに、表情が強張り、見えない目は何かを探すように動く。
「ほ、本当に……ゼネシスなのね……ああああああああああああああああああああああ」
リブリアは顔を両手で覆って崩れた。
「リブリアさん!?」
フォルミが慌ててしゃがみ肩を抱く。
「あああ、そんな、神様! 喜んでいいの? 悲しいんいいの?」
ストレグが来て、リブリアを抱きかかえるように立たせる。そして、再び椅子に座らせる。
「……本当にゼネシスなのね?」
「たぶん……あなたの知っているゼネシスだと思います」
「……抱きしめていいかしら?」
「……はい」
ゼネシスは覆いかぶさるように抱きしめられる。
記憶している母の匂い。
「ああ、小さかったのに、こんなに大きくなって……ごめんなさい、本当にごめんなさい」
ゼネシスは何も言わなかった。
本当にリブリアだった場合、どうしていなくなったのか、嫌いになったのかとか聞きたいことが一杯ありどこから手を付けていいのかわからない。
それに、母は盲目ではなかった。
ここにいる母は確実に目がみえていない。
「……ゼネシス……あなたにまた会えてうれしいわ……フォシエは?」
「……お父さんが帰ってくるのを待っていたんだ……家が揺れて、棚が倒れてきてあった思って……気づいたら外で」
ここはどこでどういうところなのか、説明を聞きたい。
「そう、そう……怖かったわね……今日は休みましょう? ご飯はあるわ」
リブリアは一度休むことを進める。実際、ゼネシスは非常に疲れているし、説明されても理解できるか自信がない。
「逃げない?」
「……もちろん逃げないわ! 神様が意地悪をしない限り」
リブリアは微笑んだ。
見覚えのある笑顔にゼネシスも笑みを返した。父の状況が分からない不安はあるが、母という存在が目の前にあり、温かい人たちがいるという安堵は生じた。
「はーい、ご飯食べよう! もう、おなかすいたよ」
フォルミは話を切るように告げる。
「だって、絶対話長いよ? リブリアさんだってゼネシスだって明日で十分だって!」
フォルミは笑う。
ただ、その笑みはどこか寂しそうであり、不安をいだいているようにゼネシスは見えた。