5.少年、目を覚ます
ゼネシス・ローエンは揺れが収まって目を開けた。
「こ、ここはどこ? ゲフッ、あ、はあ」
せき込んで体を「く」の字に曲げた。
発作が起きているのが分かった。
突然襲う発作に死を感じる。
発作は防げるが、突然寒さに襲われた場合不可避だ。
家の中で暖かく過ごしていたところに地震が起きた。ストーブが倒れたら危険だと判断し、処理をしないといけないと考えていた。
地面が揺れることも、家の中の物が倒れそうなことも怖かった。何より、父がどこにいるのか、同じような目にどこで遭っているのかも考えた。
ランプも倒れそうで怖かった。
何もかもが怖く、テーブルにしがみついていた。
揺れが収まったかもしれないと動こうとしたとき再び大きく揺れた。ランプが倒れてテーブルから落ちる。
炎が上がったのを見た。消さないといけないと立ち上がって、倒れてきた棚にぶつかったのがここに至る前の最後の記憶。
直後になぜか外の草地に転がっていたのだ。いや、草だけでなく、かすかに雪も積もっている。冬であり、冷たい空気が彼の肺を無慈悲に満たす。
どうしていいのかわからないが、何とか呼吸をしようと必死にあがく。
苦しい、のどが絞まり苦しい。
ガサガサと音がして何かが来る。
野生動物がいるのだろうか。本で読んだかもしれない、などゼネシスは考える余裕などなかった。
(死ぬのかな)
息が吐けず、必然吸えず、ゼネシスはもがいた。
「……君っ、どうしたの!?」
やってきたのは少女だった。
「……お父さん! お父さん! 子どもが」
少女はゼネシスの横に座ると、彼の上半身を膝に乗せる。
「そんな格好で?」
少女は着ているコートを脱ぐと、ゼネシスに巻き付ける。上半身だけで長さが足りない。
「大丈夫? 大丈夫だから」
少女はゼネシスの手を握り、さする。
ぬくもりと優しい声にゼネシスは少し安心した。苦しいことには変わりがないが、コートを口元に何とか引っ張り保護した。
「……口元ふさいだほうがいいの?」
心配そうな少女だが、ゼネシスがしたままにする。そして、覆いかぶさるように抱きしめる。
「温かいかな?」
「おいフォルミどうした」
「子供が薄着で、ぜーぜー言っているの」
男がやってくる。
「そのままでは足が寒いだろう。フォルミ、お前は先に言ってリブリアに伝えてくれ」
「うん」
男は自分のコートを脱いで、フォルミのを戻そうとした。
「走るからいい! その子、口元が寒いみたいだから、あたしのをマフラーにすればいいの!」
「分かった」
フォルミが立ち上がる前に男がゼネシスを抱きかかえる。
「坊や、少ししたら、温かいところにつくからな、辛抱してくれよ?」
男はコートでゼネシスをくるくる巻いて、固定している。呼吸をしているか覗いているのがわかり、ゼネシスは瞼を開けた。
「しっかりしろよ」
うなずくが伝わるかわからない。
「落とさないから安心しろ」
男は笑う。
ホッとすると呼吸が楽になったようだった。
ゼネシスは見知らぬ親子の優しさに助けられた。
雪が降っている。白い粉雪が空から舞ってくるのが見えた。見知らぬ男は心身暖かい。
父はどうしているのか?
不意に沸き上がる不安と恐怖。
ゼネシスは収まりかかっている発作が来るのかと身構え、コートで口元を覆う。
「坊や、安心して息を吸え。君の病気が何か、無知な俺は知らない。ただ、ぬくもりと気持ちしかやれない」
男は急いで道を歩きながら声をかけてくれた。
声を出せるならお礼の一つや二つ言いたかった。しかし、下手に出せば発作は来るかもしれないと黙っている。小さく首を横に振るだけだ。
「坊やがどうしてそこにいたかとかもあとだ。まずは暖かい家の中、夕飯は相棒が作るスープだ」
ゼネシスは父親を思い出す。
どうしているのだろうか。
突然、彼がいなくなっているのを知って、探し回っているのだろうか。
「ううっ」
「……揺れるか?」
ゼネシスは首を横に振る。
「人さらいじゃないから安心しろよ。ちゃんと理由が分かったら、送り届けるからな」
ゼネシスはうなずいた。
父フォシエとは似ても似つかない大男。嗅ぎなれない匂いもする人物であるが、信用してもいいと感じるに十分だった。
「さあ、着いた」
「父さん、遅い!」
「仕方がないだろう!」
フォルミが待っていた。
中に入る。
むっとするほど暖かい。
寒暖の差にびっくりするが、ゼネシスはほっと息をついた。