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11.大切なものと未来

 公演が始まる早朝、フォシエは徒歩で劇場に向かっていた。

 ナーブルムとの会話の後、色々考えた。自分なりに対話をしていた。


 ――貴様は何を願う?


 ふとすると男の頭の中で声がする。


「私は、戻りたい。息子のもとへ」


 どれだけの時間が経ったのかわからない。

 彼がここにいる間と同じだけ流れていたのだろうか?

 それとも一分も一秒も経っていないのだろうか?


 身なりの良い子らが歩いていた。弟の方がゼネシスくらいだろうか。

 その子が石畳の隙間に足を取られ、転んだ。家庭教師らしい女性が慌ててくるが、フォシエが早かった。

 少年が立ち上がるのを手伝う。


「ありがとうございます」

 女性が頭を下げた。

「いや、私にも同じくらいの子がいてね」

 ゼネシスがもし転んだとしても、立たせるために手を出さないはずだ。息子自身がそれを許さない。


 そのくらい自分でできると。


 ――ならば、独りでも生きているだろう。

 ――お前も、独りで生きられる。


 声は響いた。男か女か、若いのか高齢なのかわからない声だ。

「そうか……ゼネシスは強い子だ……独りでも」

 生きていけるのだろうか?

 フォシエは歩いていく。

 劇場では彼を歓待する。

 なんとなくその場を流されていく。


 夜になり、舞台の幕が開く。


 今回も盛況で、是非舞台に立ってほしいと願われた。

 夢の中のようにふわふわとした気持ちがしていた。いや、気持ちではなく、ふわふわとした目で見ていた。

 舞台に立つとフォシエは観客を見渡した。

 着飾った人々はフォシエの言葉を待っている。半分は人との話に夢中で聞いていない。

 ざわめきの中、フォシエはナーブルムを見つける。


 復讐を願う青年。

 自業自得であるといわれることだ。

 それがでっち上げという可能性もなくはない。

 わかっているのは当事者同士であり、青年が復讐を願っていることだ。


 私の願いは何だろうか?

 フォシエは考える。一番は息子の元に戻ることだ。


 ――その願いはかなえられよう。


 何かの声がする。最初のように、子どもや老人まで、男や女の合唱のようなもの。


 フォシエはもう一つ強く願うものがある。この世界の滅亡。いや、モルブスと何も考えないで話す者たちの滅亡。

 ジューニは考えすぎで気の毒だ。

 そんな彼を困らせる奴らもいらないだろう。


 ――それも叶えることは可能だ。


 声は言う。

 フォシエはうつむく。口元は楽しそうにゆがんだ。


「本日は、私の舞台……いえ、皆で作り上げた素晴らしい世界にようこそおいでいただきました!」

 フォシエは精一杯の笑みで声を張り上げる。大仰なことを言ったとしても、劇作家としては不自然に思われない。むしろ、喜ばれているのは感じ取った。


「世界にはいろいろな不条理なことがある。それは何故起こりうるのか? 誰がそれを願うのか?」

 問いかけに観客は黙った。ささやき合っていたものも口をつぐんだ。

 舞台の内容とのずれが起こっているからだろう。しかし、まだずれは大したことがないため、探るような様子になっている。


「私は願う。この世界の崩壊を」


 ザワリと波が起こった。

 一部、笑みを浮かべた者もあった。


「なぜ、私はこれほどにも苦しみ悲しみ、辛い思いをしないとならない。いや、親切で私に気を使い、周囲にも気を使う、気の毒なほどの人物もある。それは非常に尊いことであり、それがなければこの国は消えていただろう」

 フォシエの目から血の涙がこぼれる。その涙は頬を伝い、口角に到達する。


「その気遣いもしらぬ、我が苦しみも知らぬ。笑みであることは良いが、気持ちを理解できぬ輩がいる。これに対し、私は非常に腹を立てた」

 フォシエは鋭くモルブスがいる席を見た。


「それほど異世界を知りたければ己で飛べばよい! 私はすべて捨て、ここにいる。大切な息子を置き去りに。病気の息子を置き去りにして!」

 怒りの言葉がモルブスに対したたきつけられる。

 モルブスも感じ取っているらしく、笑顔が凍り付いた。


「私はこの世界は美しいと思う。素晴らしい人々もいる。しかし、私の気持ち……は無神経な輩がいるためにすでにこの世界を好ましく思えなくなった」

 フォシエは観客を隅から隅まで見る。観客は息を飲み黙った。


「私は願う! 私に話しかける神のためになることを!」


 世界がピシリと音を立てヒビを作った。

 劇場の気温がぐんぐん下がる、そんな感じすらする人もいただろう。実際には下がっていないが、何か恐怖が足元から這い上がってくるのを感じているモノは多かった。


「私は願う! 混沌を、混乱を!」

 フォシエは天に向って両手を広げた。


「止めろ!」

 モルブスが声をあげる。

「王子、時間です」

 ナーブルムは短刀を握ると、モルブスの心臓に突き立てた。

「ぐっ、貴様」

「本当はもっと苦しんで死んでほしいのですが、これからのことを考えると難しくて」

 桟敷からモルブスを突き落とす。

 これで死ぬよりも、もっと苦しむことを願った。


「ああ、来るっ! 神が」

 フォシエは悲鳴を甘美な音楽のように聞く。

 はじめは神など想像の物だと考えていた。今は信じることができる、存在を感じることができる。

 フォシエは神の意識に飲み込まれた。

「汝の願いは聞き取ったり……そう、私がすべきことは、滅びをもたらすこと。ただ、破壊することはたやすいが、せっかくこの世界への扉を壊してしまいかねない」


 それは手を振った。

 モルブスは目の前で観客が黒い闇に飲まれ、消えるのを目の当たりにした。いや、消えたのはそこにあった物質すべてだ。

 その直後、フォシエの体にひびが入る。生身の人間にはありえない状況。まるで陶器の人形のような状況。


「ああ、脆い。人間はもろい。世界ももろい。だから、我らはこのようにしないと干渉できない。つまらぬが、面白い」

 フォシエの姿のそれは笑った。

「さて、これからが幕開けだ! 王子、もし生き延びるのでれば、いずれ会おう。ククク……ああ、私に同調する者が多い……声を聞き届けるのも我の役割だ。


 フォシエの中の者は笑った。

 そして、闇に消えた。


 ナーブルムもその場から立ち去った。


 舞台を見ていたジューニは驚愕した。

 混乱を納めるのとモルブスの救援を同時に指示する。

「まさか……彼が」

 ジューニは自分のふがいなさを嘆いた。彼がそこまでモルブスたちに追い詰められていたのを止められなかったことを。

 気づいていたのだが、モルブスたちの無邪気な明るさを。

 人を助けることでジューニは忘れようとした。

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