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9.平穏

 ジューニは変化に気づき、フォシエのことが心配でならなかった。

 モルブスに言われて引き合わさない訳にはいかなかったが、その結果、フォシエに黒いものを見出すようになった。

 一見変わらず、フォシエは穏やかに紳士的に日々を送っている。しかし、時折苛立ちを隠すのに必死だということにジューニが気づく。気に障るのが何かはモルブス王子に対してだと気づいた。

 かといって、モルブス王子にジューニは注意を促すすべを持たない。引き合わさない訳にはいかなかったし、そのあと合わないようにと言うに言えない。

 この国の権力者と、この国に暮らすものだから。


 時々来るだけのモルブスはそれに気づけない。

 下々のことも理解しようとする良き王子であり、現在、平穏な国では安定と繁栄を築く重要な王になると想定される。

 知識は広いし、それなりの配慮はできる。

 しかし、モルブスは無邪気だ。

 そのため、フォシエの答えを表面上でとらえる。いや、深読みをしてばかりでは生きづらいのは事実。

 「異世界のことを教えてほしい」とは言わないモルブスであるが、どこか期待している視線をフォシエに送っているのだ。

 王子を止めるのは難しい。

 フォシエも理解しているから心苦しい。

 ジューニはフォシエを守りたいが、モルブスに対してもその意志はある。挟まれた状況でジューニは息苦しい。


 なお、ジューニが来ているときにモルブスの訪問があった日に、お付きの物がフォシエの気持ちを察しているのか、王子をやんわり止めるときがあったのだ。

 ナーブルム・ティエンティという青年だ。ジューニは感心し、感謝した。

 彼の様子と家名はジューニの中で引っかかる物があった。

 ティエンティと言えば十年ほど前に汚職事件の責任を問われ、失職した上級役人がその名前だった。それに加え、ティエンティ家は代代王家に仕えるものが多い。一応貴族であるが、決して身分は高くない。しかし、王家の中枢に近いところにいることが多く、権力に近いところにいることが多いのだった。

 失職し、没落気味だったティエンティ家の期待の星がナーブルムと言うことになるとジューニは気づいた。

 実利を取るならば、過去の事件は水に流し、ナーブルムを応援したいと考えるのが筋だった。

 そもそも、ナーブルムと言う青年、目立たないというのが周囲の評価だった。そつなく何でもこなすからこそ出る評価。

 そのために王子のそばにいられるのである。

 ジューニはナーブルムについて調べた後、何か嫌な予感も覚えた。しかし、それは情報を得たことによる偏見にも思え、温かく若者の行動を見守ることにしたのだった。


 何よりナーブルムがモルブスに声をかけると、フォシエがほっとする。ジューニは自分ができないことを青年がすることに少々嫉妬はした。立場が異なるため仕方がないことだと内心苦笑している。


 なお、フォシエはジューニの前ではまだ自分を出すところがある。フルク・マックスが偽名だと知っているためであり、共犯者的な位置にいるからだろう。

 完全に信用しているとはいいがたいだろう。

 フォシエの中にあるのは「帰りたい」ということだけなのだ。

(もし、子息も一緒であれば)

 ジューニは思った。無意味だが考えた。

 そのため、フォシエが来た前後からこちらに来た人物がいないか調査を始めたのだった。

 こちらの世界に来る人やどこかの世界に消える人がいるとされていても、法則性があるわけではない。そのため、彼の子どもがこちらに来ている可能性は薄い。しかし、神という存在が、何を考え行動するかなどただの人間であるジューニには分からない。

 そのため、打てる手は打っておくことにしたのだった。


 そんなある日、モルブスが来た時、妹ニティオを伴っていた。

 ジューニもフォシエの家にいるときであり、まさか王女まで来るとは思っていなかったため驚いた。

 互いに目を丸くして顔を見合わせたくらいだ。

 どのように対処していいのか、フォシエは困っているようだった。だから、仕事あるし帰ろうと思ったジューニはとどまった。

「まさか王女殿下までいらっしゃるとは思いもよりませんでした」

 ジューニが立ち上がり、お辞儀をする。それに倣ってフォシエが動く。

「そんなにかしこまらないでください。わたくし、兄に無理言ってついてきただけなのです」

「市井をすることは重要だからな」

「お兄様」

「フルクの知っていること、いろいろ知りたいし。朧げにあるなら、そちらの女性のことも聞きたい」

 フォシエが凍り付いたのをジューニは感じ取った。

 記憶がないが、文字や名前については記憶があるは知られている。だから、遠回りに話をさせて思い出せるなら思い出させてやろうということだろうかと考える。

 ニティオは察したようだ。

「もちろん、無理はなさらないでかまいません。どんなおリボンがとか……そ、そもそも、殿方が詳しいわけありませんわね」

 子どもっぽいととられると恥ずかしい、と言うように怒ったふりをする少女。ジューニとフォシエにはほほえましいと思わせる。

「……それも問題だったな」

 このときモルブスはそこに気づいたようだ。おおざっぱな話だけでなく、小さな違いを知るというのも考えることがあるということに。

「お兄様、鈍いです」

「お、おおう」

 フォシエの口元が緩んだ。ジューニは和やかな雰囲気があることにほっとした。

「ジューニ、仕事があると言っていたが、大丈夫か?」

「ああ」

 行っても大丈夫だろうか。

「いつでも来てくれ」

「分かった。では、先に失礼します」

 ジューニは立ち去った不安を残して。

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