0.終わりの前
こんにちは、小道けいなです。
プロット適当にしたら、そこそこ長い話になったので練り直したりしつつ今があります。
分割して連載にしました。大抵書き終わってから分割で連載ぽくすることはあるのですけど……どっきどき。
公開は定期的にしたいですが希望ですので、お付き合い下されば幸いです。
なお、オープニングは本当は違うところからでした。それは次に公開します。
大体文庫本1冊くらいの内容予定です。
ここを開かれたことが良き縁でありますように。
石造りの建物の、薄暗く長い通路を彼らは進んでいた。
建物の外では人類の軍隊と邪神に感化された存在との戦いが続いているはずだ。石の壁を挟めば音は全くしない。いや、それだけではなく、建物の大きさも関係するだろう、建物は一つの町と言っていいほどだ。
天井は五メートル、通路の幅は三メートル……それが延々と続く。いや、途中に扉があり、部屋はあるが、敵陣であるため休めるところはない。
敵を追い払って何とか部屋を確保したところで、いつ攻撃を受けるかわからない。それでも順番で休めるうちは良かった。
意識も保てるから。
今は二人しかいないため、休めても気は抜いてはいけない。
彼らは進むしかない、人類の希望として。
二十歳くらいの娘と十代後半の少年。
二人の防具はかなり痛み、羽織っていたマントはすでにボロ布と化している。
命があるのは二人とともにあって、すでに命の花を散らした仲間のおかげだった。
この先にいるのは邪神に心身乗っ取られた人物。本人は面白がり「魔王」と名乗ったらしい。そのため、便宜上魔王と呼ばれる。
これまでも戦ってきた相手は人間や動植物だった存在。魔王を中心に異形の力を得たモノたちだった。
憎しみから憎しみへ。疑いから疑いへ、魔王はあおった。
その魔王がいるところはあともう少しなはずだ。
この城の中をくまなく探し、見ていないところはあと一か所だったから。二人はその推測にすがる。
「あと一息」
「……二人で行けば何とかなるよね」
「なる……邪神の力があるといっても、それを使いすぎれば人間の体という器は持たないと言っていた。だから、じわじわ手の数を増やしてきていたのだっていうのを信じたい」
少年の脳裏によぎるのはここに至るまでの出来事。彼が知らないところで物語は始まり、彼を巻き込んで進んできた。
物語の初めは邪神の声に耳を傾けた魔王の誕生。邪神の器と言われる人間。
魔王のささやきに同調していった人間や動植物の増殖。勢力を伸ばし、汚染していった。
魔王に従ったのは王国に怒りを抱く者、犯罪者たち、隣国で虎視眈々と国を狙う人たち、幅広かった。
王国を狙っているとはいっても、多くの周囲の国々も魔王の誕生は衝撃をもって受け止められた。
静観を決めていた国々も荒れる。魔王の力が直接的な武力なら影響は少なかったかもしれない。彼を通じて響く邪神の声は、波長が合うモノの意志を増幅させた。邪神が望む、恨みや絶望といったものに合わせた行動をとるように仕向けられていく。
一見普段通りの隣人が、実はすでに魔王の手先ということもあり得た。だからこそ、影響がじわりじわりと広がる。
静観していたものが慌てて王国に手を貸し、大陸中、世界中が戦禍に飲まれる前に対処する必要があった。
事件の中心地となった王国は戦力を持つ者を招いた。強固な規律も相手に求め。
王国は邪神によってつぶされるか、救援者のふりした侵略者につぶされるかのいずれかではないかとささやかれるまでになっていた。それを現実にさせまいと施政者たちは必死だった。
少年が魔王を討つことで、一つの幕は閉じる。
手にした剣を握りしめる、非常に重大なことであるのだから。
手渡された剣が誰の物だったかを知って衝撃を受けたことを思い出す。
大きな物語の主人公のようになるとは考えもしなかった。
武器を持ったのは彼女と会った後のことであり、旅の剣士という青年が来て剣の扱いを教えてくれた。
体が弱い彼はつらいと思った。それでも教えてくれる人物は厳しいが、優しく教える。
このために。
なぜ教えてくれるのか、戦わないといけないのかという問いにその人物は言った。
――魔王が嫌うのは君のような人間だという。異世界から来たという人物だよ。
少年の言葉には説得力はなかった。しかし、喘息の症状がこちらの世界に来てから非常に緩和され、発作が出なくなったのは事実。何かの力の動きはあり、自分には力があるのかもしれないと勘違いはできた。
彼は半信半疑でありつつも、戦うすべは必要だった。狩りをするにも、身を守るにしても。
この剣のもとの持ち主の無念も背負った。魔王にそそのかされ殺されたのだという。
彼はこの国で生きるために戦うことになった。
そして、今、魔王と呼ばれている男の城にいる。
物思いにふける時間は終わった。
誰もいない通路を進んでいるだけではないのだ。
魔王の気配が濃くなる。
邪神によるささやきというべきか。
これによって不満を拡張され、己の欲望を前面に出す人間が現れる。動物や植物などでもそれはあり得た。だからこそ、王国を中心に世界は荒れ始めたのだ。
不満は大なり小なり持っているのが生き物だ。
それでも何とかなっているのが世の中だった。
(邪神に身をゆだねたっていう人物はそれほどまでに恨んだのかな)
彼はぽつりと思った。
寂しい、つらい、悲しいといった気持ちが強かったのだろうと。
――もし、自分も一人でこの世界だったら? 母も、受け入れてくれる人もいなかったら? 魔王のようになっていたのだろうか?
一瞬、考えた。
「着いたよ!」
「左によけろ!」
彼女が声をかけたと同時に、少年は叫んだ。次の瞬間、彼女の口から悲鳴がもれる。
異形の姿に変えた鳥のような人間のような存在が中空から下りてきたのだ。彼女は持っていた槍で防ぐが、吹き飛ばされる。
「……!」
彼は剣を下段に構えた。敵を下から突き殺すつもりだったため、集中していた。いや、集中しすぎていた。
「……危ないっ」
彼女が彼を突き飛ばした。
側面から別の存在に攻撃されかかったのを彼女がよけさせてくれた。
一方で彼女は上からの攻撃をまともに食らってしまう。
「きゃあああああ」
「やめろおおお」
彼は全身の血が沸騰し、逆流するのを感じる。
――絶対、それを許さない!
彼女を刺し貫いたままの鳥のような人の心臓あたりを刺し少年の剣は貫く。目を見開き彼を凝視した顔を無視し、それの首をはねた。
致命傷を受けたそれは、粒子が固まったような姿となるが、つながりがほどけたように霧散する。
彼に突進してくる獣のような物を薙ぎ払う。鋭い一撃の前に風圧でそれが切れていくようだった。同じく塵となる。
敵がいないか彼は見渡す。
敵はいない、と感じ取り、倒れている彼女の傍に行き抱き起す。
「おい!」
「……あはは、ごめん、待ってるからね」
彼女は咳き込む。血があふれる。
「……今傷を」
「いきおい、だよ?」
「戻ったら結婚するんだろ」
「そうだよ?」
「……ス……お父さんが待ってる」
「……だめ、だよー、あたしのとーさんを……そういっちゃうときょうだいになっちゃう」
「違う、本当に家族になるんだ! 君と僕が結婚して。だから、お父さんで間違ってない」
娘の目から涙があふれる。
「うん、そうだね。ここでまって……ら」
「どこか安全そうな部屋を」
「どこも……だいたい、あんたが……たいじしているのに……だれがとびらをまもるのよ」
彼女は自分から起きようとする。
傷が動いて血があふれる。
「おとなしくしていろ。ほら、隅っこに……」
ボロ布同然のマントだったが、彼女の首の下に敷くくらいは役に立つ。
「ありがとう、やさしい」
「当たり前だ!」
彼女の笑顔を胸に少年は立ち上がる。
魔王を倒して、すぐに彼女の下に戻り、医者に診せないとならない。時間は限られている。
「急いで行ってくるから!」
少年は扉を押し開いた。
そこは、劇場のようだった。
彼が立っているのは客席の出入り口。赤いじゅうたんが敷き詰められた通路の先に、木製の舞台がある。
そこに一人の男が立っている。
シルクハットに燕尾服。しかし、それらには多大な飾りがつき、豪奢、禍々しさが加わる。手にするステッキは漆黒の素材に、ヤギの頭と思われる飾りがあしらわれている。しかし、その黒さも単一ではなく、よく見ているとうごめいているようだった。
「ようこそご入来! 英雄となる人物が誰かと思えば……いやはや……運命は皮肉ということか。運命の女神というのがどこかの世界にはいるらしい。その女神とやらは、十分残酷でひどい人物と見える」
男は朗々と告げる。
近寄る彼を見下ろしながら、手振り身振りを交え、役者のようにしゃべる。
少年はその声に聞き覚えがあると思った。
一方で記憶を探ってはいけないと本能が告げる。
「英雄というのは屍を築いてくる物ではないのかな?」
魔王は首をかしげる。今ここに死体がないのが寂しいのか、彼が殺し足りないというのだろうか。
少年は冷静さを装うことに努めたがうまく行かない。彼女のことが脳裏を占め、かっとなる。
「築いたさ! 仲間の、貴様に下ったやつらの!」
魔王は身を震わせて「素晴らしい!」と言い、拍手を送る。手袋に覆われている手が異様に白く見える。
「ああ、さすがだ! 英雄譚というのは屍とともある物だ! 恐ろしい! 美しい物語がそこにはあるだろう! ぜひ、君の口から聞かせてもらいたいものだ! 通常、命あるものを殺せば、殺人という罪になる。しかし、戦争になればそれは変わる。大義名分というのは実に恐ろしい! それに面白い!」
「うるさい!」
「英雄というものは、最後には魔王を殺す。それに父親も、家族も! 何もかも犠牲にして!」
魔王はステッキを元の位置に戻し、ただ立っている。
「うるさい! お前を倒せば。肉体という器をなくせば、お前はここにいられない」
少年は必死に答える。主導権を渡したくはないという願いだった。焦ることからわかるように、実際、うまく行っていない。
――父親?
少年は一瞬、言葉が止まる。
それは少年の言葉を受け、肩をすくめる。
「本当に? 私としては君という器でもいいのだよ?」
「何を!」
心臓が早鐘を打つ。訊いてはいけないと思いながらも、聞かないで後悔するのも恐ろしかった。
魔王は優し気に笑ったようだった。
「絶望というのはなかなか多くが深い。根が深いというべきか? 私がなぜこうなったか考えたたことはあるかね? 私にとって必要だったものは叶えられなかった! それも、手を伸ばせば手に入ったかもしれない! まあ、それは一部、私の言葉によるのだけどね?」
声に出さずに男は笑う。
少年は困惑する。それが言う「私」という意味が二つあると感じたからだ。宿主の「私」と神の「私」だろうか。
これ以上会話を続けるのは危険と彼は判断した。言葉に惑わされそうになったのだ。
少年は剣を下段に構え、一気に間合いを詰めようとする。
「まあ、それも一興! 私に最後の絶望を! 君に最初の絶望を与えよう!」
シルクハットの縁で顔が非常に陰にはなっていた。だから、声がそうかもしれないといっていても、その記憶を引っ張り出すのをやめていたのは顔がはっきりしなかったからだ。
舞台に駆け上がった直後、少年は剣を落としそうになった。剣は握ったままだが、足を止めてしまった。
魔王はにんまりと笑う。
人間する表情ではない顔で。三日月の目に口、そんな雰囲気だった。
その直前に見たのは明らかに記憶の中にある父親だったのだ。
「う、うわああああ!」
少年は悲鳴を上げた。信じたくない、すべてを薙ぎ払うように。剣を構え直すが、うまくいかない。
「あはははははは! 人間というのはもろい! それは感じなかったかね? これまで私の声に傾けてきたものを見て」
「ぐっ」
「弱いというのも違う。何かささやく信じたいものがあればそれを支えにする」
否定できず少年は必死に言葉を見つけてたたきつけようとしたが、それでは魔王の思うつぼだと、意志を引き締め直す。
「お前だって、支えがあったからやってこられた。この男はそれがなかった」
「お前が勝手にその姿を……それが幻影でないと言い切れるのか?」
魔王は笑いを治めて首を横に振る。異様にまじめな顔で少年は驚く。
「私について何も知らないで来たのか? いや、先ほど語ってくれたな。その剣の話は?」
実際話はきちんと聞いているし、それを信じてここまでやってきたのだ。
何がまやかしか、何が幻影か?
どこから道が間違っていたのか?
そこまで少年は考えた。
「御託はいらないな。なら、君は死になさい」
魔王はステッキを構える、まるでレイピアのように。
構えた瞬間それは姿を変えていた。魔王の術中、だと感じるがすでに手遅れだった。
2017年6月18日 基本は変わらず、大幅修正を行いました。