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魔王が転校してきてから二ヶ月ほど経過した。
が、特に何事もなかった。
強いて言うなら魔王が転校してきた一週間前後に無理矢理話に付き合わされ、かつて同様従えと言われたくらいだが、何のメリットもないので断った。
元々、魔王につけば自由に戦えるとういう理由があったから従っていただけで、魔王本人に対しては何の感情も抱いていなかったし、忠誠心なんぞ欠片も持ち合わせていなかったから。
その場では少し粘られたが、用があるからもう帰る、と言って立ち去ったらその後は何の接触もしてこなかった。
魔王はどうやら彼女の事は知らないらしく、彼女に接触している様子もなかった。
初めはどうなるかと思ったが……思いのほか平和で拍子抜けしている。
嵐の前の静けさ、と言う可能性も捨てきれないけど。
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蝉が鳴いていた。
喧しい蝉時雨が響き渡るなか、互いに幻を見るかのように呆けていた俺達だったが、先に正気に返ったのは意外な事に彼女だった。
急にハッとしたような表情をして立ち上がり、後ずさりをした彼女は、慌てていたのか何も無いところで盛大に転んだ。
彼女が起き上がる前に俺は垣根を飛び越えて庭に侵入し、彼女に手を伸ばした。
大丈夫? そう聞きながら手を伸ばした自分を見て、彼女は身体をびくりと震わせて硬直してしまった。
しょうがないので無理矢理彼女の右手を掴んで立ち上がらせてやる。
その時になってようやくその違和感に気付いた。
――彼女の両足は、どちらもあり得ない方向に曲がっていた。
それ、どうしたの、と足を指差しながらそう聞くと、彼女は顔をサーッと真っ青にして、何でもないから大丈夫、と言った。
大丈夫には見えない、そう言うと彼女は顔を真っ青にしたまま、目元に涙を浮かべて、本当に大丈夫だから、すぐに治るから大丈夫、と震える声で続けた。
よく見ると、おかしなところは足だけではなかった。
手足と顔を鮮やかに彩る青と赤は打撲傷で、左腕には赤い線状の傷が三本引かれている。
右足には赤と青に混じって焼け焦げたような跡を数カ所見つける。
誰にやられたのか、そう問いかけると、何でもない、という答えになっていない返答をされた。
もう一度若干強めの口調で同じ言葉を繰り返すと、彼女は顔を真っ白にして黙り込んでしまった。
両親にやられたのか――と問いかけると彼女は首がもげるような勢いで横に振った。
なら泥棒にでも入られたのか――と問いかけると彼女は小さく横に振った。
それ以外に誰がいる、まさか自分でやったのか、とも思ったが、そういえば彼女は両親の他に祖母と叔父と暮らしていることを思い出す。
どうせ首を横に降るんだろうと思いつつ、じゃあ祖母か叔父にやられたのか、と問いかけると、彼女は目を見開いて再び身体を硬直させた。
問い詰めるとそれが正解で、しつこく問い続けると、夏休みに入る少し前から――正確に言うと彼女の母親がパートを始めたあたりから、彼女は暴力を受けるようになったのだという。
彼女の祖母と叔父は両親のいないうちに彼女を痛めつけ、気付かれぬよう両親が帰って来る前に彼女に治癒魔法を掛ける、というようなことをほぼ毎日のように繰り返していたらしい。
理由はわからないらしいが、前から彼女は叔父にひどく嫌われていたらしいので、おそらくそれが原因であるという。
今日も一通り暴行を受けた後、庭にほっぽり出されたという。
勝手に家に入ればいいじゃないかと言うと、祖母も叔父も出かけてしまい、完全に締め出されてしまっているらしい。
何故抵抗しないのか、両親に話せばいいじゃないかと言うと、もしバラしたら彼女自身ではなく両親を殺すと言われている、と彼女は蚊がなくような声で呟いた。
目元に涙を浮かべながら話を終えた彼女に、どうかこのことは誰にも言わないで欲しい、そう懇願されたので、俺はその言葉に従うことにした。
その日、俺は彼女や通行人に気付かれぬよう、自分の家と彼女の家の間にある狭い隙間に身を隠した。
そして夕方、4時頃になって帰ってきた彼女の叔父と祖母に、その頃から愛用していた大太刀で斬りかかり――手ひどい反撃を受けてこちらも殺されかけたが、相手二人を半殺しにして、四人まとめて病院に搬送された。
救急車を呼んだのは騒ぎを聞きつけた俺の母親で、庭先で脱水症状を起こしてぐったりしていた彼女を見つけたのも母親だった。
彼女の尋常ならざる姿から母親はほとんど全ての事を察したらしい。
何故あんな事をしたのか。
その質問は母親からも彼女からも、おそらく警察官であるおっさんからも問われたが、明確な答えは返さなかった。
自分でも何故あそこまでしたのかよくわからなかった。
最初は手足をぶった切って行動不能にするくらいで勘弁してやろう、と思っていたのだが、後半は幼い子供相手に大人気なく本気で殺しにきたあの二人をなんとかすることに必死で、気が付いたらあんな状況になっていた、としか言いようがない。
ただ、そんな事をした理由は何かと言われると、答えのようなものはあった。
恩返しのつもりではあったのだ、一応。
意趣返しのつもりでもあったが。
大人たちの中で色々と面倒臭い話し合いが行われた結果、あの二人は投獄された後も一生、彼女と彼女の両親には二度と関わらない、と言う取り決めがなされたらしい。
その取り決めが破られる時が来るとするなら――その時は本当に殺してやろうと思っている。
ちなみに当時俺が負った傷跡は今でも残っているし、一生消えることはないだろう、とも言われている。
あの状態で生きていた事が奇跡で、死ぬよりマシだし後遺症が残らないのは奇跡以上の奇跡だ、とはその後も何度も世話になることになった医師の言葉で、自分でもだいたいその通りだと納得している。
もう一つちなみに、彼女が祖母と叔父からつけられた傷は今では跡形もなく綺麗さっぱりなくなっている、元々両親に気付かれぬよう、すぐ綺麗に治癒できるだけの傷しかつけられていなかったのだから、当然ではあるのだが。




