Ⅰ ❶ Ⅱ 1 ❷ 2
Ⅰ
時々前世の記憶を夢に見る。
その多くが戦場だった、戦うことでしか満たされず、それしかなかった自分が、ただひたすらに戦い続けるだけの無機質な夢。
ただ敵を無機質に切り捨てる自分の事を、誰もが、敵も味方も関係なく感情のない化物だと恐れ続けていた。
自分もその通りだと思っていたし、特に異言はない。
ただ、それを否定した女が一人だけいた。
❶
今世で彼女と始めて出会ったのは、俺と彼女が6歳だった頃の話になる。
俺の小学校入学に合わせて両親が一軒家を購入した。
その購入した一軒家の隣の家の子供が彼女だった。
核家族ばかりの現代では珍しく、彼女は彼女の両親だけでなく、祖母と叔父とも一緒に住んでおり、家族が多くて煩わしくないのか? という印象を持った覚えがある。
引越し直後の挨拶の際、既に全ての記憶を思い出していた自分は直感的に彼女が'誰'であるのか気付いた。
それは彼女も同様であったようで、目を見合わせた一瞬後、顔色を変えて目を見開いていた。
しかし彼女は引きつった顔でこれからよろしくというだけで前世の事に関しては触れようとしなかった。
それに自分もそれに合わせた。
あれから10年近い月日が流れたが、未だに彼女とは前世の事について一度も話してはいない。
Ⅱ
――あなたには感情が無いのではなくて、そもそも感情を揺さぶられるような事が無いのでしょう。
そう彼女は言った。
どういう状況だったか、確かあれは魔王が誘拐した姫君を取り戻そうとする使用人と騎士一行の様子見を命じられた時だ。
彼女と二人きりで組まされたのは後にも先にもその時だけで、彼女とまともに会話をしたのはその時が最初で最後だった。
そう言われた自分は数秒考えた後、自分でも今まで気付いていなかったが、実際その通りである事に気付いた。
何で分かったのか、と問いかけた自分に彼女は、だってあなた、いろんなことがどうでもよさそうだもの、と返してきたのだった。
確かにその通りだ。
そしてそれはこの時の自分だけでなく、今の自分に関しても同じ事。
1
学校の屋上は普通閉鎖されているものだ。
だが俺はそんな事には構わずにそこで昼食を摂る。
彼女はやめておいた方がいい、と言っていたが、ちょっと睨んだだけで素直に従った。
従順過ぎる事が彼女の大きな欠点だけど、素直な事はいい事なので頭を撫でる。
いつも一品だけ彼女の弁当のおかずを奪うのが日課だった。
今日は甘そうな卵焼きを奪う。
うちの母が作ったものとは違い、しっとりと甘みがあり美味しかった。
素直にその感想を言うと、彼女は控えめな笑みを浮かべた。
夏休み直前の、暑い夏の日の、いつも通りの出来事だった。
❷
それを見つけたのは、偶然だった。
小学二年生の夏休み、やる事も無く退屈から家を出た俺は、夏の日差しの暑さに辟易して家を出た10分後に自宅前まで戻ってきた。
隣の家を通り過ぎた時、垣根の隙間から見えたその庭先に、何か妙なものを見た気がした。
特に気にする事は無いと思ったが、それでも多少は気になったのでその隙間から中をのぞき見た。
庭の真ん中、手足と顔を赤と青に変色させた彼女がいた。
夏の日差しに照らされ続け、ぐったりとした様子の彼女は、幻でも見るかのような目でこちらをぼんやりと見ていた。
その姿は前の彼女とあまりにも似通っていて、自分もその彼女の事を幻か何かかと思いながら、その姿をじーっと見ていた。
2
彼女とあんなことやこんなことをしていちゃついていた夏休み明け、俺のクラスに転校生がやってきた。
魔王だった。