傷が残ったら結婚してやる、そいう台詞を聞いた事があった。
通常、男から女に対して言う言葉だ。
自分のせいで傷物にしてしまった事に対する責任をやむ負えずに取る、というような意味合いなんだろう。
俺もかつて同じようなセリフを彼女に言った。
ただし責任を取るのは彼女の方、全身裂傷と火傷まみれで「責任を取れ」と言った俺に、彼女は泣きじゃくりながら首肯した。
かくして。
俺はたった 8 歳にして、一人の奴隷を手に入れた。
自分には前世がある。
そんなチープなセリフを自分から吐く事はなかったし、彼女もそれは同様だが――自分には確かに生まれる前の記憶があった。
それもかつて魔王と呼ばれていたとある残虐な男。
の、側近だった時の記憶だ。
側近とは言っても政治に関してはほぼ関わっていない、ただの戦闘狂だったが。
残された文献も調べてみると本当かどうかわからないような曖昧な伝承しか残っていない。
やや美化されつつ大体の真実を語っていたその文献を読んで、自分の記憶が妄想ではないのかもしれないと頭を抱えた幼少期が少しばかり懐かしい。
彼女に関する文献も存在はしたが……こちらはほぼ間違っていた、というか曲解されていた。
魔王と俺以外の幹部のサンドバックだった彼女は、文献の中ではとんでもない悪女で、そして傑作な事に魔王の愛人ということになっていた。
この辺りの記録を見た時は事実と違いすぎるのでやはり自分の記憶は妄想の類だとも考えたが――実際、彼女の事をよく知っているようなのは魔王の身近にいるような奴だけだし、そのように伝わっていてもおかしくはない、と自分は歳の割りには冷静に分析した。
冷静に分析したところで、事実がどうであれ、現状自分にも彼女にも関係がない話だと切り捨てた。
前の彼女に関して、前の自分は特になんとも思っていなかった。
可哀想な奴だとは思っていたが、助けようとは微塵も思っていなかった。
それでも確かに哀れな女だったのだろう。
奴隷として売り飛ばされ、酷い環境によって後天的に不死身にも近しい体質を手に入れ。
何度も仲間を見送り、仲間と同じ苦痛と傷を抱えながら死んで楽になる事すらできずに。
そんな環境から彼女を連れ出したのはよりにもよってあの魔王で、優しい笑顔の仮面を貼り付けた魔王に彼女は呆気なく騙されて、忠誠を誓い。
その生涯を、魔王と魔王の側近のサンドバックとして生き続け、ただ腹いせと享楽の為に暴力を振るうための存在としてしか必要とされずに、最後には――手すら差し伸べずに傍観していた男をかばって無残に死んだ。
これを哀れと言わずして、何を哀れという?
前の自分に関してはそれほど嫌いではなかった。
確かに世間一般では悪人だが――言わなければそんな事は誰にもわからないし、そんな突拍子のない発想をする馬鹿はいなかった。
むしろかつての戦闘経験が今でも十分役立ってくれているのでかえって助かっている。
そう、本当に役に立ってくれた、前世の戦い三昧だったあの日々と、それによって得られた経験には感謝してもしきれない。
この記憶と経験のおかげで、俺は齢8歳にして上級魔術師だった彼女の叔父、そして最上級魔術師だった彼女の祖母を半殺しにしてやれたのだから。