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初対面……?

 始まりは夏。

 私はひとりの男性と出会った。

 これからきっと、この人を好きになる。そんな気がした。


 日中の暑さが嘘のように、窓から入ってくる涼しげな風が心地よく感じる。だいぶ日が落ちて、空が暗くなり始めた頃、私は徐に外に出た。向かった先は、近くの展望台。そこから見える星空は、とても綺麗なものだ。ただ、今の私は、星が見たいわけではない。部屋でごろごろとする方を優先したいくらいだ。なのに、身体は気持ちとは違う行動をしている。

 展望台には誰もいない。

 心ここにあらずで、ただただ空を眺めた。もう星が見える時間だ。

 どれくらいそうしていたか分からない。何がしたいのかも分からない。何も考えたくない。そう思ったけれど、少しだけ考えた。考えて、帰ることにした。そんな矢先、背後から知らない人の声が聞こえてきた。


「星、綺麗ですね」


 振り向くと、男の人が一人そこに立っていた。私を見ているという事は、さっきの言葉は私に向けられたものなのだろう。言葉が見つからず、同感の意を込めてひとつ頷いた。

「一人ですか?」

 この質問にも頷きで答えた。

 私が無表情で、言葉を発しようとしないせいか、違った質問が飛んできた。ありきたりといえばそうなのだろうが、この状況でそれは早い気がした。

「僕、新宮秋にいみやあきっていいます。もしよろしければ、貴方の名前を教えてくれませんか?」

「……」

 名前を言うくらい大丈夫だよね?もし不審者なら危ない?

 でも、悪い人には見えないからいいよね。

神崎美玲かんざきみれいです」

 相変わらずの表情のまま答えると、新宮さんは私の名前を復唱して覚えているようだった。

 新宮さんは、とても優しい雰囲気がある。黒髪で、整った顔立ち。微笑む姿に見惚れてしまう。そして、聞いていて心地よい声。私より年上だろう。

一瞬でも不審者と思ったことを反省した。

「神崎さんは近くに住んでいるんですか?」

「はい」

 今度は頷きではなく、言葉で答えた。

「そうですか。でも、もう暗いんですから、一人は危ないですよ。もしよろしければ家まで送らせてください」

 真っ直ぐ目を見て言われてしまった。きっと本心から言ってくれていることなのだろう。下心があるのかなんて今はどうでもいい。新宮さんの好意を受け取ることにした。

 

 歩いて二十分ほどの距離を、二人並んで歩いた。もうすぐ家が見えてくる。ここまで、あまり会話は無かった。でも不思議と、沈黙が嫌ではなかった。

「あの、もう、すぐそこなのでここで大丈夫です」

 田んぼの多い田舎道。ぽつりぽつりと建っている民家。その民家とは少しだけ違う家が私の住む場所。世間が言う旧家の令嬢という肩書を持つ私。初対面の人に好んで知られたくないことだ。だから、家から少しだけ離れたこの場所で別れたい。

「分かりました、送らせてくれてありがとうございました」

 暗くてはっきりとは見えないけれど、新宮さんの表情は、とても切ないものだった。

「……神崎さん」

「……はい」

 新宮さんは、私との距離を縮めると、少しだけ眉を寄せた。

「はぁ……だめだ」

 小さい声は私の耳には届かず、どうしたのか聞こうとした。でも、そう言う前に左手首が掴まれ、それに驚き声が出せなくなった。そのあとすぐに、もう片方の手で目を隠された。突然視界が遮られ、何をされるのかと怖くなった。怖くて身体がうまく動かない。


「……すみません」


 ……え……

 泣いて、る?


「僕は……あなたが好きです」


 突然放たれたその言葉は、私の胸に素直に響いた。不純物のない軟水を飲んだように、その言葉から嘘は感じられなかった。

 しばらくして解放された私は、恐る恐る新宮さんの顔を見た。少しだけ目が腫れている。やっぱり泣いていたんだ。泣いてるところを見られたくないから目隠しをしたのかな?

 そんな事を考えていると、新宮さんは一歩下がって距離を取った。

「いきなり告白だなんて、失礼でしたね。すみません。でも、どうか、疑わないでください。返事が欲しいとかじゃないんです。ただ、僕の気持ちを信じてほしいだけなんです……お願いだから……」

 最後の言葉はほとんど聞こえなかった。泣きそうな声で、必死に伝えようとしているのがとても切なく感じた。


「信じます」


 新宮さんの表情が少しだけ明るくなった。

「……ありがとう」

 泣きそうな、嬉しそうな表情を見せられて、何故が私が泣いてしまった。

「あ……な、なんでもないです、すみません」

 涙をごまかすように言い訳の言葉を探したけれど、何も見つからない。涙は次から次へと溢れてくる。


「美玲」


 あ……名前……。

 突然下の名で呼ばれて驚いたけれど、それとは別に、その響きに聞き覚えがあったことに驚いた。

 私達まだ会ったばかりなのにどうしてだろう。切なくて、苦しくて、涙が止まらない。

「美玲、僕のこと早く思い出して」

 新宮さん……?

 思い出すって何?私達、前にも会ったことがあったの?どうして、そうだと思ってしまうのだろう。

「……教えてください……あなたは、誰なんですか……?」

 お願い、教えて。

「っ……。すみません……」

 それは教えてくれないということ?どうして……?

「思い出してほしい、でも、思い出したら、またあの時みたいに……」

 新宮さんは、独り言のようにつぶやいた。あなたは何を知っているの?

「……帰ります」

 ここにいても、苦しいだけ。何も教えてくれないなら、この場から立ち去りたい。この切なさから解放されたい。

「……引きとめてすみませんでした。気を付けて」

「……はい」

 意外にもあっさりと帰らせてもらえた。また引きとめられるかとも思ったが、引きとめたところでどうにもならないと思ったのだろう。私もそう思った。


 新宮さんに背を向けて、重い気持ちのまま家へと帰った。

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