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4月18日 PM13:00

 「春」というと何を想像するだろうか。

 ある人は暖かい季節の到来を感じ、桜を代表する花の美しさに心惹かれ、はたまた「花より団子」という言葉もあるくらいで、美味しい食べ物を舌鼓し楽しむことを想像するかもしれない。

 またある人にとっては苦しい季節になるかもしれない。最近はスギ花粉が年々増加しているらしい。花粉症の人にとってはマスクや鼻炎カプセルが手放せないことを想像するかもしれない。

 僕は何を想像するだろうか。どちらを取っても僕にとって関係ない話ではない。僕は、花見をして缶ビール片手に旬の食材を食べたいし、親からしっかりと受け継いだ花粉症のせいで最近は鼻も真っ赤な状態ではある。

 まぁなんにせよ、この暑くも寒くもなく程よい気温になってきたこのお昼下がりの時間帯は、どこかゆっくり散歩したり昼寝したりしたいものである。一年前の僕だったら確実にしてただろう。え?なんで一年前かって?それは...


「おいっ!お前いつまでサボってんだ!!」

「待ってくださいよ課長、まだ僕の昼休みは5分残ってますよ?」

「お前の目は節穴か?もう5分過ぎてるだろうが!」

 あれ?おかしいな僕の腕時計は確かに12時55分を示してるんだけどな。そう思い、ふとスマートフォンの画面で確認すると、待ち受け画面は非情にも13時05分を映していた。休憩室のドアの小窓から先輩の憎たらしいとびっきりの笑顔が見える。あの女、やりやがったな?

 そう察した僕は、なんとか抵抗を試みる。

「見てください課長!先輩のあの笑顔!あの人がやったんです!!」

 僕が指さした方向に、課長が目を向ける。が、先輩は真顔で自分のパソコンをカタカタたたき始めている。

 課長は視線を戻し、僕に一喝をして来ようとする。が、僕の狙いはそうじゃない。先輩が素知らぬ振りをするなんてこの一年間痛いほどわかってきた。

「では、外回り行ってきます!!」

 休憩室を勢いよく飛び出した僕に、課長は驚き声も出ない。意識を取り戻した頃には僕は既にオフィスを出ていた。


 危なかったぁ~、また小一時間お説教食らうとこだった。この一年間で得たスキルの一つである。秘儀目逸らし。こういうスキルを積み重ねて人間は成長するんだな。とひしひしと感じていると、スマートフォンのバイブレーションが鳴る。待ち受け画面を見ると今回の事件の犯人から、

「帰ってきたら説教のフルコースだってさ(笑)どんまい(笑)」

 と、メッセージが飛んできた。僕は慌てて返す。

「ちょっと待ってくださいよ!そもそも先輩が僕の腕時計いじったんでしょ!なんとか火を消しといてくださいよ!!」

 すると、数分後、

「火消し失敗☆ むしろ炎上!キャンプファイヤーみたい!!」

 とだけ返ってきた。いやいやまさかな。たかが数分でそんなこと起こるはずない。冗談だろ。と思っていると、すぐに。写真が添付されて送られてきた。写真は、昨日作った見覚えのある資料と一言、

「忘れちゃだめだぞ☆ 報告しといたぞ☆」

 ちょっと待て!?鞄の中を慌てて確認すると、やられた。資料だけなくなってる。これじゃあ会社に戻らざるをえないじゃないか。


 来た道を戻って、胸の前で十字を切って、特に信じてはいない神にここぞとばかりにお願いをして扉を開けると、すごい剣幕の課長が僕の前に立ちはだかった。覚悟を決めると、

「言いたいことは山ほどあるが、早く資料持ってお客様のところいってこい!」

とだけ、言われて資料を渡された。なんだ。怒りを通り越した新たな次元に行ったのか?むしろ怖いぞ?と怪訝そうな顔を浮かべた僕を察したのか、課長は続けて、

「気にすんな。戻ってきたら会議室を2時間取ってあるからな!」

と、にっこり笑顔を浮かべている。おいおい、いつもの倍じゃねーか。そして、意外な言葉を放った。

「今だけはアイツの顔に免じて許してやるがな!早く行ってこい!」

え?課長がアイツっていったらもう先輩以外呼ぶ人いないんだけど、嘘だろ。もうなにがなんだかさっぱりである。

「しっかり感謝しろよ?お前の作った資料をアイツが残業して直してやった結果、返しそびれたとのことだ。」

 僕は驚き、感激した。こんなにいい一面を持ってるなんて!

「そもそもな、お前が…」

「あ、課長、遅れちゃうんで!いってきます!先輩ありがとうございました!!」

 話を遮って、僕は外に出る。まずいこのまま聞いてるとまた小一時間始まっちゃう。

 

 いや、それにしても感動したな。僕に嫌がらせの如く色々仕掛けてくる先輩も、こんなにいい一面があったとは!今回の営業はしっかり決めてこないとな。

 僕は満面の笑みで、お客様先に着く。受付で社名と名前を名乗り、いつもの通り応接間に通されて、厳格な雰囲気に圧倒される。きっと座り心地がいいのであろう皮のソファーも寛げるような精神は僕にはまだ持ち合わせてないし、飾ってある大きい印象派かなにかの絵も僕にはまだ価値がわからない。でも、いつもよりすごく出来る気がしてならなかった。人って気持ち一つでこんな変われるんだ。と実感した瞬間でもある。

 数分後、社長と部長が来る。僕が何度も通ってやっと会えるようになった人たちだ。今日は僕の方に余裕があるせいか、いつもより和やかに話が進む。よし、この流れならいけるぞ!

「社長!当社の新製品是非ご検討ください!」

 僕は自信満々で資料を出す。

「お、君がそんなに自信を持って勧めてくれるなんて珍しい。どれ見てみようか。」

 初めて、社長から食いついてくれた。いつもは、検討しておくよ。なんて言って資料を全然見ようともしてくれなかったのに。これはイケるんじゃないか?

 ただ、社長の顔がページを捲るたびに、変わってくる。どちらかというと、今にも吹き出しそうなくらいに。

 そして、時は来た。社長は、腹を抱えて豪快に笑いだした。それには、隣に座っていた部長も驚いている。僕はまだ事態が掴めていなかった。

 そして一言、社長は詰まり詰まり言った。

「君のとこは、魚肉ソーセージを販売し始めたのかい?」

 なにを言ってるのだ、この社長は。うちの会社は、断じて食肉加工会社ではない。むしろ食品関係とは無縁の業種なはずだが。おそるおそる資料を見ると、一ページ捲った先に書いてあったタイトルは、

「必見!108の魚肉ソーセージ活用法!」

とポップ体で書いてあった。

「あの、くそやろーーーーーーーーーーー!!!!!」


 そう、この話は、僕と先輩の日常を少し切り取った話。


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