9 マメに出てくる豆スープ
五つ星スイートの生活が3日ほど続いた。
俺は毎日床石と親睦を深めている。
本当の時間は短いながらも、もはや幼き日々を共に過ごした竹馬の友のようだ。
しかしそれだけでは無い。
このホテルのイチオシはなんと言っても飯だ。
厳選された素材を生かし、シンプルながら印象深いものとなっている。
では紹介しよう。
まずは豆スープだ。
この豆スープを一口に表現すると、ビーンズ・イン・ホットウオーター。
お湯に豆が入っているだけなんだ。
信じられるかい?
余計な雑味を全て排除し、お湯という限りなくシンプルなものに豆を入れて、素材をじっくりと味わうんだ。
俺はこんなに豆単体の味を口の中で感じ取ったことは無い。
これが至高の五つ星料理ということなのだろうか?
さらに隣にあるパン。
主張しすぎない大きさで、触った感触は堅いスポンジ。
これをかじるとなんと、口の中の水分を全て持って行かれる勢いだ。
いったいどういう作り方をしたら、この至高のパンが出来上がるというのか?
俺はこの世界の技術力を舐めていた。
てっきり剣と魔法の世界だと思っていたが、パンすらこの破壊力だ。
しかし俺は気が付いた。
このパンはビーンズ・イン・ホットウオーターとセット、二つで一つなのだ。
ホットウオーターを口に含んでからパンをかじる。
食べられる、食べられるそ。
ははは、見たか、俺は勝った!
五つ星に勝ったのだ。
そして俺は排便用と思われる桶に用を足した。
室内に匂いが籠もる。
換気が少々悪いようだ。
ボーイに苦情を言いたいところだが、如何せん言葉が通じない。
適当なタイミングでやってくる桶の交換タイミングまで待つしか無いのだ。
ちなみに五つ星ホテルの先住民達に話しかけようとすると、ボーイに怒られてしまう。
なのでどんな人達がここで暮らしているのかさっぱり分からない。
どうやらこのホテルはガヤつくことを由としないらしい。
さすが五つ星。
まあ、話しかけても言葉が通じないんだけどな。
俺は飲み残した皿の中のホットウオーターを見つめる。
いや、ホットというのは語弊がある。
既に部屋の温度と同化したただの水だ。
ふとあの不思議な石に付いていた模様を思い出す。
俺はテレキネシスで水にあの模様を浮かび上がらせる。
模様、いや紋様と言った方がいいのかもしれない。
紋様は完全に暗記している。
しかし幾何学的に考えて、おかしい部分があの石にはあった。
それを修正した上で投影を行ってみる。
すると不思議なことが起こった。
換気の悪い室内に風を感じる。
そしてカタカタと揺れ出す皿。
俺は皿には力をかけていない。
音を聞きつけてボーイがやってきた。
そして鉄格子の外から皿を見つめる。
見るなら有料ですよ、お客さん。
お捻りをいただこうか?
ボーイの顔が青ざめている。
俺は気にせず力を維持する。
どうせ暇なのだ。
しばらくすると皿のカタカタする周期がどんどん短く、そして激しくなってくる。
何故かボーイが剣に手をかけている。
一緒に何か芸でも披露したくなったのだろうか?
しかし鉄格子を挟んではやりにくかろう。
俺はそう思った。