52 俺達の恥ずかしい冒険は恥増ったばかりだ!
「どうぞ。」
イリンが俺に水の入ったカップを差し出してくる。
「ああ、悪いな。」
俺はそれを受け取るとゴクゴクと飲んだ。
働いた後の一杯は格別だ。
イリンは俺が水を飲むのを見届けると、他の兵士にも水を配り始める。
彼女はいつの間にか雑用を引き受けているようだ。
今回の戦闘では特に被害は出なかった。
いや、正確に言うと一部被害が出ている。
大弓の扱いに失敗して耳や指を吹き飛ばしてしまった者が幾人か出ているようだ。
魔法で筋力が上がったとはいえ、技量を無視して力押ししたのだ。
弦を離したときに指が引っかかったり、耳を挟んだりしてしまったのだ。
恐るべし弦のパワー。
俺は疲労回復の疑似魔術回路を自分に展開した。
念のため、ある程度のテレキネシスの使用に耐えうる程度には回復しておく必要がある。
突然大軍を率いて敵が戻ってくるとも限らないからだ。
ただし砦に含まれる魔力が戻るまでどの程度かかるか未知数だ。
出来ればこのまま戻ってこないことを祈るばかりだ。
「お疲れ様です、ギスケ。」
エスフェリアだ。
後ろにはアグレスが控えている。
「よく来られたな。
引き留められなかったのか?」
最重要人物であるエスフェリアは、砦の奥の一番安全な場所に隔離されていたのだ。
「ギスケのそばにいる方が安全だという話を懇々としたら、ようやく納得してくれました。」
エスフェリアの周りには、騎士達が護衛に付いている。
もともと死兵となっている騎兵部隊なので、護衛でもしていないと給料泥棒となってしまうだろう。
「たまたま大弓があったから勝てたが、無かったらどうなっていたことやら。」
実際、あれが無かったら砦は落とされていた可能性が高い。
「たまたまではありませんよ。」
エスフェリアがにっこりと微笑む。
「まさかとは思うが、ここにアレを運び込ませたのは?」
「武器の置き場所に困っていた方がいるようでしたので、良い保管場所を紹介しただけです。」
もしかして以前にエスフェリアが書いていた書状がそれなのか?
「大弓が無いパターンだとどうなるんだ?」
俺はエスフェリアに聞いた。
「犠牲は出ますが、ギスケの機転で勝利しますよ。
今回はできる限りの最善を目指しています。」
あの状況でどんな機転を働かせたのか、全く想像できないんだが。
どれだけ優秀なんだよ、死に戻り前の俺。
「少々、以前の周回と敵の動きが異なってしまってはいますが、恐らくこの後に砦が攻められることは無いはずです。
この後は実質的に別の戦いが待っています。」
「別の戦い?」
「第二皇子派との権力争いです。
そして周辺諸国からの介入を退けなければなりません。」
「魔王との戦いはどうなるんだ?」
「この後、魔王アストレイアは魔領に引き返します。
理由は明確ではありません。
いくつかの推測の中で一番可能性が高いのは、出産の為という理由です。」
「出産?」
「魔王種は子供を産むために、大量の人間の魂を必要とするそうです。」
「今回攻めてきたのはそれが理由なのか?」
「確実なことは言えませんが、その可能性が高いのです。」
子供を産むのに人間を大量にぶっ殺さなければならないって、魔王種ってのはとんでもない種族だ。
こうして俺はエスフェリアの策略に乗せられ、ずるずると深みにはまっていくことになる。
魔族との戦いをするのかと思ったら、次の相手は人間だという。
このときの俺は知る術が無かったが、今度は隣接世界からこの世界を滅ぼそうとする敵と戦うことになる。
そして神の世界というところからも、人間を奴隷にするために敵がやってくるのだ。
さらに俺が元の世界に置いてきた演算ライブラリGISUKEの巻き起こした騒動で、ますます厄介なことになるのだった。
混沌とした戦いの日々は、まだ始まってもいなかった。
一章終了です。
今回は色々と書き方に失敗しました。
反省を生かすために、いったん別作品の執筆を試したいと思います。
ということで別作品が書き終わるまで、長期休載となります。




