38 非通知にしたい悲痛な行動
「見覚えのある場所へ来たな。
ここに泊まったのが、ずいぶん前のことに思えるぜ。」
俺がそう言うと、中年貴族が兵士に目配せする。
「どうかお静かにお願いいたします。」
中年貴族が言った。
兵士が剣を抜き、その刃をエスフェリアに向けている。
どうやら『ショウタイヲアラワシタ』ようだ。
その状況を見て、エスフェリアは苦笑している。
彼女にとってこの状況は何回目なんだろうな?
そして兵士の一人が手錠のような拘束具を俺に見せる。
「魔力を封じる枷です。
君がこれを付ければ、我々が殿下を害することは無いと誓いましょう。」
中年貴族が言う。
「なるほど。
自分の手は汚さず、魔族を利用するつもりだな。」
「・・・。
我々は今ここで殿下を傷つけたくは無いのですよ。」
俺は黙って両手を前に出した。
警戒しつつ枷を俺に嵌める兵士。
魔族の襲撃者相手に戦った俺をかなり警戒しているようだ。
俺も苦笑した。
魔力を封じる枷?
魔力が無い俺に何の意味があるんだろう?
俺もエスフェリアも状況に淡々と従う。
中年貴族は俺たちの様子に、不安な表情を見せる。
「コノ、ウラギリモノメ。
ゼッタイニユルサナイ、オボエテイロヨ。」
可哀想なので、俺は棒読み加減でこの場にふさわしい台詞を言ってみた。
エスフェリアが吹き出す。
よし、ウケた!
「状況が分かっているのですか?」
俺たちの様子に、中年貴族がたまらずに吐き出す。
「十分、分かっている。
大丈夫、気にするな。
さあ、久々にスイートルームへの凱旋だ。
場所は前に俺が使っていた所かな?」
兵士に囲まれて地下への階段を降りる。
すると懐かしい顔があった。
五つ星ホテルのボーイだ。
「よお、久しぶり。」
俺はボーイに声をかけた。
ボーイは俺を見て気まずそうな顔をする。
いや、俺では無くエスフェリアの方を見てのようだ。
そして懐かしのスイートルームに放り込まれる俺とエスフェリア。
女の子とホテルの一室で過ごすのは、ドキドキのシチュエーションだろう。
「それでは我々は失礼します。
これも私の仕事なのです。
悪く思わないでください。」
中年貴族が言う。
表情を見る限り、よくある悪役の社交辞令では無いようだ。
苦渋の選択をしたような、悲壮感が漂っている。
「ああ、あんたの無事を祈っているよ。
もし命があったら、バリアムード公爵によろしく言っておいてくれ。」
「?!」
驚きの表情をする中年貴族。
「そうだ、一応名前を聞いておこうか?」
「ブラメント子爵を申します。」
ブラメント子爵は一礼すると、この場から去って行った。
さて、彼は魔王の進軍から身を守ることは出来るのだろうか?
ふと俺は妙な気配を感じてエスフェリアの方へ振り返る。
何故かエスフェリアはニコニコしている。
「二人っきりですね。」
そのセリフに、俺は一瞬ここがどこだか分からなくなった。
俺は思った。
とりあえず次に行こうか。




