32 頼まない谷間
次の日、俺はサイアグの元で力の詳細を説明することになった。
サイアグは俺の説明を比較的あっさり理解した。
そして、逆に俺に対して魔法の応用方法についてレクチャーしてきたのだ。
当初想像していた人物とは違い、柔軟で有能だ。
「これだけ理解が早いなら、オルドウルの研究が有用なのも分かるはずだ。
なぜ、左遷したんだ?」
「オルドウルか。
おぬしの言うとおり、有用な研究だ。
だからこそ、安全な場所へ行ってもらったのだ。
それにあの場所には、奴に有用なものが色々とあるのでな。」
サイアグは魔王が攻めてくるのを知っている。
だったら・・・。
「分かっているのなら、国を挙げて逃げる算段を考えるべきじゃないのか?」
俺は思っていたことをぶつけた。
「宮廷魔術師としての責任があってな。
戦わず首都を明け渡すなど、帝国の威信に関わる。
しがらみの無き者には下らぬことだろうがな。
おぬしは殿下をお守りすることを最優先にすれば良い。」
サイアグは俺の行動の自由を保障してくれた。
おかげで宮殿内でかなりの範囲が自由に行動できるようになった。
俺はエスフェリアと話をするため移動する。
今まではアグレスに迎えに来てもらう必要があったのだ。
歩いていると向かいから二十歳前後の魔術師の二人組がやってくる。
俺を見た瞬間、ざっと壁に張り付く。
道を空けたつもりだろうか?
廊下は広いので、そんなに避けなくてもいいと思うのだが。
俺が通り過ぎた後、後ろから声が聞こえてきた。
「あれがギスケ・・・。
魔族の襲撃を予期して、サイアグ様と一網打尽にする計画を実行したんだってな。
とんでもない魔法の使い手らしい。」
この前、現場にはいなかった魔術師か。
この前の件は、サイアグと俺の共同作戦ということになっているようだ。
まあ、その方が余計な詮索を招かず無難だろう。
「どうやらエスフェリア殿下にも気に入られていて、昨日の件で叙勲を受けるらしいぞ。
その後、殿下直属の近衛隊に入るらしい。」
叙勲?近衛隊?
キイテナイヨ。
俺はエスフェリアの部屋を訪ねる。
「おい、色々と説明してもらいたいことが・・・ぐはぁ。」
俺が部屋に入るなり、エスフェリアが抱きついてきた。
「おい、何のつもりだ?」
「一応お礼のつもりなのですが、足りませんか?
それなら・・・。」
「待て、礼はいらない。
それよりも話を・・・ぐふ。」
今度は俺の顔がまな板に激突する。
これはエスフェリアの胸か?
骨と皮の感触しかないぞ。
「真っ平らはいらん。
だから話を・・・もふぉ。」
今度はふっくらしていた。
「アグレスの方が好みなの?」
エスフェリアが言う。
どうやら、俺の顔はアグレスの谷間を旅しているらしい。
「だ~か~ら~、話をさせろ!」
俺はアグレスの谷間から脱出して叫んだ。
話が進まない。
とにかく色々と聞きたいことがあるんだ。