18 むしり取りそうな虫
俺とイリンは今日も資料と格闘する。
そしてしばらくすると、ついにエルシアがやってきた。
「どう?」
ざっくりとエルシアが聞いてきた。
「どう?」ってざっくり過ぎだろ。
「宿代を払う程度には成果は出てるよ。
はい、これ。」
俺は魔術回路を属性ごとに数式化した紙を渡した。
「何これ?」
チラッと見たようだが、全くなんだか分からないという顔だった。
「魔術回路の基本式だ。
この数式をなぞるように魔術回路を構成すれば、魔法を最適化できる。」
エルシアは数式を見つめる。
「どう唱えるの?」
俺はずっこけた。
まあ、そうだろうなとは思ったけどさ。
俺は内容の解説を入れようと、エルシアに声をかけようとした。
その時、大きな音を立てて資料室の扉が開いた。
俺は扉の方向を向いた。
そこには懐かしい顔があった。
ゴキディンだ。
「よおゴキディン、あの時は世話になったな。」
俺はゴキディンに声をかけた。
俺はゴキブリにもきちんと挨拶する男だからな。
「何だこのガキは?
ああ、この前の。
エルシア、いったいどういうことだ?」
ゴキディンは俺を無視してエルシアに話しかける。
「ゴルディン、この子は魔法の才能がありそうだから、私の方で身柄を預かったのよ。
サイアグ様からのお許しもいただいているわ。」
エルシアがゴキディンに言った。
「ふん、物好きなことを。
魔法の才能があるって?
そのガキからは、才能どころか一片の魔力すら感じないぞ。」
吐き捨てるように言うゴキディン。
しかし突然表情が平静に戻る。
「まあいい。
お前は好きなように遊んでいろ。
私が仕切ればいいだけだからな、がははは。」
がはははって笑うゴキブリを初めて見たぜ。
人間にもいないだろ、そんな奴。
ゴキディンは資料室からいくつかの資料を引き出す。
そしてイリンと目が合う。
「イリン、聖騎士長のためにも付き合う人間は選んだ方がいいぞ。」
ゴキディンはそう言うと、イリンの返事を待たずに部屋を出て行った。
今までは言葉が分からなかった。
そして理解できるようになってからのゴキディンはアレだった。
あまりの品格の高さに、俺は度肝を抜かれたのだ。
「凄えな、ゴキディン。」
俺は感想を呟く。
「あの男は小物よ。
次期宮廷魔術師を狙ってはいるけど、私に比べれば才能なんて無いに等しいわ。
得意なのは小細工だけ。
この前の聖石の盗難だって、奴の差し金よ。
それを私の責任にして。」
悔しそうに言うエルシア。
「ますます凄えな、ゴキディン。
証拠とかは見つからなかったのか?」
「そういうのを隠すのが得意なのよ。
今までどれだけライバルを蹴落としてきたのか、数えたくないわ。」
駆除剤を噴射したいな、それ。
「まあ、ゴキディンはどうでもいいや。
それよりも、魔術回路に関して、いくつか検証したいことがあるんだが。」
実際ゴキディンなどどうでもいい。
俺はエルシアに実験の協力を頼んだ。
なんだか立場が逆転しているような気がするが、細かいことを気にしてもはじまらない。




