17 サバンナに行ってみたくなるサヴァン症候群
イリンは身長は128センチ、やせ形だ。
瞳はサファイア。
黒髪で長さは肩にギリギリかかる程度。
そして体を鍛えていると言っているだけあって、小柄なのに合計20キロを超える本をよろけること無く平気で運ぶ。
この国では10歳は学校に通っている年齢のようだ。
しかし彼女は父親の近くで暮らしたいと、宮殿の一角に住む場所をもらっている。
そしてイリンは学校に通っても意味が無いだろう。
凄まじく頭が良い。
この世界の学力水準がどの程度のものかは知らないが、魔法だけで無く文学や歴史、政治にも詳しい。
俺が疑問に思ったことを聞くと、すぐに答えが返ってくる。
数学に関しては少々弱いが、俺がちょっと教えると、あっという間に吸収した。
彼女自身が弱いと言うより、図書館の本から察する限り、この国の数学の内容が俺の世界より圧倒的に劣っているようだ。
科学などに関しても絶望的に遅れている。
その代わりに魔法が使われているのだろう。
俺がイリンに魔法と数学の関連性を確認すると、キョトンとした顔をしていた。
聞いたことも無いという顔だ。
魔法に関してはエルシアの方が専門家だろうから、後で確認してみよう。
もし魔術回路を数学的に捉えていないとすると、この世界の魔術師は揃って能無しということになる。
俺は一通りの実験資料から、いくつかの仮設を立てていた。
そして紙に数式を書き上げていく。
俺が式に積分を書いていると、イリンがそれは何か聞いてきた。
おれはイリンに積分の計算方法を教えた。
ついでに周期表を書き出して渡す。
この世界にはそんな物は無いらしい。
もちろん俺は周期表なんて無くても、それをリアルタイムに計算出来るから必要ない。
円周率?
時間さえもらえれば、永遠に言い続けられるぜ。
ついでに俺は一つ式を書いてイリンに見せる。
そこに数を入れて、出た座標を線で結ぶように指示する。
イリンは賢明に計算し、それを結んでいく。
それが花の形になった。
イリンが驚いた顔をする。
そして満面の笑顔になる。
今まであまり表情を変えない子だったのが、ようやく笑った顔が見られた。
「凄い!」
魔法でも見たかのような驚きようだ。
この世界の住人は魔法じゃ驚かないだろうけどな。
「モノの形を数式化する特技だ。
いくつか書いておくから、後でやって見ろ。」
俺は式を書いてイリンに渡す。
嬉しそうにそれを受け取るイリン。
向こうの世界での話だが、クラスの女にそれをやったらキモチワルイって言われたぜ。
まったく素直じゃ無いよな。
通っていた中学の担任が、俺がサヴァン症候群じゃないかと言いだしたことがあった。
親が心配して検査を受けたが、結果は白。
数学の出来が良くて、ただ単に性格が悪いだけと結論づけられた。
余計なお世話だ。
俺は空気が読めないんじゃ無い、読まないんだ。
今日の作業はここまでだ。
俺はあてがわれた部屋で一人食事をとる。
飯を運んできた使用人に話しかけようとしたが、俺とは話さないように命令されているらしく駄目だった。
生活に不足がある場合はボーイを通して欲しいらしい。
現在、俺に付いている剣を装備したボーイは、部屋の外に待機する形になっている。
トイレにも付いてくる。
御用聞きとして、立派に働いているようだ。
しかし俺が王宮を探検しようとすると邪魔するのが難点だ。
結局この日、エルシアは姿を見せなかった。
寝る前、俺はあの豆スープの味をふと思い出した。
スイートルームにいた先輩達はまだあそこにいるのかな?