12 無視されていた虫の息
本日、二話目です。
俺は水の中に指を入れ、かき混ぜる。
テレキネシスの発動条件は一度対象に触れることだ。
そして俺は力を行使し、紋様を皿の中の水に描き上げた。
しかししばらく時間が経ったものの、スイートルームの時のような急激な変化は無かった。
ほんの少しだけ、部屋の中に風が起こったような、そうでないような、微妙な変化だった。
それを見たミルクティーは、落胆・・・は、していなかった。
突然俺から皿を取り上げ、色々な角度から観察していた。
俺の制御を離れた水は力を失い、紋様が消える。
ただの水が入った皿にミルクティーは手をかざし、そして目を瞑った。
一人で何かを納得し、うんうん頷いている。
その顔は紅潮し、興奮しているらしい。
珍しい性癖を持った変態だろうか?
そしてミルクティーは俺に何か言ってくる。
自分を指さしてエルシアと言っているようだ。
なるほど、ミルクティーはエルシアと言うらしい。
そして部屋を出て行った。
俺は一応名前を名乗ろうと思っていたのだが、そんな暇も無く消えていった。
せっかちな女だ。
その日から俺の生活が一変する。
大人しそうな女がやってきて、俺に言葉を教え始めた。
女の名前はイリン。
年齢は俺より少し年下、10歳ぐらいだろう。
俺に言葉を教えるのはいいが、もう少し人選は無かったのだろうか?
その他、俺の部屋には必ず剣を腰に下げたボーイが一人待機している。
日替わりで交代するようだ。
だから女の子と部屋で二人っきりというわけでは無い。
別に邪な考えは無いから、誤解はしないでもらおう。
ちなみにこの部屋は、ビジネスホテルをゆったりさせた感じの場所だ。
飯も五つ星には敵わないが、俺の腹に栄養を蓄えるには十分なものだった。
そして俺は3日とかからずに、この世界の言葉をおおよそ理解できるようになった。
主要な常用句の組み合わせなど、大した数では無い。
知らない形容詞や、なんだか分からない固有名詞は、実はそれほど重要では無い。
そして俺の会話が可能になると、再びミルクティー・・・じゃない、エルシアがやってきた。
エルシアは最初に俺の名前を聞いた。
「俺の名前はケイスケ。
ケ・イ・ス・ケだ。」
俺は名前を間違えられないように、丁寧に発音した。
「そう、ケイスケね。
私の名前はエルシア。
よろしく。」
よし。
なんだか名前を間違えられそうな予感がしていたんだが、事なきを得た。
「石は返したはずだが、これ以上俺に何の用だ?」
俺は用件を聞いた。
「あなたを捕まえたのは、ゴルディンという男よ。
私と一緒にいた魔術師。
私は話を聞くだけで良かったのに。
口を割らせると言って、兵士に暴行を命じたのも彼よ。」
あのゴキブリか。
よし、ゴキディンと呼ぼう。
「その件はもういい。
だが石を返した後も、あそこに戻されたけど?」
「ごめんなさい。
聖石のことで頭がいっぱいで、あなたのことをすっかり忘れてたの。
盗まれて大変なことになってたから。」
ヒデェ。
お前も相当だぞ。
「その後、あなたが妙な魔法を使ったと報告を受けたわ。
でも私が地下牢に到着した時にはあなたは出血多量で虫の息。
ビックリしたわよ。」
おい!
「ビックリしたのはこっちだ。」
俺は苦情を言う。
「でもちゃんと回復魔法をかけて生きてるでしょ?
私は命の恩人よ。」
不貞不貞しく言うエルシア。
「ぜんぜん恩を感じないんだがな。」
「それよりあなたのアレは何?
あなたから魔力を一切感じない。
道端の小石にだってもう少し魔力が含まれてるわよ。
あなたのそれ自体が異常な上に、さっきの力。
どうやってあんな濃い魔力を皿の中に集めたの?」
どうやら俺は魔力を収集していたらしい。
さて、何がどうなっているんだか。