再会:前編
「おはよー」
教室のドアを勢いよく開けながらいつもと同じように挨拶をする。
皆は朔の姿を確認すると、個々に返事を返した。
それに安心しつつ、自分の机にエナメルバッグを無造作に置く。
窓際の後ろから二番目の席。あまり先生に当てられる事もなく、眠っていても注意される事は殆んど無いため、朔のお気に入りだった。
朔が腰を下ろすのと同時に茜が朔の机へとやってくる。
「おはよ」
朔は自分の怪訝そうな顔を見せないように平常心を保ちながらぎこちなくそう言った。
しかしその言葉を無視して茜は興奮した様子で話しかける。
「昨日の帰りに、ビックリする事があったんだけど」
「へぇ、どんな事?」
内心舌打ちをしながら機嫌を損ねないよう相槌を打つ。
興奮状態の茜の口から発せられる言葉は大抵『従兄弟が有名なアノヒトのライヴツアーに行った』とか『友達がナンパされた』というどうでもいい自慢話だ(しかも自慢話になり得ていない)。
「あの最近話題になってる芸能人いるじゃん? ――といっても朔は疎いから知らないよね。あのね、その人の妹サンが昨日、あたしの家の近くのカフェでお茶飲んでたんだって! ヤバくない?」
朔を小馬鹿にしながら自分の自慢話をノンブレスで一気に言いのける。
朔は慣れたように、けれど溜め息をつきながら
「そうなんだぁ」
と返した。
何がヤバいんだかちっとも理解できなかったが。
「それで、本題なんだけど――今日英語当たっちゃうからノート貸してくれない?」
お願い、と顔の前で両手を合わせてすまなそうに頼む。強面の茜とそのポーズは素晴らしく似合わない、と朔は思った。
「うん、いいよ」
バッグから英語のノートを取り出すと、それを茜に手渡す。
「さんきゅー」
茜が最後まで御礼を言い終わらないうちに自分の席に戻っていってしまった。その後ろ姿を見届けて背もたれに寄りかかる。
朝から疲れを感じながら昨日の屋上の出来事を回想した。
一回思い出すと、彼女の存在が気になってしまい、結局朔はまともに授業を聞くことなく昼休みに入った。
「お昼食べよ」
茜が断りもしないで前の席にどかっと座った。
「あれ? 祐希はどうしたの?」
「あぁ、今日休みだよー。だから朔に借りたんじゃん。祐希がいたら絶対祐希に借りるしぃ」
皮肉を言いつつシニカルに笑う茜に嫌気が指す。
「――あたし、ちょっと用あるから一人で食べててね」
“一人”という語を僅かに強調しながら笑顔でそう返す朔。
茜が一気に不機嫌そうな顔つきになった。
「外せない用?」
「うん。部活の先生に呼ばれちゃってさ」
咄嗟に嘘をつく。茜は暫く朔を舐め回すように見ていたが、溜め息をつくと
「じゃあ、あたしは里佳達と食べてるから」
と言ってすごすごと引き下がった。
朔は弁当を持つと、宛てもなく教室を出た。
初めて茜に反抗した気がして嬉しさはあった。
けれどその気持ちの前にやはりあの少女が気になってしまい、無意識的に再びあの屋上へと来ていた。
破れかかった紙も、錆付いた蝶番も昨日のままだ。
朔はゆっくりとドアノブを回し、解放された空間に足を踏み入れた。