表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LOVE GAME  作者: Eleanor
1/1

1話

2000年8月7日、日本の某田舎町で、当時5歳だった1人の男の子が誘拐された。両親はおらず、祖父と祖母との3人暮らし。保育園には行かせてもらえなかったが、平和な生活を送っていた。

 忽然、という言葉以外に当てはまらない。本当に忽然といなくなっていた。祖父は近所へお散歩、祖母は夕飯の買い出しに出かけたその間に、何者かによって男の子は連れ去られた。

 あれから15年。男の子は帰って来ない。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アメリカ、コロラド州にある警備最高レベルのAHX刑務所に、1人の白人、メリンダ・マッコードが訪ねて来ていた。もう若くはないであろうその顔には真っ赤な口紅、手入れの行き届いているブルネットのロングヘア、グッチのスーツ、足元はルブタン。指にはこれまたでっかいルビー。全身をくまなくチェックされ、中へ通される。エレベーターに乗り、最上階で降りれば、そこは刑務所の最高責任者のオフィスだ。


「忙しいって言ったはずだけど。なあに、話って。」

「いいモノが入ったら、どこよりも先に取引させてくれといつも頼んでるのは君じゃないか。」


 スコッチ片手に、2万ドルは超えるであろうB&Bのソファーに寝っ転がりゲームをしている、このだらしない日系人の若造こそが、ここの最高責任者であるマックス・ウィリアムズである。ハーバードを2年間で卒業した秀才であり、アイドルのような愛くるしい顔立ちと高い身長が好印象の青年だが、その中身は冷酷で残虐極まりない人でなしであることを、メリンダはよく知っている。

 

「それで?どんな素晴らしいものが手に入ったのかしら。・・・ねえいい加減ゲームやめて起きて。スーツが皺になるわよ。」

「話より先に対価をもらおうか。」

 彼女は自身の指にはめているルビーの指輪を開け、中の小包を取り出し、未だ起き上がろうとしないガキにそれを投げ渡す。

「20グラム。末端価格5,000万よ。それで、話って?」

「LSDか。まあ悪くない。昨日、コロンビアから護送されてきた囚人なんだが、お前好みな奴だと思ってな。」

「というと?」

「フジ・ダニエル・アバーエフ、20歳。プロの殺し屋だよ。南米を中心に活動していたんだが、これがなかなかのツワモノでね。5年かかってやっと逮捕出来たんだ。」


 やっとゲームが終わったのか、ソファーから立ち上がった。追加のスコッチをボトルから注ごうとするが、すでにボトルは空で、彼の眉間に皺がよる。


「生まれは日本。5歳までそこで育つが、それ以降消息が途絶えた。保護者が捜索願を出すも見つからず、死んだと思われていたんだが、5年前、何故か南米コロンビアで同姓同名の少年が補導された。当時15歳。消息を絶ったのはその10年前。」

「人身売買?」

「住んでいた場所的にそれはないな。それに検査の結果、体にどこも問題はなかった。性的暴行の痕もなかったし。」

「ねえマックス。どこが私好みなのかしら?」


棚を漁り、酒を探すが見つからず、代わりに出てきたのはレイズのチップス、ライム味だった。

「そう急かすな。今までは前菜。メインはこれからだ。・・・、チップス食うか?」

「いらない。で、どこが私好みなの?」


「狙撃の腕前、だよ。・・・あのシモヘイヘを超える。」

「・・・・・・本当に?」

「それだけじゃない。彼は体術にも優れていて、身の回りのどんな物でも武器にする。俺ならポテチ1枚すら奴に渡したくないね。・・・ライム味はなかなかイケるな。」

「確かに興味はあるわ。それで、彼いまどこにいるの?」

チップスをマックスから取り上げる。

「ここからがデザートだ。百聞は一見に如かず。直接会ってこい。」


そう言うと彼は、自分のIDカードをメリンダに渡した。

「ずいぶん豪勢なデザートだこと。・・・・・・胡散臭い笑顔。あなたもこんな顔するのね。」

「この写真、なかなかイケてるだろ? この笑顔で落ちない女はいない。」

「なぜそう思うの?世界中の女を片っぱしから口説きでもした?」

「いいや。ハーバード時代に顔の作りを細部まで研究して編み出した。」

「あなたヒマだったのね。」

「教授は褒めてくれたぞ。」

「私はこんなので落ちたりしない。」

「そこが問題だ。」

「・・・・・行くわね。」

「ああ。」

「あ、それと。」

「ん?」

「チップスとお酒ばかりだと、そのうち”ベイ”マックスになるわよ。」

「お前っっ!」

「じゃあね。さよなら。」


 エレベーターで地下2階まで降りると、一面ホワイトの世界が広がる。壁、自動ドア、床、天井すべてが白だ。

メリンダは目がチカチカするここが苦手であった。ヒールの音が響く。廊下を突き進むと、一番奥のドアの前にたどり着き、先ほどマックスから拝借したIDカードをスキャンする。重苦しい鉄のドアがスライドし中に入ると、数人のドクターと取調官がいた。


「彼がダニエルなんちゃら?」

「フジ・ダニエル・アバーエフです。」

マジックミラー越しに確認できる、首の鎖と足枷、手錠。椅子が動かせないよう地面に固定されており、更に腰も椅子に縛られている。覆面されていて、その顔つきは確認できない。上半身は裸で、胸には心拍計が付けられていた。

「あれは何?今から尋問でもするの?」

「はい。必要ないと私たちは判断したのですが、ウィリアムズ所長が聞き出したいことがあると。」

「聞き出したいこと?」

「空白の10年間のことです。」

「そう。彼、国籍は日本で合ってる?」

「彼は無国籍者です。」

「都合がいいわね。足跡がつかない。」

「気を付けて。かなり高度な訓練を受けています。」

「あの様子じゃ自分を殴るのも無理よ。入るわね。」

「会話は全て記録されます。ご了承を。」

「了解。」


ドアを引き中へ入ると、今しがたの機械音や取調官の話し声がなくなり、怖いくらいの静けさに包まれる。

後ろに周り、覆面をとり顔を拝見する。


「・・・・・・。子供?」

「その言葉は聞き飽きたね。」

「その頑丈な体に乗っかってる顔とは思えない。驚いたわ。すごい童顔ね。」

 そういうと彼は、つり気味のブルーの瞳でメリンダを探りはじめる。

「何か気になるところでも?」

「別に。ババアのする格好じゃないと思っただけだ。」

「坊や、口には気をつけた方がいいわよ。」

「で、何の用だ。”クリスティーナ” ルブタンさん。」

 彼は頭を傾け、メリンダの足元を覗く。


「目ざといのね。この靴が分かるなんて、女にねだられた経験でもあるのかしら?」

「知識不足と気の迷いは弾切れより危険だ。・・・、どういうつもりだ。そんな動きにくい格好。」

「敵を侮るのは弾切れより危険よ坊や。逆に考えてみたらどうかしら? あなたの言う、『そんな動きにくい格好』で私はここにいる。あなたが全身の拘束を解いて襲ってくるかもしれないこの危険な密室にね。」

「無駄口たたきに来たのならさっさと出てくか殺すかしろ。」

「はっ 殺す? あなた自分の価値を分かってないのね。5か国語を操り、狙撃時に必要なスコープは使用しない。理由は、『レンズが反射すると居場所が特定されてしまうから』。にも関わらず、500メートル以内なら標準を定めて数秒で敵の頭を撃ち抜く。死刑にしてしまうにはもったいない人材だわ。」

 彼はブルーの瞳を細め、メリンダを睨み付ける。はて、この女、尋問官じゃないな。


「何が言いたい。」

「スカウトよ。秘密組織の軍隊の。」

「・・・・・・。ここ確か、会話全部聞かれてるんだったよな?」

「マジックミラーには細工がしてあるし、音声は偽物が流れてるから心配無用よ。来るわね?あなた5,000万したんだから。」

「オバサン、そういうの人身売買って言うんじゃないの。」

「引き抜きって言ってちょうだい。」

「俺に何のメリットが?」

「死刑の偽装、一月3万アメリカドルの報酬、住まいの提供、それと・・・・・・あなたの保護者の安全。」

 途端、彼の顔つきが一変する。


「ファビオ・アバーエフと竹本和子、あなたの祖父と祖母ね。」

「・・・・・・彼らは・・・。」

「・・・・・・・・・2009年7月9日、ファビオは肺炎で亡くなられてるわ。残念だけど。」

「・・・!?」

 彼の目が見開く。プロの殺し屋として名を馳せていた彼でも、こう表情に出やすいようではまだまだ甘い。

彼が仕事でミスをするときは、これが原因となるだろう。

 20歳。まだ子供だ。


「あなたに相当、会いたがっていたようよ・・・。」

「金も何もいらない。祖母だけは守ってくれ・・・!」

「来てくれるのね。」

「それが条件なんだろ。」

「ええ。じゃ、鍵渡すから、その拘束解いて出てきてちょうだい。私先行くわね。」

「おい待て。どうやって出ていくんだよ。すぐ外には人がいるだろ。」

「才能の出し惜しみは良くないわよダニエル。じゃまた後で。」

「あ、おい!!」



「お、戻ったか。空白の10年間は聞き出せたか?」


マックスのオフィスに戻ると、彼は3袋目のレイズを開けようとしていた。

「聞いてない。」

「え、なんで?」

「私は彼が欲しいだけだから。あなたにはお金も払ったし。彼が誘拐されてコロンビアに来るまでの間どこで何してたかなんて興味ないわ。それに・・・」

「それに?」

メリンダはじとりとマックスを睨む。


「あなたはもう知ってるはずだから。大事な情報は自分が直接集める。こんな回りくどいやり方、あなたのやり方じゃない。」

「さすがだメリンダ。君は本当に鋭いよ。」

「馬鹿にしてる?」

「いやいやしてないよ。俺とお前、どっちがより正確に情報をつかむか試してみたかっただけだ。ちょっとしたゲームだ。しかし、聞かなかったとはな。一本取られたよ。」

「好きよね、ゲーム。」

「俺の唯一の趣味だからな。コンピューターソフトのもいいが、人間の心理を使ったゲームは特に面白い。」

「悪趣味ね。だから友達いないんじゃない?」

「・・・ほっとけ。」


 メリンダは借りてたIDを返し、ついでにチップスを取り上げオフィスを後にした。

マックスは仕事のためパソコンを立ち上げる。

待ち受け画面は、彼お気に入りのメリンダの盗画像で埋まっていた。


------------------------------------------


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ