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央扇町影新聞

影封師『カゲホウシ』 果たして異能にしか使えない異能に意味はあるのか?(デメリット多)

作者: 白星敦士

影法師、というものをご存じだろうか?


かげぼうし、という読みで主に光が当たって、障子や地上などに映る人の影であり、人の形をした影、という認識で結構だ。


では、同じ漢字で“かげほうし”というものは知っているだろうか?


単純に濁音が消えた、という意味ではない。


時は平安、まだ陰陽師が国の役員として認められていた術師の一種である。


その力ははその名の通り、影に関するものだ。



だが、時代の流れと共に陰陽道も消えていき、自然と影法師たちも消えていく。



時は平成、オカルトなど廃れて科学が台頭した時代。



影法師など必要も無くなった時代だが、ある噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。



その名を“白影様”という。





「知ってる? 三組の人、白影様に魂持って行かれちゃったんだって~」

「こっわー……これで今月入って何人? 他校でも被害でてるんだよね」



「白影様って……あんなのヤクやってる奴が幻覚見て昏倒してるだけだろ」

「でも目撃者もいるんだろ? 薄暗い路地での白い人影とかさ」

「ばーか、目撃者も薬やって幻覚見てんだよ」



「白影様に襲われると、外傷も無いのにずっと目覚めないんだよね」

「違うよ、魂が抜けて操り人形にされちゃうんだよ」



「白影様に遭ったらどうするの?」

「白影様から逃げる方法はただ一つ、それは……」



「真っ暗な場所に隠れること」

「太陽の下に逃げること」



「「でも」」



「「薄暗いところに留まることは絶対に駄目らしい」」




都市伝説、というものは科学が発展した今でも……いや、発展したからこそこのように実しやかに囁かれるのかもしれない。


その中でも「白影様」というものは、この界隈限定の物だ。



この都市の名は「央扇市」


某数年に一度のスポーツの祭典によって盛り上がり、一気に開発が進んでそこらの田舎とは比べ物にならないほどの急発展を遂げたこの町は、俺が生まれる前は近所の裏山でクワガタが取れるほど緑豊かだったらしいが、それも今は昔。



今ではそれをすっかり見なくなり、新幹線も通るし、世界的に有名な日本の誇るブランド店も出てる。


俺にとっては嬉しいオタク文化もがっちりカバーした店もあり、大きな河とそれほど離れていない山のキャンプ場に温泉などがあるから、一種の観光地ともされている。



そんな近代的発展を遂げた中でささやかれている「白影様」というものは、この都市の基礎となった小さな町で語り継がれていた伝承が元になっている。



影法師



なんでも、陰陽師の一種で影に関する占いや呪いを得意としていたらしく、元々は太陽の神である天照大神とのゆかりのある一族の末裔だったとか云々……その辺は専門にきかないと分からない。



兎にも角にも、その伝承に「白影様」と酷似したものがあり、なんでも白い影は人に災いをもたらし、この影法師たちが使っていた呪い専門の式神だったとかなんとか。



地元の伝承にまで残っている怪奇現象故に、その信憑性はかなり高いと言える。



「……はぁ……まぁこんなところか」



一通り、情報をまとめて俺は椅子にもたれて伸びをする。



俺の名は間取大悟(まとりだいご)



この央扇市立如月学園に通う、新聞部所属の二年生だ。



今回は最近巷で騒がれている「白影様」の記事を書くことになり、この地元に伝わる伝承とかいろいろ調べ上げて記事としてまとめ上げていたところだ。



「うわぁ……そろそろ帰らないとなぁ……」



などと言いつつ、パソコンの電源を落としてに持ちを持って部室を出る。



「うわ……暗いなぁ……」



人気の殆どない学校。


そこは明るい時間とは打って変わって別世界と言っても良い。




「さっさと帰って宿題でも…………ん?」



ふと、俺は自分のカバンの中を確かめる。



「……ああ、教室にプリント置きっぱなしだったか」



提出が明日の宿題だ。


それに量も何気にあるし、明日の朝だけでは終わりそうもないので、僕は教室へと向かった。


こつんこつんと足音が少しばかり反響する。



「――誰?」



「え?」



不意に聞こえてきた、少しばかり緊張で張りつめた声。


何だと思って振り返ると、そこには一人の小柄な女子生徒がいた。



「……あなた、何者?」



「何者って……いや、普通に生徒だけど……」



突然、何故かピリピリした感じで質問、というか詰問してくる女性生徒。


見たことがあるかと思ったら、男子非公式アンケートで、可愛いと思う女子ランキングでトップ10入りした女子だった。


一年の影井聖(かげいひじり)


小柄ながら、出ているところはしっかり出ている所謂「ロリ巨乳」で、基本無口で人との関わりも少ないミステリアスな雰囲気も人気の理由な女子だ。


故に、こうして彼女の声を聞くには初めてだ。



「なんでこんな時間に、こんなところに?」



「なんでって……部活で残ってたんだけど、ちょっと教室に忘れ物をしたんで取りにいこうとしてるだけなんだけど」



「……本当に?」



何故か影井聖は俺に対して懐疑的な目を向けてくる。


やだなにこれゾクゾクする…………わけもない。


流石にそこまで俺も猛者ではないし、どちらかと言うと女子の泣き顔の方がキュンとくるSっ気のある身だと言う自負もある。



「そっちこそ、一体なんでこんな時間に、二年生の教室に用でもあるのか、影井聖一年生」



「っ……なんで、名前を……!」



……あれ、俺先輩だぞっていう意味で言ったつもりなのに余計にキツイ感じになったようなきが……



「やっぱり……お前が……」



ゆらゆらと、水面に波紋が広がったような動きが影井聖の足元に見えた。



「……は?」



何が起きたのか分からなかった。


ただ突然彼女の足元の、夕日の中で伸びた影が奇妙に揺れているのが見えて、そしてそれは突然俺の足元へと伸びて来た。



「う、わわっ!」



それに対して俺は、思わず足を上げる。


だが影はそのままこちらの足元まで届いてて、咄嗟にあげただけの足はそのまま影を踏む結果となり――



「あぎゃっ!!」



短い悲鳴が聞こえた。


――影井聖の



「……え?」



俺は困惑する。


足元には、普通に考えてあり得ない影。


それは今もうねうねとまるで海藻のようにゆらめき……いや、この場合は押さえつけられている魚みたいにジタバタと暴れていると言った方が良いか。


そして一方、その影の発生源であるはずの影井聖は突如頭を押さえた状態でその場で蹲ってしまった。



「あ、ぅ……うぅぅ……!」



なんか、呻きながら咎めるような目でこちらを見ている。



「(パシャ)……おい、いったいお前は何をやってるんだ?」



「何をシレっと写真を撮ってるの、消して!」



いや、なんか涙目でこっち睨んでくるのが妙に可愛かったんで、つい。



「いったいなんなんだ、これ?」



スマホのカメラを動画撮影状態に切り替えて、足元でまだウネウネ動いている影を撮る。



「触ってる感触は無いが……やっぱり俺が押さえつけてるのか?」



試しに足をいったん浮かせた。


すると影が動いて逃げようとしたので、またすぐに踏みつける。


結果、予想通りに影の動きはまた止まったのだが……



「みぎゃぁああ!!」



その瞬間に影井聖が珍妙な叫び声を上げた。



「え? もしかしてこの影踏むと痛いの?」



「あ、うぅ……!」



影井の奴はその場で頭を抱えたまま蹲るばかりだが、もはやその行為自体が回答であった。



「は、はやく……あし、どけて……!」



先ほどまでの敵意は無く、懇願するような声。


どうも踏まれる瞬間だけでなく、踏まれることで痛みが継続しているらしい。



「ほれ」



足を離して、立ち位置を変えてカメラを構える。


影はシュルシュルと影井の足元に戻って、見た感じ普通の物に戻った。


俺はその一連の流れをバッチリと携帯のカメラで録画した。



「……もしかして、君って影法師ってやつ?」



「っ!」



「当たりか」



この子顔に色々出やすいな。ミステリアスとか言い始めた奴は誰だ?


こんな単純な子がミステリアスとかその眼は節穴すぎるぞ。



「な、何を証拠に、そそそんなことを……?」



廊下の真ん中で女の座りしながら腕を組み、わざとらしく目を逸らす。



「ガッツリ証拠撮られておきながら良く言うな……」



「あぐっ」



こちらが先ほど録画した映像を見せると、ぐうの音も出ない……いや、あぐの音しか出なくなってしまった影井。


俺は顔に笑顔を張りつかせながら彼女の前に立つ。



「この映像、消して欲しかったら言うこと聞いてくれない?」



「な……なにを……?」



不安げな表情で、見上げてくる。


……ああ、いいねその表情……ゾクゾクする。



「(パシャ)ちょっとさ(パシャ)俺の取材受けてよ(パシャパシャパシャッ)」



「な、ちょ、やめ――だから勝手に撮らないで!!」



人気の無い校舎にて、影井聖の声だけがよく響いたのであった。





「なるほどなるほど……つまり、影法師っていうのはこの町のあのお山神社の神主さんたちの一族のことをさしていた、と」



「……あぐぅ……こ、これでちゃんとさっきのデータ消してくれるんでしょうね?」



「いや、まだまだ聞きたいことあるし」



「あぐっ……」



なに、この子「あぐ」って口癖なの? ミステリアスどころかちょっと痛い子なんだけど。



「だ、だいたいこんなこと新聞にしたって、誰も信じないわよ」



「そんなの百も承知だ。


俺はただ知識欲を充たしたいだけだからな。


それにいくら信じないと言われても、あの映像を流されるのはいやだろ?


お前が俺の知りたいことすべて話してくれればそれでいい、だからさっさと話せ。


安心しろ。個人名も出さないし、フィクションだと笑われる程度の情報しか流さん」



「……本当のことを、みんなに教えたいんじゃないの?」



「ジャーナリズムって奴は生憎俺にはわからないんでな。


ただ、ゴシップでみんなが騒ぐのを見る方が愉快だぜ。


今はただ、それをリアリティを加えるためにお前の話が聞きたいんだよ」



「…………それ、デマを流すってことじゃない。


取材の意味なんて何にもないでしょ、それ」



「わかってないなぁ。


これは、そうだな………釣りとも似ているな。


魚を釣るための疑似餌だってリアルじゃないといけないだろ?


それと同じで、リアルなデマじゃないと誰も騒いでくれないんだって。だからこうして取材が必要になる訳だ。


Do You Understand?」



「滑舌いいのが無駄に腹立つわね」



「うむ、我ながら言い得て妙だ」



「自意識高過ぎ……」



場所は学校から少し歩いたところにあるファミレス。


ちょうど小腹がすいてたから丁度いい。



「あ、すいませーん、このセットメニュー一つと…………ほれ、好きなの頼めよ」



「え……な、なんのつもり?」



「一応取材協力ってことだし……この場で位おごってやるよ。


好きなの頼めよ」



「敵の施しなど必要(ぐぅぅぅぅ)な……い……!」



言葉は途中で腹の虫に遮られ、それに気が付いて影井は顔を真っ赤にして口をつぐんだ。



「別に遠慮しなくてもいいだろ、それともこのままお前は俺が飯食ってるときに腹を空かせたまま惨めに受け答えしたいというのなら…………いや、それもそれで一興か?」



腹空かしてる影井が、恨めしそうに俺を睨みつつ、俺の飯へと視線を彷徨わせて腹をすかしている画。


……なんか、結構グッとくるものがある。


是非ともその写真を撮ってみたい。



「……ぐ……こ、これとこれ、それとこれもお願いします!」



半ば自棄になったのか、俺の手にあるメニューを奪って注文を聞きに来た定員に頼んだ。



そしてしばらくしたら頼んだ品が全部きたので、俺たちはそれをいただきながらインタビューを続ける。



「なるほど……神主の兄に、大学生の姉、そして俺とタメの二年の兄がいる、と。


察するに、影法師の力ってのは遺伝性なのか?」



「そ、それ以上答えるつもりはありません」



「ふむふむ……影法師の力は、神社の家系にのみ伝わっていると」



「わたし何も言ってないのに勝手にねつ造しないで!」



いやいや、それだけ剥きになって反論するとか認めてるようなものだから。



「っていうか、君意外と素直に話すね。もう少ししらばっくれるのかと思ったけど」



「脅迫しておいて白々しい……!」



「(パシャ)そんな人聞きの悪い」



「だから勝手に写真撮らないで!」



「ああ、俺人が怒っている顔好きなんだよね、見ていてとても胸が躍るんだ」



「このクズ」



ああ、違う違う。


確かに怒っているようだが、違うんだよ、そういう見下した視線とか激萎えなんだよ。



「ああ、君はそのクズに足蹴にされたから差し詰めゴミクズかな?」



「こ、このぉ……下劣!」



「(パシャシャ)そうそう、それだよ(パシャ)それ(パシャシャシャシャシャ)」



「だ、だから撮るなって言ってるでしょ!」



机から身を乗り出して手を伸ばすが、そんな小柄な体格じゃ俺の手にあるスマホには届きそうにない。



「安心しろ、こっちは完全に個人の趣味だ」



「尚の事嫌だから消して!」



「断らぬ」



「なっ、いいかげん…………って、ややこしい!


早く消して!!」



「質問一つにつき一枚な」



「こ、このぉ……人の足元を見てぇ……!」



おぉ、これも中々良い表情だ。


是非とも撮りたちところだが、ここは交渉のために我慢しよう。



「影法師の力、それって具体的にどんな力なの?


なんか俺普通に踏んづけちゃったけど、何か身体に異常とか起こらない?」



「その心配はないわよ。


わたしたちの力は、一般人には無害……むしろ私たちにとっては弱点だもの」



「なるほどなるほど……」



この子、一言多いな。自分の弱点をこうもあっさりバラすとは。


しかも「たち」って言ってるから身内も同じ力持っていること認めてるし。



「じゃあ、あの影は何に…………いや、影井聖、君はあの場で俺を何だと思って影を向けて来た?」



「……あんたが、呪影(ジュエイ)の使い手かと思ったから」



「ジュエイ?」



「最近は白影様って、この辺りじゃ呼ばれてるわね」



「ほっほぉ」



これは興味深い。


都市伝説の核心に、一気に迫ってるよ俺。



「呪影はその名の通り人を呪う影よ。


人を惑わし、傷つけ、呑み込む。


強力な呪影に襲われると、今学校でも騒ぎになっているように昏睡して目覚めなくなる」



「つまり、君の血縁者が騒動の原因だと?」



「違う!」



影井は机を叩いて立ち上がる。


ファミレスの中の視線が一気に集まった。



「……おい、ただの質問で他意はないから落ち着け」



「…………ふんっ」



あからさまに不貞腐れてるな。



「違う、となると……先ほどの話と矛盾するな。


血縁じゃないと影法師の力は使えないんじゃないのか?」



「…………はぁ。


そもそも、そこから認識が違うのよ。


たぶん、あなたは“カゲホウシ”の認識が違う」



「と、いうと?」



「ちょっとそれ貸して」



俺はインタビュー用に取っていたメモとペンを影井に手渡すと、影井はそこに感じ三文字を描いた。



「今の私たちの家系は、こっちが正しいの」



そこに掛かれているのは“影封師”



「……影を、封じる?」



この文字から連想するとした、それくらいだろう。


そしてその認識は影井の反応を見た限り間違いではないようだ。



「そう。私たちの一族影封師はあなたの今まで言っていた“影法師”の力を無力化するための“抑止力”なの。


私たちの力は、呪影を倒す以外には何にも効果が無い。人を傷つけられるような代物じゃないの」



「なるほど。つまり、正義の味方って立ち位置かな?」



「え……あ、いや、そこまで大層なものでもないけどねぇ、ふふんっ」



俺も言うほど気持ちは込めてないのだが、この程度で喜ぶとかチョロ過ぎませんかこの子?



「じゃあ、その呪影っていのうは誰が使ってるんだ?」



「それは知らないけど……ロクデナシなのは確かよ。


あれは人の負の感情を動力源に動くし」



「犯人は特定できてないのか?」



「最近は異常に数が多いの。


呪影が出る事なんて年に一回あるかないかくらいで、どれも大したことないはずだったけど……ここ最近は質も数も洒落になってないんだもん」



……ちょっと待て、これ白影様って単独じゃなくてね?



「……質問を変えよう。


その呪影っていうのは、俺でも使えたりするのか?」



「ああ、できるかもね。あんた人として負の感情詰まってそうだし」



「そういうことじゃなくて、どうやったら使えるようになるのかって意味だ。


影井の物と違って、今の話を聞いた感じだと呪影の方は割と誰にでも使える可能性がある。違うか?」



「そうね……基本的に霊感とか強い人が精神的に追い詰められると突発的に出しちゃうものなんだけど……最近は何か妙な手段でこれを出してる人がいるかも、って……アキ兄が言ってたけど、詳しい事は知らないわ」



おいおい、こいつ結局肝心なところ知らないんじゃないか。



「じゃあ……呪影っていうのは、やっぱり噂になるくらいだし俺にも見えたりするのか?」



「そりゃまぁね。


特に逢魔ヶ時……夕方辺りに出しやすい物ね。それと直射日光も当たらず、かつ真っ暗でもない薄暗い場所でしか呪影は活動できないのよ」



「ほうほう」



これはメモメモ。誘導して聞き出す予定だった情報を勝手に向こうがこぼしてくれたぞ。



「呪影が人を襲っているのはわかったが、そんなに好戦的なものなのか?」



「全部が全部じゃないわね。


ロクでもないものだけど、千差万別。


人を襲う物もあれば、手を出さなければ何もしないタイプもいる。


まぁでも、ほとんどの呪影は御しきれないし、勝手に動くから宿主に自覚がないこともあるわね。


そう言うのって霊的な土地に勝手に集まって動くのよねぇ」



実はこの子、こういうこと人に話したかったりするのか?


さっきからもうザルみたいにベラベラ聞きたいことを聞く前に喋ってるんだけど。



「……うむ、まぁ、これだけ聞ければいいかな。


ほれ、画像消していいぞ」



俺はスマホのロックを解除して、影井に手渡す。



「え……もういいの?」



「まぁな。


ゴシップ作るなら、この程度の情報で十分。


寧ろこれ以上深く知ると作り辛くなるからな。


それとももっと根掘り葉掘り聞いて欲しいのか? リクエストされちゃ、答えない訳にはいかないなぁ」



「そんなわけないでしょ!」



剥きになって反論し、どこかたどたどしい指使いでスマホの画像を削除する。



「さっき奢るって言ったんだから、あんた払いなさいよ」



「わかってるって、俺、約束は守るタイプだから」



「ふぅん……じゃあ、今日はさっさと帰りなさいよ、明るい道選んでね。


呪影には、私たち影封師以外は対処できないんだから」



「へいへい」



そんなこんなで、俺と影井聖の邂逅は終わった。


きっと、もうこれ以上関わることは無いだろう。



――――

――――――

――――――――



「で、なんでいるの?」



場所は新聞部の部室。


時間は昼休みで、昨日の話を元にゴシップを作ろうとしていた矢先に再び影井聖は現れた。



「あんたのせいよ」



「は?」



「あんたが、あのファミレスなんか選ぶから……あんたにうちの家のことと知られたことバレたじゃない」



いや君結構自発的に喋ってましたよね?


というか涙目でそう睨まれても…………ちょっと興奮するだろうが。



「なに、実はあの場に身内でもいたのか?」



「あぐっ」



はい、「あぐっ」頂きましたぁ~。


というか本当にわかりやすいなこの子。



「つまり、身内に秘密を知られたから俺のことを消しに来たのか?」



「それが出来たら苦労しないわよ……余計なこと喋らない様に、監視してるの」



「影井、お前が言ってただろ。喋ったところで誰も信じないって」



「そうだけど、三月姉にそうしろって言われたんだからしょうがないじゃん!」



どんだけ怖がってんだよ大学生の姉ちゃんに。



「ふぅん…………で、お前いつまでそんな離れた位置にいるわけ?


椅子あるんだから使えよ」



部室の奥の壁に立てかけてあるパイプ椅子を示すと、何故か影井は俺に警戒の眼差しを向ける。



「……動くんじゃないわよ?」



「は? なんで?」



「いいから、私が椅子を持って、適当な位置に座るまで動かないで!」



「? まぁ、俺はゴシップ作りで忙しいから勝手にしろよ」



とりあえずこいつは俺が昨日聞いた話を無闇に口外することを防ぎたいのだな。


なら、俺もその辺は弁えた方がいいだろうな。


そんなことを考えながら昨日のメモを見ながらパソコンに向かう。


その時、メモと一緒に胸ポケットに入れておいたペンが床に落ちた。



「おっと」



俺はそれを拾おうと少しばかり椅子から腰を浮かした。


――その時だ。



「みぎゃあ!!」



「え?」



急に影井が奇声を上げた。


しかも首だけを後方に向けているという奇妙なポーズである。



「……ん?」



よく見ると、ペンを取ろうして伸ばした足が影井の影を踏んでいたのだ。



「え? 普通の影でもそうなるの?」



「い、いいから足退けて!」



「おぉ、すまんすまん」



ひとまず足を退けてやる。


すると、影井は眼もくれずに椅子を調達して部室の扉の前に移動してそこを陣取るようにして座った。


うむ、太陽は窓から降り注いでいるから、あの位置では俺が影を踏むことは無いな。



「なるほど……影を踏まれると痛いからそこから動かなかったわけか」



「は、はぁ? そんなわけないし!」



「……ポチっとな」『みぎゃあ!!』「ぶぅ!!」



俺がポケットから取り出したボイスレコーダーに録音された声を聞いて激しく動揺を見せる影井。



『み『み『み『みぎゃあ!』『みぎゃ『みぎゃ『み『みぎゃあ!!』



「うーん……もっとパターンが欲しいな」



「な、何勝手に録音してるのよ!」



「いや、もしもの時に備えてお前が現れた時から録ってたんだよ。れっきとした自衛手段だ。


でもてっきり脅して来るかと思ったから、監視程度の穏やかな物で安心したぜ」『みぎゃあ!!』



「私の心は穏やかじゃないわよ! いいから消して!」



「え~……目覚ましか着メロにでも使えるほど良い声じゃないか。きっと愉快な気持ちになるぜ」



「それあんただけでしょ、この鬼畜ドS野郎!!」



「お前が学校で浮いてたのって、それが原因だったんだな。


影を踏まれない様に距離を取ってたら人と話す機会もないし……そりゃミステリアスレディな扱いにもなるか」



「無視すんじゃないわよ!」



いやぁ、それにしても日常生活にこれほど支障をきたすものだとは……ずいぶんと面倒な影だな。


しかもその効果は呪影だけにしか通じないとか、最悪だな。



「よくそんな面倒な体質で生活送って来れたよな。


家族がみんなそれじゃ、外に出るとき大変だろ」



「……別に四六時中こうなわけじゃないわよ。


太陽とか炎とか影ができるくらいの月明かりとか……そういう自然的な光で発生した影じゃないと踏まれたところでどうともないし」



随分と曖昧だなぁ……



「電灯はセーフってことなら、ガス灯もセーフなのか?」



「火は……基本的にどれもアウトね。


ただ、ガスとかの炎の影は踏まれた時の痛みは少なめね」



どういう基準だよそれ、スゲー曖昧じゃないか。



「まぁとにかく大変だな、そんなんじゃ車とかに影踏まれた時とかショック死するんじゃないか?」



「それなら平気よ。


影の痛みは魂の重さを感じての痛みだから、車でも付喪神化してない限りは踏まれてもなんともないわ」



今サラッと付喪神の存在が認められちゃったよ。



「人が車に乗ってたら危なくないか?」



「だから、別に物理的な重さじゃなくて魂の重さを感じてるんであって、いくら車に人が乗ってるからって直接人が私たちの影を踏まない限りは大丈夫なの」



「えっと、つまり魂、っていうか、生き物が直接影に触れる……いや、俺は靴履いてるし、ある程度の障害なら無視できるのか……ともかく、人の足が地面から数センチ浮いた状態で影に接近すると痛みを感じる、みたいな認識で良いのか?」



「…………多分それでいいんじゃない?」



「なんで疑問形なんだよ」



「い、いやだって……靴の厚さとか今まで考えたことないし」



「自分のことなのに暢気だなぁ……」



「あぐっ…………と、とにかくそういう訳だから不用意に私に近づかないで!」



「お前から来てるくせになんで俺がお前のストーカーしてるみたいな感じになってんの?


その発言は誤解を招くからやめろ」



ひとまず気を取り直してパソコンに向かってキーボードを叩く。


「影井、お前の話を聞いて思ったんだが、それじゃお前の影を呪影に向かって伸ばすのって一種の自殺行為じゃないのか?」



「え? なんでよ?」



「だって影踏まれると一方的にお前が痛いんだろ。


呪影の使い手にそうされたら一発でお前戦闘不能じゃね?」



「呪影を使うようなロクデナシには、魂に重みがないのよ」



「……つまり、あの行動は攻撃というよりも俺が呪影の使い手かどうかの検査の意味合いがあったんだな」



「え? あ、まぁ、そういうことよね」



いや違う、コイツ攻撃する気満々だったんだな。


まぁどちらにしろ呪影以外には効果の無い影ならば検査と同じか。



「というか、検査方法も随分と酷いな。


お前らの先祖って実はドMなのか?」



「なんでそうなるのよ!」



「だって、人に踏まれて痛いかどうかで確かめるんだろ?」



「そ、それはそうだけど……」



「やっぱドMじゃん」



「ち、違うわよ!


そういう下世話な話に、うちの一族の能力を結び付けないでよ!」



「(パシャ)そうか、わかったよ」



「って、何勝手にまた写真撮ってるのよ!」



「え? ……あ、悪い、完全に無意識だった」



視線はパソコンに向いていたはずなのに、気が付けば片手でスマホを握って影井を撮影していた。


うむ、ブラインドタッチならぬブラインドスナップ、か……ピントも合っているし、中々良い感じの怒った表情だ。



「は、早く消しなさいよ!」



「え~……昨日のデータも残ってないし、良いじゃん別に一枚くらい」



「良くないわよ! だいたい、その写真どうすんのよ!」



「どうって……そりゃお前……ぐへへっ」



「私の! 写真で! 何するつもりよぉぉおーーーーー!!!!」



「性欲旺盛な男子高校生だぞ? ナニのオカズに決まってんだろ、察しろ!」



「なんであんたが怒るのよ! 本当に写真消しなさいよ!!」



「ダイジョウブダイジョウブ、オレ、ゼッタイコノシャシン、ヒロメナイ。


アタマノ、ナカダケデ、ダイジョブ」



「変態よ! ここに変態がいるわ!!」



「よし、それ貰い」『変態よ! ここに変態がいるわ!!』



「だから勝手に録音するなぁーーーーーーーー!!」



「これで目覚まし作ったら、うちの男子の一部に高く売れると思わないか?」



「いーーーーやーーーー! 聞きたくない、そんなこと聞きたくなーーーーーーい!!」



「まぁ冗談はこれくらいにして置いて……ほれ」



「え……あ」



スマホとレコーダーを影井に向かって放り投げる。


間の抜けた表情で、影井はそれをキャッチした。



「消していいぞ」



「……あんた、いったい何のつもり?」



「お前をからかって遊んだだけだ」



「こ、この……! あんた本当に歪んでるわね!」



「そうか? でも俺がロクデナシじゃないのは、お前が身をもって証明してくれただろ?」



「呪影を使えるかどうかって意味合いで合って、別にロクデナシでも重さがある奴はいるわよ」



「そうかそうか。聞けば聞くほどデメリットの多い能力だな」



本当に呪影とやらにしかその効力が向いていない。


なのに呪影以外の存在からは弱い。弱すぎる。


影封師。


そのあり方はあまりに儚い。


だからこそ……



「魅力的だよ、お前」



「…………ふへ?」



パソコンに向かって白影様の目撃情報と、昨日の影井の話から立てた推測をまとめていく。



「ちょっと……今、なんて?」



呪影……いや、正確にはその使い手にあたる影法師たちは怒りを持って動いている。


しかしそれは発散させることは社会的には正しいものではない。


いくら悪口を叩かれても、それを暴力で黙らせれば悪者になる。


だからこそ、法律では裁けない呪影を頼ったんだ。


問題はこの呪影を獲得する過程だが…………噂を整理して想像するだけなら容易いが、迂闊なことを書くのは自粛しよう。


監視の目もあるし。



「ねぇ、ねぇってば!」



「ん? なんだよ?」



「い、今あんた……私のことなんて言ったの?」



「魅力的だと言ったが、それがなんだ?」



「――――」



影井は顔を真っ赤にして絶句してしまった。



……ん? ああ、俺としたことが、言い回しこれじゃ色々勘違いされるか。


まぁでも、個人的に見ても影井って可愛い部類だし、からかっても面白し、何より怒った顔が良い。そう、怒った顔が良いんだよ。これ重要。



「影井、いや……聖」



「な、なんで呼び捨て!?」



「お前は俺の監視をしなきゃいけないんだよな?」



「そ、そうだけど」



「それはどれくらいだ?」



「そ、そんなの私が知りたいわよ!」



「つまり、期間無制限……一生に渡るかもしれないんだな?


これはもはや、友人云々の枠を遥かに超越した関係であるとも言えないか?」



「い、一生!? 関係!?」



「そんなわけで、お前今日から俺の彼女な」



「なっ…………は、はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!!!」



ふむ、正直女とか面倒そうで興味は無かったけど、こいつ相手なら毎日からかえて面白そうだ。



「な、なに勝手に決めてんのよ!」



「だってお前監視の為に、学校では授業中以外俺と一緒に行動するんだろ?」



「だからって彼女って、それは無いでしょ!」



「休日とか、一緒に行動することもありえるだろ?」



「そ、そうだけど」



「周りからもそんな誤解を持たれるくらいなら、いっそそう言うことにしておいた方が楽だろ?」



「で、でも……」



「なんだ、好きな奴とかいるのか?」



「……いないけど」



「そうだよな。


お前基本ぼっちだし、色々と紆余曲折あったがお前の素を知っているのは身内以外では俺くらいだろ?」



「あ、ぐっ……」



おっと、ぼっちと言いつけるのはちょっと酷かったか?



「ははは、本当にからかい甲斐があるなお前。


別にそう大仰に構えるなよ、あくまでフリだよ、フリ」



「……フリ?」



「流石に一生俺の事監視とかはやり過ぎだろ?


彼女って言っても、お前の姉が気が済むまでそうした方が周りからの視線も穏便に済むって話だよ。


もっともお前がそこまで嫌だと言うのなら今日中にでも俺が直接お前の姉に話をつけに行くけど、どうする?」



「じゃ、じゃあ……別に本気じゃなかったんだ」



「ああ、冗談だよ」



「はぁ、よか」「一割は」「ほとんど本気っ!!?」



「だって彼女にするって作戦は、割と周りを黙らせるにはいい案だろ?」



「……あ、そっちか」



「?」



なんで急に残念そうな顔になってるんだ、この子?



「じゃあ、お前が一方的に俺をストーカーしてるって現状維持で良いか?」



「そっちの方が不名誉じゃない! いいわよ、付き合ってやろうじゃない! それで監視が終わったら、盛大にあんたのこと、全校生徒の前で惨めに振ってやるんだから!」



「それは面白いな。大々的に記事にしてやるよ」



「自分のこと載せるとか、あんた本当に頭おかしいわ」



「でも、きっと面白い。だったらやらなきゃ損だろ?」



「…………やっぱ、あんた歪んでる」





「聖ー! 一緒に帰ろうぜーーーー!!」



「ぶぅーー!!」



その日の放課後、俺は意気揚々と一年生の教室に突撃してやった。


教室の隅で呆けていた聖が、俺の姿を見た瞬間に噴き出した。


教室に残っていた奴らも、一斉に俺を見た。


それを無視して、俺は聖の下へと近づく。



「な、な、な……!」



「ほれ行くぞ、Stand Up!」



聖の手を掴んで立ち上がらせる。


そして聖の背後に回って密着し、聖の影が俺の影に入るようにする。



「え、あ、ちょ――なにやってるの!?」



「HAHAHAHAHA! 愛しのマイハニーをお迎えにあがったのさ。


さぁ、一緒に部活動だ!」



「いと、ハニ……部活動!?」



「ほれ、良いから行くぞ」



背中を押して、教室から出ようとする。



「お、おい、お前なんだよ急に!?」



すると、進路上に見知らぬ男子生徒が現れた。



「何の用だ男子A? 俺はこれから聖と部活動に行くのだが?」



「ひじっ、な、名前、呼び捨てって…………お前誰なんだよ!


影井が困ってるだろ! 離してやれよ!」



「二年で新聞部所属の間取大悟だ」



ザワッと、俺の名を聞いた瞬間に一年たちがどよめいた。



「あの新聞部の間取先輩……!」

「柔道部OBのホモスクープを暴露した?」

「教頭のヅラ疑惑を徹底追及してノイローゼに追い込んだ、あの!?」

「シンクロ部の百合カップル予想を見事に的中させた、あのスッポンの間取!!」



「あんたそんなこと記事にしてたの?」

「ふぅ……過去の栄光だな」

「黒歴史の間違いでしょ、主にあんたの被害者たちの」



というか、影井ってやっぱりミステリアスなキャラで浸透しているからか、蔑んだ目で俺を見ている様子にクラスメイトたちの何人かが驚いているようだな。



「というか聖、俺たち付き合ってるんだし別に問題ないよな?」



「…………そ、そうね」



ああ、コイツ別に演技してミステリアスしてたわけじゃないからぎこちないわ。



「は、なっ……え……?」



対して男子Aはあからさまに硬直している。



「というわけで行くぞ~」



「ちょっと、押さないでってば……」



強引に聖を教室から連れ出していく。


教室から出る去り際、クラスの男子の何人かが同情するかのように男子Aの肩に手を置いていた。


そして俺は聖を連れて、直射日光が差しでこない閉鎖されている屋上へとつながる階段の踊り場へとやって来た。



「いったい、何のつもり?」



「あ? 付き合ってるんだから一緒に行動するだろ、普通」



「あんたがそんなことするようなやつだとは思えないんだけど。


何を企んでるの?」



「企むとは人聞きの悪いなぁ」



「誤魔化さないで。


アドレスだって渡したのに、わざわざ教室まで呼びにくるなんておかしいでしょ。


というか監視するんだから、普通に行くつもりだったわよ」



「ふむ……実は記事をまとめて、そんでお前の行動でふと思ったんだが、実はこの学校でも呪影いるよな?」



俺の問いに、聖が一瞬能面みたいな表情になった。


そしてそのまま器用に目を泳がせる。



「……そ、そんなわけないじゃない」



「いやだってお前、あの時間に学校に残ってた俺を呪影の使い手だって思ったんだろ?


そして現に一年三組の人間が昏睡してる。


白影様が噂でないとしたら、そんなの……放っておけると思うか?」



俺は普段は使わない、新聞部の備品であるそこそこ高いカメラを懐から取り出した。



「今日、夕方になるまでここで待機する。


白影様……いや、呪影の姿を収めたいから、手伝えよハニー」



「~~~~~~っ」



聖はその場で頭を抱えて蹲ってしまった。


なんだ? ここではまともに影ができるほど明るくないし、そもそも踏まない様にしているつもりだったんだが……



「あんた……一遍死んだ方がいいんじゃない?」



「…………」

「…………」



「………………」

「………………」



「……………………」

「……………………」



しばし沈黙が流れると、聖がしびれを切らした。



「…………な、なにか言いなさいよ」



「聖たんハスハスしたいおっ」



「キモい!!」



「(カシャシャシャシャ!)」



「無言で撮るな!」



流石は高いデジカメ。高画質の画像を連続撮影し放題だ。



「おぉ、聖たそ……いったい何に怒っているのだ?」



「妙な呼び方しないで! “たん”とか“たそ”とか気持ち悪いわ!


というか怒らせてるのあんた! どんだけ私を怒らせたいのよ!」



「はい、チーズ!」



「え、あ、はい!」



「(カシャ)うん、良い笑顔良い笑顔、はい削除っと(ピッ)」



「だから勝手に撮るなぁ! というかそっちはすぐに消すの!?」



「いいよぉ、その怒りっぷり、ツッコミもキレも上がっている。


というか今のは勝手に撮ってないじゃん。しっかり笑顔を浮かべてピースしてくれたし」



スゲーぎこちなかったけど。



「そ、それは突然だったから…………って、いい加減に話を逸らさない!


そんな危ないこと、許せるはずないでしょ!」



「えぇえええ!? なんでだよ!!」



「なんでそこまで驚いてるのよ! 普通に駄目でしょ!!」



「何故だ、理由を三文字以内で答えろ」



危険(きけん)!!」



「天晴、てっきり戸惑うかと思ったが見事に切り返しやがった…………完敗だぜ、聖」



「え? そ、そう? まぁ私にかかればこれくらい当然の事なのよっ」



自慢げに胸の前で腕を組む聖。


ロリ巨乳が強調されるな。うん、このポーズ撮ったらこの学校の男子の多くには高値で売れるぞ、これ。


まぁ俺怒った顔以外は興味ないけどな。



「って、だからいい加減にしなさい!」



「ふぅ……わかったわかった、つまりお前は俺の事を心配してくれているわけだな?」



「そう言ってるでしょ!」



「……ほぉ」



てっきりこれでまたからかえるかと思ったが、真剣に返されて面を喰らってしまった。


というか、それだけ本気ってことか。



「あんたは見たことないし、私の影の方を見ちゃったから軽く考えちゃってるけど……呪影は駄目。


あれは、ほんとうに危ないの。


下級の物だとしても普通の人は何も対処できないし、そのまま一生目覚めないまま死んだ人だっているの。


そして……この学校にいるのは多分強い奴。


最悪、その場で死んでしまう可能性だってあるの。だから、絶対にそんな危ないことしたら駄目」



まるで、幼い子どもに大人が言い聞かせるような物言いだ。


しかし、聖の表情にはふざけなど一切ない。


まじめで、その表情の時は彼女が噂通りのミステリアスとはまた違って、魅力的な少女だった。



「……あのさ、お前こそ俺の馬鹿にし過ぎじゃね? 俺が単なるお遊び気分でこんなこと言い出したと思っているのか」



でもだからって、見くびられるのは不愉快だな。



「実際にそうじゃない」



「だからさぁ、俺はふざけて命かけるほどジャーナリズムなんて持ち合わせていねぇよ。


安全の確保ができたから言い出してんだよ」



「安全の確保って…………まさか」



おお、気付いたようだな。



「彼女と言う名の頼もしいボディガードがいるんだから、心配ないだろ」



「最低すぎる! あんた、彼女ってものを何だと思ってるのよ!」



「終わったらファミレスのスペシャルパフェを奢ってやろう。


さらに、呪影の撮影が成功したらこれをやる」



俺は懐から、一枚のチケットを取り出した。



「っ……そ、それは……」



「そう。あの、喫茶店マクディの限定特別サービスチケット。


これがあれば、気まぐれ店主の限定メニューが食えるぞ。


これを……俺がおごりで連れて行ってやろう!」



「あ、あの……基本的にお店に顔を出さずに放浪している店主が各国の高級食材を取り寄せて作ったという幻のメニュー!


というか、どうやってそんな激レアなチケットを……!」



「ふふん……ちょっとした伝でな。で、どうする?


ネットで調べた限り…………マジで美味くて、外国からも人が来るくらいだぞ。どうだ?」



「(ゴクリッ)…………で、でも……一般人をそんな理由で危険に晒すわけでは……」



おぉ、揺らいでる揺らいでる……



「安心しろ……これ以外にお前が俺に協力するメリットもある」



「……どういうことよ?」



「単純なことだよ。


少なくともお前のやり方じゃこの呪影は倒せないからだ」


俺は困惑する聖に告げる。



「これは狩りじゃなくて釣りだ。


撒き餌はばらまいたら、あとは餌のついた針を垂らして待つだけでいいんだよ」





夕暮れの校舎。人気が少なくなった文科系の部活動が活動している部室棟にソレはいた。


最近は中間テストなどで部活動は自粛されており、今は人が残ることなどは本来ない。自発的に残ろうとするものを除けば。


階段をゆっくりとした足取りで、足音もなく昇って行く。


その異様な存在感は、誰が見ても不気味と感じるものだろう。それは普通ではなかった。


人の形をしているが、人ではない。顔などなければ髪も無く、目も鼻も口もない。


そしてなにより……すべてが白い。輪郭すらもぼんやりとしているのだ。


人どころか、生物であるのかすら怪しい。



――呪影



それがこそ異形の名前だ。


そして呪影は、今一つの部室の前で足を止める。



新聞部



その部室の扉にはそう書かれた札が下がっていた。


白い影はその手を伸ばし、部室の扉を人と同じように開ける。



「やっぱり来たか」



そこには、扉空さしこんできた夕日で顔を照らされた男がいた。


どうどうと、部室の真ん中で椅子に座っている。


間取大悟。


新聞部に所属する二年生だ。



「いやまぁ、お前の正体が誰なのかはわからなかったけど、大体の被害者の傾向は掴めてたんだよなぁ」



呪影という偉業を前にしても、大悟は飄々とした顔を崩さない。



今までとは異なる態度に、流石の呪影も驚いているのか動くことは無くジッと大悟を観察する。



「この学校での被害者って1人だけどさ、目撃者は1人でもなかったんだよなぁこれが。


噂話の取材の結果、お前の目撃者は最低でも10人以上は堅い。


そして、お前に襲われたと言う奴はその中にもいたんだ。


こいつらは噂話を信じて、すぐに外に逃げ出した。


夕焼けとはいえ、直射日光の中ではお前は存在できないんだから、そいつらは逃げ(おお)せることができた。


つまり、本当の被害者は最低でも3人だ」



そう言うなり、大悟は椅子から立ち上がった。



「その共通点は、三人とも男子ということ。


そして二つ目に部活動などを考慮しても、本来はその場所にいないはずの奴だった……そう、被害者が襲われる場所は実は一緒だったんだ。


それは一年生の教室がある廊下だ。


なぜ、こいつらはそんな場所にいたんだろうな?」



大悟の言葉に、呪影は何も答えない。


いや、口が無いのだから当然のことだ。


それでも大悟は雄弁に語る。



「話は変わるが、実はずっととある女子生徒はお前が現れる前から部活動もしていないのに教室にずっと残っていたんだ。


そいつは諸事情合って明るい場所で人の多い場所を移動するのを嫌がる。


だから人気が少なくなるまでずっと教室の隅で待っているんだ。


これを一部はミステリアスだとか語っているわけだ。


さながら、一枚の絵画にしてもいいほどの美しさがあるらしい。


……男なら、声くらいかけたいよな? お前はまさにそれだろ?」



ゆっくりと、部室の奥へと移動する。


呪影は大悟の距離を詰める様に部室へとさらに足を踏み入れた。



「でも、それに惹かれたのはお前だけじゃない。


端的に言うとさ……この三人はお前と違って勇気があったんだよな。


告白する勇気が」



『――ぇ』



口は無い。


そのはずなのに、微かに呪影が“声”を発した。



「お前がわざわざ、そんな大層な力手に入れてやってるのは、ただ彼女に気づかれない様に見つめるだけだった。


もったいないよなぁ、そんな力があれば、エロい事とかやりたい放題だろ。


あの胸、揉みしだきたいとか思わないわけ?


その状態なら揉んだって本人だとは気付かれなかっただろ、いやぁもったいないもったいない」



『――レぇ』



「男ならもっとこうさ、挟みたいとか? 持ち上げたいとか? ほら、あれだ、吸ったりつついたり顔を埋めたいとか思わないか? 思うだろ?


したくないのか? しろよ、お前はそれだけの力があるんだぞ? なんでしない?」



『ぁレェ……』



徐々に呪影の顔の形が変わって、窪んでいく。


そしてそれが、徐々に口の形になっていた。



「まぁ別に強姦推奨してるわけじゃねぇよ。それは人として最低なことだ。


つまり何がいいたいのかって言うと…………」



大悟は部室の机の上に腰掛けて、呪影を見下す。



「女を襲えないチキンの分際で、人を殺すかもしれないことやってるってのが気に食わないんだよ。


それやるくらいないいっそ襲うくらいの方が筋も通るだろ。


お前はそれがないんだよ。筋が無い。一貫性が無い。中途半端だ」



『ダマ、レェ』



とうとう呪影が口を形成して、言葉を発した。


その声は人とは思えないほど擦れて、効くだけで不愉快さを醸し出させる。



「見てるだけなら、指くわえてそいつらの告白見守ってればよかったんだ。


でもお前はそれができないからそれをしようとした3人が気に食わなかったんだろ?


だから告白できない様に、追い返したんだ」



『ダマレ』



「それしか言えないのかよ」



明確な敵意が、呪影から大悟に向けられてきている。


だが、大悟は余裕を見せたままだ。


それが呪影の態度を逆撫でする。



「お前みたいな奴、世間でなんていうか知ってるか?」



『―――――』



「――“ストーカー”っていうんだよ、おぉ~気持ち悪っ」



呪影の輪郭が、この瞬間にハッキリした者に変わる。



『ダマレ、邪魔者!!』



呪影がまっすぐ、大悟に向かってその手を伸ばす。


こいつに触れられれば、大悟は最悪この場で死ぬ。


そのはずなのに、大悟の表情は「してやったり」と言った具合に笑みを浮かべていた。



「これだけ輪郭ハッキリしてたら、すぐには消えないんだよな、()()()?」



『!?』



呪影の手は、大悟には届かない。


その前に、黒い物体が、地面から伸びてきて紐のように呪影の白い腕に巻きついてきたのだ。



「…………」



「あれ? 無視?」



「さっきのセクハラ発言……覚えてなさいよ?」



「わかった、忘れない様に脳内でシミュレートしておく」



「やったらタダじゃ済まさないわよ」



そう言いながら、彼女は部室の廊下から姿を見せて、そこから部室の中を覗き込む。



「まさか……探してた呪影が私のこと観察してたなんてね。


流石にそれは予想して無かったわ。そりゃ見つからない筈よね、自分の背後をずっとついて来ていたんだから。


本当に、気持ち悪いわね」



『あ、あ……!』



呪影は聖の姿を確認して大悟の事も忘れて目の無い顔を聖の方に向けている。



「で、ぶっちゃけコイツってどれくらい危ないの?」



「10段階評価でいうと……4くらいね。それでも人を殺せる力は十分あるから」



「へぇ~……なるほどなぁ」



大悟は暢気にメモを取り、そして机の傍らに置いておいたカメラをおもむろに構える。



「それじゃあストーカーくん、にっこり笑って~?」



『が、ぁああああああああああああああ!!』



その口から発せられる不快な声が怨嗟と変わり、殺気とすら思える威圧を大悟に向ける。


だが、その身体は既に聖の足から伸びている影によって全身を拘束されている。



「ほら、笑えよ(カシャシャシャシャシャシャ)」



『ああ、ああああああああ!!』



音が声に、そして絶叫に変わって部室の窓ガラスが振動する。



「くはははははは! スゲスゲ、スッゲェ! マジでスゲェよこれ!(カシャシャシャシャ)」



大悟は興奮しながらシャッターきる。


自動で連続設定にしていることも忘れて、ピントもロクに合せずに一心不乱にシャッターを切り続けた。



「出自は太陽、されど暗きかたにしか生きられず


どれのみ願ひてもかげはなんぢを救はず


その寄り辺は暗闇なりき」



姿がハッキリしている呪影の身体に絡みつく紐が、その力を強めていく。



「ならば我は月明かりとして優しくなんぢを照らし出さむ


迷はず、惑はず、揺らがず、ここに永く眠れ。


影封の第五印…………火済(カスミ)!!」



ぼうっと、空に浮かぶ月を思わせるような白っぽい熱を持たない炎が呪影を包む。



『――――…………』



呪影の絶叫は止み、その炎に包まれることを甘んじて受け入れた。


そして、ただ静かに、ただ黙ったまま、足元に広がる聖の影の中へと呑まれていく。


数秒後には、呪影は一切の音も発さずに影の中へと沈んでいくのであった。



「……封印完了」



異形がこの場から消えたことを、聖が宣言する。


その表情は、まだどこか緊張感が残っていたが


それを聞いて、大悟は構えていたカメラを降ろした。



「最後しょぼくね?」



その表情は、大層残念そうであった。





「いやぁー、面白いもんが見れたぜ。最後しょぼかったけど」



「しつこいわね、あんた」



嬉々とした表情で俺はさきほど録画したデータを確認する。



「流石は高級……手振れ補正もバッチリだぜ、良く撮れてる」



「…………うっ」



横から聖がデータを見て来たが、何故かドン引きしていた。



「どうした、こんなに良い表情してるじゃないか?」



「……あんた、よくこんなの見て平気でいられるわね」



画面に映るのは、目も鼻も無いのに、口だけで怒りの表情を表現している呪影の姿だ。


俺の人生の中で、これほどいい怒りの表情は中々得られないぞ。



「……っていうか、消しなさいよソレ」



「いいや、これは駄目だ。


ていうかもう、俺のパソコンの個人アドレスに添付メール送ったし」



「……はぁ……歪んでるわ、あんた」



「コイツ程じゃないと思うけどなぁ」



「いいえ、絶対にそいつの宿主よりあんたの方が異常よ。賭けても良いわ」



なんともまぁ心外な……って、そうだ。



「こいつの宿主って今、どうなってるんだ?」



「多分、無事よ。


呪影に関する記憶と力は完全に失ったと思うけど……あんたのおかげで」



「なんで?」



「呪影ってぼやけた状態だとすぐに逃げるから、完全に封印とか大抵はできないの。


逃げる前に、強引に封印するからそのせいで影響が宿主にまで及んで最悪植物人間状態になるのよね。


まぁ、大抵そいつらは悪事してるから自業自得ってことで済むけど……その場合、呪影の攻撃を受けた人も目覚めない可能性もあるのよね。


でも、今回は完全に封印が出来たから被害者の人もこれで目覚めると思うわ」



「へぇ……で、姿がハッキリする条件は?」



「強い感情が呪影に込められたときね。


さっきの場合は怒り……殺意にも近いものを、あの呪影があんたに向けたってことよ。


そうなると簡単には呪影はその場から消えたりできなくなるの。その分、呪影の力も強くなるけどね」



「ふぅん……ありきたりでつまらねぇな。


さて、どれを使うかは明日決めるか」



ノートパソコンを閉じて、俺は立ち上がる。



「…………ねぇ」



聖はどこか剣呑な眼差しで俺を見る。



「あんた、何者なの?」



「その質問は二回目だが……俺は単なる二年生の新聞部員だぜ」



「そういうことじゃなくて……」



だろうな、聖が聞きたいのは、きっとそう言う事じゃない。



「まぁそういうのは、おいおい判断してくれよ」



「おいおいって……」



「どうせ俺の監視があるんだからいいだろ別に。


俺がどういう存在なのか気になるのなら、お前の目で定めてくれよ。


俺は逃げないし、隠さないからよ。


ほれ、さっそく晩飯にこれ行こうぜ」



「…………まぁ、それもそうね」



サービスチケットは偉大なり。



こうして、俺こと間取大悟と、影井聖の出会って二日目の夜が始まるのであった。







ちなみに…………聖が俺の事を名前で呼ぶようになるのは、もうしばらく先の事であるのだが……それはまた、機会があった時に別の話としよう。

主人公


間取大悟


新聞部員に所属しており、学校の多くの者たちから恐れられている変人。


本人は自覚はありつつも、周囲が思うほど変人ではないと思っている。


人の怒った顔を見るのが好きで、特に反抗的な態度の方が好みなのだが、見下されるようなのは好きではないという。


そして同じくらい、自分のゴシップで人が騒ぐのが好き。


突き詰めると、人を見下して自分の掌の上で転がしたいと言う願望を持っている。


異能の類は持っていないが、精神的に異常な面が多々ある。


しかし社会に不適合しているわけでもないため今まで誰も強くそれを指摘しなかった。





ヒロイン


影井聖


ロリ巨乳ツッコミヒロイン


異能の副作用から、他人と距離を取って生活していたため周囲から浮き、結果的にミステリアスレディという風に見られるようになった。


本当はかなり感情的な気質の持ち主。食い意地もかなり張ってる。


四人兄妹の末っ子で、姉には頭が上がらない。


大悟にからかわれることで、素の自分の事を他人にも見せるようにもなる。


その一方で、大悟の人として危うい一面を気にするようにもなる。

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