3兄妹、街に出る
リディア王国王都・デイル。国内最大の街であり、政治・経済の中心であるこの地は、今日も賑やかだった。
大通りには、たくさんの店が並び、あちらこちらで客引きが行われている。菓子類や軽食を売る屋台もそこら中に溢れており、昼食時のこの時間は、どこも繁盛している。
「賑やかだなー」
魔族達が行き交う通りを、人間が3人歩いていた。
「いい匂いがする」
「あっちじゃない?」
興味津々のアレン・クリス・ユリアが、あっちへふらふら、こっちへふらふらと動き回るので、案内にと付けられた若い兵士は3人を見失わないように必死である。
「あそこの屋台で何か焼いてるな」
「うまそー!」
「え、どこー?」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいいいい」
兵士は、自分の運の無さを呪った。
3人が町に出ようと思ったきっかけは、色々と世話を焼いてくれているとある侍女の話を聞いたことだった。
立派な角を2本と尖った耳を持つ彼女は、最初に用意された客人用の部屋に付いてくれた侍女の1人だった。
噛み合わない話をなんとか噛み合わせ、必死でクラウスを説き伏せた結果、それなりに質素な部屋を勝ち取ったアレン達は、そこでようやく使用人の多くと顔を合わせたのだが、その時に双方の紹介をしてくれたのも彼女である。
世話好きらしい彼女は様々なことを教えてくれ、その中に城下の話が出てきた。
「賑やかだし、古い綺麗な街だから、今度遊びに行ってみたら?」
という薦めに従い、3兄妹が魔王にその旨を告げたのが前日のこと。話を聞いたクラウスは、善意で案内役を付けたのだが、くじ引きではずれを引いて任命された兵士にとっては不運以外の何物でもない。
「なんでくじで負けたんだろ、俺。いつもはくじ運強いのになぁ」
兵士はぶつぶつと文句を言いながら3人を追い掛ける。好きなように動き回る人間達は、案内役など必要としてなさそうだが、まさか勝手に帰るわけにもいかない。
と、
「おーい、アッシュ」
くじ引きで、見事当たりを引いた同僚達がこちらにやって来た。見事にはずれを引いた青年・アッシュは、顰めっ面を向ける。
「なんだよ」
「機嫌悪いな」
「お前がはずれを引いたのは、俺達のせいじゃないだろ?」
「そうだけどさ」
「ところでさ、"勇者"ってどんな人間なんだ?」
1人が瞳に好奇心を滲ませて問い掛けてきた。
「本人が側にいる時にそれを訊くか?」
その"勇者"達は、数歩先にいるのである。
呆れたアッシュが突っ込むと、相手は首をかしげた。
「側?それっぽい人が見当たらないんだけど。店にでも入ったんじゃないのか?」
「あー…」
同僚の勘違いの理由が分かったアッシュは、頭を掻く。
「"それっぽい"人を探そうとしたから、見付からなかったんだな…」
「は?」
「そこにいる3人がそうだよ」
そう言ったアッシュの視線の先では――、アレン達が露店の店主を相手に、値切り交渉をしていた。
「…あれが?」
「"勇者"なんだよな、あれが」
交渉はうまくいったらしく、機嫌良く財布を取り出している"勇者"は、どう見ても"それっぽい"者ではない。むしろ、この場にいる誰よりも景色に馴染んでいる。
人間特有の耳を上手に隠しているおかげでもあるだろうが、いくらなんでも馴染みすぎである。
「話には聞いてたけど、ほんっとうに変わり者なんだな」
「あそこまで馴染んでるとある意味凄いと言うか」
「面白いと言うか」
好き勝手に評し始めた同僚達を、アッシュは慌てて止める。
「お前らな!本人の側で言いすぎだって!」
「大丈夫、聞いてないって」
「いやいやいや」
「別にいいですけど。聞いてて面白いし」
「ほら、別にいいって…、え?」
アッシュ達は一斉に凍り付き、何食わぬ顔で割り込んだアレンは、悪戯を成功させた子供のようににんまりと笑った。
「す、すみません…!」
「別にいいですって」
ほけほけと笑った"勇者"は、何やらわあわあ言い合っている弟妹に気付くとそちらに行ってしまった。仲裁しようとして何か言われたらしく、三つ巴の喧嘩になっているのを見て、凍り付いていたアッシュ達も、思わず噴き出す。
人間族は恐ろしい、と言うのが、魔族の常識だ。だがアッシュは、全てがそうではない、と3人を見ていて思う。
この変わり者の"勇者"達と、少し親しくなった日であった。
名前が付いた=振り回される
がんばれアッシュ。