3兄妹、気に入られる
日常話。
勇者騒動から数日が経ち、王城は平穏を取り戻していた。
魔王と顔を合わせただけで帰ろうとした、という話が軍から広まったため、アレン達を迎え入れることに対する反発も、少なくとも城の中からは出ていない。その代わり、妙な人間達、と言う扱いになってしまったが。
そんな彼らを城に引き留めた張本人であるクラウスは、重臣達と会議を開いていた。
いくつかの議題が解決したり保留になったりしたあと、大臣の1人がそう言えば、と声を上げた。
「王太子殿下は、最近どうなさったのですかな?」
ご機嫌でいらっしゃることが多いようですが、と訊ねられて、クラウスはなんとも言えない顔になった。
「新しい遊び相手が気に入っているようだ」
「…さ、左様でございますか」
6歳の王太子は、素直で明るい性格だが、悪戯好きで元気が良すぎるところがある。
気に入られた者は苦労しているだろう、と大臣は同情した。
話題の王太子・アリウスは、今日も元気一杯だった。
廊下を乳母と共に歩いていた彼は、前方にいる青年の姿を見付けた途端、目を輝かせた。不穏な気配を感じた乳母が手を伸ばすよりも先に駆け出す。
「うわーい!」
「ごふっ」
飛び付いてきたアリウスを受け止めたアレンは、咳き込んだ。本気で息が止まった。
「ここで何してるの?クリスとユリアは?」
「げほっ、ちょ、いきなり飛び付かないでください…」
子供とは言え、次代魔王。かなり勢いが付いていた。
「殿下!」
追い着いた乳母が王太子を睨む。
「突然飛び付くのはおやめください。殿下の力で飛び付かれて、陛下のお客様が怪我でも負われたらどうなさるのですか!」
「なんで?父上は簡単に受け止めてくれるよ?」
「陛下は魔王なのですから特別です!」
「母上も受け止めてくれるよ?」
「王妃殿下もご出身は大貴族ですから当たり前です!」
余談だが、これを聞いたアレンは王妃様って力が強いのか、と感心していた。この国では、基本的に名家の出身者ほど体も魔力も強いらしいので、よく考えれば当然のことなのだが。
「とにかく、突然飛び付いてはいけません。…アレン様、失礼いたしました。お怪我は?」
「大丈夫です」
「ようございました。さあ、殿下も謝罪を」
「…ごめんなさい。痛かった?」
叱られてしょんぼりとこちらを見上げた少年に、アレンは笑って見せた。
「ちょっと痛かっただけですよー」
ひらひらと手を振って問題がないことを伝えたアレンは、膝を折ってアリウスと目線を合わせる。
「でも、他の人にはしないでくださいね。受け止め切れないで転んでしまうこともありますし、そうなったらその人はあなたを守ろうとして、怪我をするかも知れません」
「うん、分かった」
しっかりと頷いた王太子を見て、2人の大人は微笑んだ。
城の広大な庭の一角。木や茂みに半ば隠れている小さな東屋に、クリスとユリアはいた。
厨房で頼んで用意して貰った紅茶と菓子を並べていると、足音が聞こえ、アレンが顔を出す。
「あ、来た来…」
顔を上げたクリスが絶句する。
「何?どうし…」
唐突に途切れた言葉に首をかしげたユリアも、クリスの視線の先を見て目を丸くする。
2人の視線の先にいたアリウスは、テーブルを見上げた。
「おやつの時間?」
「そうですよー」
未だ固まっている弟妹の代わりに、アレンが答えた。
「僕も食べていい?」
「ご一緒してもよろしいですか、ですよ、殿下」
「ご一緒してもよろしいですか」
乳母の言葉をたどたどしく繰り返した少年に、固まっていた2人も思わず笑みを零した。
「どうぞどうぞ」
「紅茶じゃないほうがいいですか?あ、アレン兄さんは勝手に飲んでて」
「………」
緊張が解けた途端、アリウスに構い始めた弟妹に放置された兄は、1人寂しくカップに紅茶を注いだのであった。