3兄妹、説明を聞く
アレンは数回口を開閉してから、聞き返した。
「お、王妃様?」
「はい」
おっとりと微笑む魔王の妻。その唐突な登場に、アレンは唖然とした。クリスとユリアも、ぽかんとしている。
「私にはまったく驚かなかったのに、妻には驚くのか?」
魔王が不思議そうに首をかしげている。
「いやだって、魔王様が結婚してるって知らなかったし!」
いち早く立ち直ったクリスがそう言った。
「王族は、この年なら大概は結婚しているものだ」
「ああ、お世継ぎの問題がありますもんね」
アレンが納得して頷く。
「いやでも、普通王妃様って城の奥に閉じ籠もってるんじゃないんですか!?」
ユリアがわたわたと訊いた。少々偏見が入った失礼な質問に、リリアナはにこにこと答える。
「王妃は執務がありますもの。閉じ籠もることはできませんわ」
「そういうものなのかあ。王妃様って遊んで暮らせるのかと」
「ユリア、失礼だろ」
「あ!ごめんなさい」
「いいえ、気にしておりませんわ」
アレンに叱られて縮こまる少女に、リリアナはにっこりと笑い掛けた。
「こいつがそう考えるのも可笑しくないですけどね。故国の王妃は、まさにそんな感じだったんで」
クリスの言い分に、魔王夫妻は目を丸くした。
「無責任だな」
「それでは民に嫌われてしまうでしょう」
「うーん。貴族がどう思ってるかはともかく、庶民にとっては雲の上の出来事ですからね」
「ぶっちゃけ誰も気にしやしませんよ」
アレンとクリスの言葉に、魔王が顔を顰める。
「民と王の距離が遠いな」
「この国は近いですね」
「人間族の国はどれもそうなのか?」
「国によるんじゃないですか?」
アレンが返事をしている横で、ふとユリアが声を上げた。
「そう言えば、魔王様の名前聞いてないですよね」
「まあ。名乗ることもしていませんの?」
リリアナが夫を睨んだ。
「いや、機会がなくてな」
2人を眺めているアレンは、尻に敷かれてるなあ、とこっそり感心した。
「まあ、俺達も名乗ってませんし。えっと、アレン・ディクスです。で、こっちが弟の」
「クリスです。んで、こいつが妹の」
「ユリアです」
「クラウス・リノ・アルヴィーノだ」
互いに一礼する。
「それで、さっきの話ですけど」
クリスが話を戻した。
「ああ、引き留めた理由か」
そう応じた魔王――クラウスは、言葉を探しているらしく、ゆっくりと話し出した。
「知っているとは思うが、この国は小さい。それに、人間の間で言われているように皆が皆、強力な力を持っているわけでもない」
「そりゃそうでしょうね」
大して驚くこともなく、アレンはあっさりと頷く。皆が皆強いなら、侵略した人間は完膚なきまで叩き潰されているはずだ。
「だからこそ、この国は他国からの侵略を警戒しているのだが…、如何せん情報が少ない」
「そうなんですか?」
「何しろ、周辺の国との交流がない。海を渡った向こうにある獣人族とは交易があるが…、そちらからも人間族の国についての情報は大して伝わってこない」
「そういうものですか」
「密偵も放ってはいるが、容姿で簡単に魔族だと知られてしまうしな」
「ぶぐふ」
「大丈夫か?」
さらりと言われた内容に、飲んでいた茶を噴きかけたアレンは、顔を引き攣らせた。
「密偵の話とか、部外者に聞かせちゃまずいでしょう!」
「この程度は問題はない。それに」
「それに?」
「頼みたいことがあるのでな。これぐらいは説明しておかなくては」
沈黙が落ちる。
アレンは、ここまで説明しないといけないような重大な頼み事なのか!?と心の中で突っ込んだ。
「あー、なんか細かい話を聞けば聞くほど退路が断たれてる気がするんですけどねー」
ユリアがぼそりと呟いた。