3兄妹、引き留められる
「…で」
「…なんでこうなる」
両脇から弟妹達の呆然とした声がした。アレンは首をひねる。
「…さあ」
「さあ、じゃないわよ!」
ユリアに背中をばしんと叩かれた。
「この城まで来て欲しいって頼まれたときもそうだったけど、流されすぎよ兄さん!」
「う、ごめん」
「そりゃ悪い人達には見えなかったけど。でも、ちょっとは考えて行動しなさいよ!」
「悪かった。本当にごめん」
言い訳のしようもなく頭を下げている兄と、その前で仁王立ちしている妹を尻目に、クリスは部屋の入り口にいる侍女達に歩み寄った。
「すみませんねえ、やかましくて」
本来ならば魔族の天敵であり、恐怖の対象であるはずの"勇者"が、妹に遣り込められているという光景に驚いていた侍女達は、慌てて首を振る。
「いえ」
「仲がよろしいですね」
「まあ、ずっと一緒ですからね」
クリスはのほほんと笑った。
広間での顔合わせの後、アレン達は一先ずこの城にとどまることになった。というのも、とどまってくれと頼まれたアレンが、とくに考えずにまあいいかと頷いてしまった。
その結果、派手ではないがやたらと豪華な部屋に案内され、冒頭の会話になったのである。
「どっかの宿屋でよかったのになあ」
「この家具、どれも高そうだわ。傷でもつけたら、その弁償だけで賞金の大半が吹っ飛ぶかも」
「迂闊に触れねえ!」
根っからの庶民である3人は、与えられた部屋に戦々恐々としていた。何しろ、魔王の客人を迎えるための部屋である。内装にかけられている金額がいくらなのか、考えるだけでもぞっとする。
「とにかく、なるべく早く部屋を替えて貰おう」
アレンが結論を出した。
「部屋を替えて欲しい?」
次の日、わざわざ訪ねてきた魔王は、3人の訴えに目を丸くした。
余談だが、この魔王は供も付けずにのこのことやって来たので、アレン達のほうが心配になった。これでは、臣下達は苦労するだろうな、と同情する。
「この部屋は気に入らなかったか?」
「豪華すぎて落ち着かないんですよ」
「と、言われてもな…」
「使用人の部屋でいいんですけど」
ふと思い付いたクリスがそう言ったが、
「いや、それは流石に示しがつかない」
「だめですか」
やんわりと拒否されてしまった。
「じゃあ宿屋とか」
「分かった、王都の最高級の宿に」
「いやいや普通の所でいいでしょう!?」
「それは…」
だめらしい。
この辺りで、あまり気が長いほうではないユリアが焦れ始めた。
「じゃあ、もうこの国を出ましょうよ」
「な!」
ユリアは慌てた顔になった魔王をじろりと睨んで、先を続ける。
「元々頼まれてここにいるわけですし。こっちはさっさと旅立ったところで、なんの問題もないんですけど」
「う」
「と言うか、そもそもなんで引き留められてんですか?さっさと理由を言ってくれないと、あたし達も困ります!」
「ユリア、言いすぎ」
そろそろまずいと思ったアレンが口を挟んだその時。
「そちらのお嬢さんのおっしゃることももっともですわ」
柔らかい声と共に、これぞ貴婦人!という雰囲気を纏った女性が現れた。
「リリアナ」
魔王が驚いたように目を見開く。
「まったく、殿方は誰1人きちんとした説明もなさらなかったなんて。ごめんなさいね、勇者様」
「いいですけど、理由は俺も聞きたいですね」
ここ最近で耐性ができたのか、如何にも身分が高そうな女性を見てもアレンは冷静だった。が、
「わたくしはリリアナ・シェルファ・アルヴィーノ。この国の王妃です」
「…え?」
結局、その冷静さはすぐに失うことになった。