3兄妹、説明する
重い話注意。
口火を切ったのは魔王だった。
「勇者よ、先程の言葉について詳しく聞くために、ここまで来てもらった」
"勇者"という呼ばれ方に咄嗟に反応できなかったアレンは、少し考えてから慌てて頷いた。何しろ、もともとやる気がなかったので、自分の立場についてよく考えたこともなかったのである。
「そなた達は、"討伐をする気はない"と言ったな?」
「ええ、まあ。あちらの人間に付けられていたので一応ここまで来ましたけど、国境の手前でいなくなりましたし」
「国を捨てるのか?」
「捨てることになりますね。捨てたから問題があるわけでもないですし」
けろりと言ったアレンに、魔王の側にいた銀髪の青年が、不審そうに問い掛ける。
「お前達は、仕えていた相手はいないのか?仕えていた相手はいないのか?それに家族や友人もいるだろうに」
「えーっと…」
少し考えてから、アレンは逆に問い掛けた。
「何か勘違いしてませんか?」
「は?」
「俺達は騎士でも王侯貴族でもないですよ?」
広間が静まり返った。
「で、では、何故"勇者"になった?」
気を取り直した魔王の質問に、アレンは頭を掻く。
「いやー、武闘大会で優勝したら王宮に呼ばれて、何がなんだか分からないうちにそういうことに。ちなみに武闘大会に出場したのは賞金目当てです」
「そ、そうか…」
"勇者"という言葉の印象をことごとくぶち壊す青年に、魔族側は完全に沈黙した。
「で、先程の質問の答えですが、もともと流しの用心棒なので忠誠もへったくれもありません。血を分けた家族は後ろの弟妹達だけです。養父を含めた親しい人達も元々流浪の暮らしなので、迷惑はかかりません」
想定外の返事に臣下の許容量が一杯になっている中で、魔王が眉を寄せたのを見て、アレンは首をかしげた。
「その…」
「はい?」
「実の両親は…」
先程とは別の意味で、広間が静まり返った。
アレンは苦笑して答える。
「十数年前にこの世を去りました。…当時の王位争いの、巻き添えを食らって」
クラウスは絶句していた。周りの者達も、何も言わない。
その王位争いの事は覚えている。これで、しばらくはこちらに手出しする暇はないだろうと皆で安心していた。その事が、ひどく後ろめたい。
「…確か、終盤で市街戦が起きたのだったな」
ぽつりと聞こえたのは誰の声だったのか。
人間族の青年は、淡々と答える。
「はい。当時住んでいた地区全体が燃えてしまって。両親とも、焼け落ちた家から逃げ遅れました。俺自身は、まだ乳飲み子だった妹を抱いて、弟と一緒に間一髪で炎から逃れましたが、今度は飢えで死にかけました。特に妹は、飲ませる乳がなくて。血を舐めさせて凌いでたんです」
不意に彼は苦笑した。凄絶な過去を語っていたにも拘わらず、穏やかな顔で。
「…すみません、訊かれてもいないことまで話してました」
「…いや、最初に訊ねたのはこちらだ」
「まあ、そんなわけで、あの国の底辺で生きてきた貧乏人ですから、誰にも迷惑はかかりませんよ」
あっけらかんと言い放つ彼も、けろりとした顔で頷いてる弟妹達も、無理をしているようには見えなかった。