3兄妹、魔王に会う
アレン達が野営をしている頃、リディア王国の王城では、魔王を始めとした国の重鎮達が話し合っていた。
議題は、もちろん勇者達についてだ。
国境の見張りから、勇者らしき人間がいる、という知らせが連絡用の魔水晶で伝えられたのである。ひとまず、見張り達は待避させ、魔王は会議を開いた。
「民に被害が及ぶのは困るな」
第35代魔王クラウス・リノ・アルヴィーノは、眉をひそめた。
200年ほど前には、入り込んできた勇者のせいで、国境の村がいくつか滅んだこともある。
クラウスも臣下達も、同じことを繰り返す気はなかった。
「何故、彼らは攻め込んでくるのでしょう」
1人が溜め息をつく。
「人間族の間では、我々は悪者だからな」
クラウスは苦笑した。
魔族は略奪をし、人を喰らうと言われるが、それは濡れ衣である。この国の住民は、山脈と海に守られ、大人しく暮らしている。
物語に出てくるような強い力を持つのはごく一部で、大半の民はわずかに魔法が使える程度。寿命も能力も人間族とほぼ同じだ。
違うのは見た目だけ、その見た目もほぼ変わらない者もいる。
だから、勇者などに来られても迷惑だ。
「仕方ない」
すくっと立ち上がった魔王を、ほかの者は驚いて見上げる。
「国境で私が迎え撃つ」
この国の民を、誰も傷つけないために。
次の日の朝、アレン達はのんびりと下山していた。
見張りには気付いていたのだが、放置した。もともと、こっそり入り込む気はない。
麓に着くと、30歳前後に見える漆黒の髪と瞳を持ち、尖った長い耳の男が剣を持って立っていた。後ろには、兵士がずらりと整列している。
「あの人が魔王ね」
ユリアが呟く。
「やっぱり、ここまで出てきたか」
「兄さんの予想通りだな」
3人はうんうんと頷く。
一方、鋭い聴覚で3人の会話を聞き取ったクラウスは、思わず舌打ちしそうになった。
どうやら、おびき出されたらしい。
褐色の髪と青灰色の瞳の"勇者"らしき青年が、口を開いた。
「あなたが魔王ですか?」
思いのほか丁寧に話し掛けてきたので、クラウスは目を見開く。後ろの兵士達も、少しざわついた。
「そうだ。お前は勇者だな?」
「…多分?」
あやふやな返事に、辺りが静まりかえる。
その沈黙を破ったのは、勇者の弟らしき金茶色の髪の青年だった。兄と同じ色の瞳を眇めた彼は言う。
「じゃ、これで達成じゃね?魔王のところについたし」
「そうだな」
勇者が頷くのを見て、気を取り直したクラウス達は身構えた。が、
「よし、撤収ー」
「また野宿かー」
2人の青年は、くるりと踵を返した。
「………。は?」
後ろにいた将軍が、思わずというように呟いた。クラウスも、同じ気持ちである。
と、1人残った少女が、慌てたように仲間に呼び掛けた。
「ちょっと!すぐ帰ったらだめじゃない!」
そうだろうな、とクラウスは思わず頷いてしまった。
少女は続ける。
「人様の土地に勝手に入り込んでおいて、挨拶もなしに行くつもり?」
「はあ?」
今度こそ、声に出してしまった魔族達を責めることはできないだろう。
彼らが見ていると、青年達は慌てて戻ってきて、少女共々頭を下げる。
「すみません、勝手に入り込んで」
「いやー、これが一番手っ取り早かったもんで」
「お騒がせしてごめんなさい」
「…いや、いい。この国を攻撃しに来たのかと思ったが、違うのか」
思わず、気が抜けた返事をしてしまったクラウスに、勇者が笑顔を見せた。
「魔王を討伐してこい、って言われたのは確かですけど」
「そうなのか」
「涙ながらに訴えられて、魔王の所に行くって返事したのも確かですけど」
「…けど?」
「"行く"としか言ってないので、討伐は約束してません」
「………」
その流れで行くと言ったなら、討伐を約束したことにはならないのだろうか。
「向こうは討伐しに行くと思い込んでくれたので、勘違いはそのままにしてさっさと出発しました」
「貰うもんは貰ったし、もうあの国に用事はないし」
「あの国にはそれほど愛着がないので、どこか別の国にでも行きます」
そして、3人はにっと笑った。
「勇者は悪を倒すから勇者ですよ」
「平和に暮らしてる相手を攻撃する気はないんで」
「これまでの勇者は、相手のことをちっとも調べない大馬鹿ばかりだったわけですけど、私達とは同列にしないでいただけるとありがたいです」
クラウスも将軍も兵士達も、ぽかんと口を開けた。