それぞれの理由
(お前を殺す!)
手のひらから超能力の槍を放とうとしたアヤトの頭に、白いブラウスを着た女の微笑みが浮かんだ。
(く、くそ!)
無意識に目を瞑り、光の槍を無理矢理放ったアヤトは…至近距離でもあった為に、瑞穂を殺したと思った。
「まさか…貴様は」
しかし、現実は違った。
瑞穂に放たれたはずの光の槍は、あらぬ方向に放たれて…学園の一部を破壊した。
「貴様は…」
瑞穂とアヤトの間に、血走った目をした女が飛び込んで来て、手のひらをアヤトに突きだしていた。
「超能力反射鏡か」
女の手のひらの中に、光るものを確認したアヤトは軽く舌打ちをすると、反射的に顎を引いた。
その瞬間、顎先数センチ先を、女の爪先が通り過ぎた。
「貴様は!貴様は!」
かわされた足を床につけると、それを軸にしてさらに、もう片方の足で膝蹴りを狙う。
「クッ!」
アヤトは顔をしかめると、数メートル後ろにテレポートした。
「な、何だよ!これは!」
司は、二人の動きを見て、思わず声を上げた。
とにかく危険であるとだけ判断すると、瑞穂の手を取り、反対方向に走り出した。
「きゃ!」
思わず声を上げた瑞穂に、司はごめんとだけ言うと、強引に連れていく。
「チッ」
アヤトは、女越しに遠ざかっていく二人の後ろ姿を見て、舌打ちした。
「貴様は、何者だ?」
アヤトの視線を邪魔するかのように、女は体を横にずらした。
「あいつと同じ匂いがする。しかし!」
女は学生服の胸元を緩めると、中からあるものを取り出した。
「それはあり得ない!何故ならば、あの男は死んだからだ。我々を裏切り!そして、あの女に利用され、裏切られて!」
そして、取り出したものを、アヤトに向かって突きだした。
「装着!」
眩い光が放たれ、女の体を包む。
「見解の違いだな」
アヤトは目を細めながらも、女の変化にフッと笑って見せた。
光が消えた時、アヤトの前に白銀の鎧を纏った女が立っていた。
「闇夜の刃!乙女シルバー!見参!」
その姿を見て、アヤトは、静かに構えた。
「生徒会長の忘れ形見か」
「神原君!どこにいくの?」
引っ張られながら、聞いてくる瑞穂に、
「安全なところまで」
とだけこたえる司。
ただひたすら廊下を走っていると、二人の前に、如月さやかが姿を見せた。
「パンドラの箱か」
さやかは、近付いてくる瑞穂を見て、呟くように言った。
「!」
進路を塞ぐように立つさやかに気付き、司の速度が落ちた。
「こっちに来て」
さやかは顎で、行き先を示した。
「え!」
戸惑う司に、さやかは告げた。
「迷っている暇はないはずよ」
「は、はい」
司は頷くと、さやかに導かれて歩き出した。
「あの男との関係者ならば!来訪者の一味か」
乙女シルバーとなった女の攻撃を、テレポートで避けながら、その言葉にアヤトはせせら笑った。
「来訪者が今、来るかよ!」
「貴様!何者だ!」
乙女シルバーの攻撃が音速を超えようとした瞬間、アヤトは消えた。
「逃げたか」
乙女シルバーは攻撃を止めると、変身を解いた。
「乙女シルバー!?」
解く寸前、偶然廊下に姿を見せた輝は、目の前に立つ乙女シルバーに目を丸くした。
「え!生徒会長じゃない!」
九鬼ではない変身後の姿に、驚く輝。
「…」
女は振り返り、輝に一瞥をくれると、前を向き歩き出した。
それから、徐に携帯を取り出すと、前を睨みながら、話し出した。
「マスター。この時代に無事に着きました。報告を受けていたミュータントとも接触しました。これより、任務を開始します」
「了解した。頼んだよ。アカツキ」
「はい。マスター」
アカツキは携帯を切ると、ウェーブのかかった黒髪を靡かせながら、速度を速めた。
「ち、ちょっと!待って!」
思わず見送りそうになった輝は、慌ててアカツキを追いかけようとした。
すると、アカツキはいきなり、足を止めた。
「!」
その動きに追いかけようとしていた輝が、止まった。
「高坂部長に伝えて下さい。この件に、あなた方の手出しは無用です。詳しくは近い内に、…我々のマスターが説明に伺いますと」
そこまで告げると、アカツキは廊下の窓から外に飛び出した。
「な!な!何だよ?」
状況が理解できない輝は、その場でしばらく立ち尽くすことになった。
「ようこそ。理事長室に」
黒谷理事長の笑顔に導かれて、応接間まで案内された司。
瑞穂は、さやかとともに先に帰っていた。
「水樹さんから聞いたわ。彼女を助けてくれたそうね」
「え…ま、まあ…」
初めての理事長室に、初めての偉いさんの登場に、司は反応に困ってしまった。
「これからも、彼女を守ってあげてほしいの」
台を隔てて座る黒谷の笑顔に、司は本能的に圧迫感を感じていた。
「そ、それは…当然です」
目を逸らしながらも、力強く頷く司に、黒谷はさらに笑顔をつくると、最後にこう言った。
「だけど、特別な感情をもっては駄目よ」
「!」
目を見開く司。
その数十秒後には、理事長室から出ていた。
釘を刺されたような感じになったが、司はしばらくとぼとぼ歩いてしまった自分に渇を入れるかのように、首を横に振った。
「そんなことで!」
ぐっと拳を握りしめると、その場から走り出した。
「部長」
理事長室から一番近い階段の影に、身を潜めていた緑は、司が見えなくなると廊下に姿を現した。
「ああ…わかっている」
緑からの連絡を受けて、高坂は口許を緩めた。
「さやかが話さないならば、こちらで探るだけだ。要注意は、転校生水樹くんだが…さっきの彼もまた、因果の中にいるかもしれない」
高坂は携帯を切ると、歩き出した。
「とにかく、真実を探るぞ。それが、学園情報倶楽部の使命だからな」
「フン」
不満そうに鼻を鳴らした葉山七海もまた、廊下を歩いていた。
「あら?不機嫌ね」
その後ろ姿を見て、いつのまにか廊下に姿をみせた上野沙知絵が笑った。
「あんたか」
七海は足を止めると、振り返った。
「人間って、ほんと面白いわね」
沙知絵は、優しく微笑んだ。
「あんたに、何がわかる」
七海は、沙知絵を睨み付けた。その瞬間、衝撃波が沙知絵を襲ったが、彼女は涼しい顔でそれを受け流した。
「あの男が、あれと結ばれなくても、結果は同じなんでしょ?どうしても邪魔したいと?」
沙知絵の問いに、七海は吐き捨てるように言った。
「こんな時でも、うじうじと返事を待っている自分が嫌なだけだ!」
全身を震わす程の怒りを露にする七海を見て、沙知絵は目を閉じた。
「それに、あんたは何故ここにいる!あんたの力ならば、やつらを追い払うことも…!」
と七海が叫んだ瞬間、彼女の口に人差し指が当てられた。
「あたしは、どうする気もないの。人間が愛する故の結果として、この世界が滅んだとしても、それはそれでいいと思っているわ」
「な」
「それに、あなただって〜世界を救いに来たわけじゃないでしょ」
「くっ!」
七海は、顔をしかめた。
「愛することと、憎しむこと…。人間ってほんと面白いわ」
沙知絵は、七海から離れた。
「あたしは、この愛憎の縺れが、どうなるかを知りたいだけの…単なる傍観者よ」
沙知絵はクスッと笑うと、その場から消えた。
「くそ!化け物が!」
七海は、沙知絵がいた空間を睨み付けた。
「くそおおおっ!」
そんな七海の横を後ろから、司が走り過ぎた。
(え!)
七海の背筋に、電流が走る。
(つ、司くん…)
フラッシュバックする記憶。
去っていく彼に、何も言えない自分。
(そうだ…。私は)
七海は、遠ざかっていく司の背中に改めて誓った。
(あなたに、思い出させる為に、ここに来た!)
「え!」
走りながら、背中を押されたような感じがして、司は足を止めた。
「誰だ?」
それに何故か…懐かしい匂いがした。一瞬ではあったが、故郷の匂い。
「そう言えば…あいつどうしてるかな?」
司は、故郷で仲が良かった幼なじみのことを思いだした。