惹かれあう運命
すべてが無に向かい。すべてが、形の愛に向かうならば…それは幸せなのか。
有なき無の行為により、人は地に落ちる。
「今日から、このクラスの仲間になる…水樹瑞穂さんと神原司君だ。新しい学校に来て、わからないことが多いと思う。みんな助けてあげてほしい」
二人の転校生の紹介が終わると、アヤトはちらりと隣に立つ司に目をやった。
そんな視線に気付かずに、司はガチガチに緊張していた。
(フン)
アヤトは心の中で鼻を鳴らすと、緊張でガチガチになっている司から気を逸らした。
その瞬間、アヤトは絶句した。
(な!)
アヤト達がいるクラスから窓ガラスを隔てて、向かいの校舎の屋上にライフルを持った不審者がいたからだ。
(チッ)
アヤトは心の中で、舌打ちすると、目に力を込めた。
「マスター。ターゲット確認しました。これより、この時間から排除します」
屋上を囲う金網の隙間から銃口を出し、黄色いオカッパの髪をした少女がアヤトのいる教室内を狙っていた。
肩と首を押さえた逆さの携帯を切ると、無表情のままで少女は引き金を弾こうとした。
「クッ」
その瞬間、顔の表情は変わらなかったが、明らかな苦悩の声を喉の奥から絞り出した。
「あり得ませんわ」
それでも、少女は引き金を弾き…弾丸は放たれたはずであった。
しかし、コンマ数秒の間に、弾は消滅していた。
「この反応が…今の時間にあり得る訳がないのです」
少女は銃口を金網から抜くと、着ている衣服の胸元を開いた。
「神原。水樹さん。空いてる席についてくれ。先生…忘れ物をしてしまったようだ」
アヤトは申し訳なさそうに、愛想笑いを浮かべた後、席に着いている生徒達に告げた。
「しばらく自習だ」
愛想笑いのまま教室を飛び出すと、アヤトは廊下に足を付けると同時に…そのまま、消えた。
「あり得ませんわ」
開いた胸元から、二つの白い乳房の真ん中の少し上にある…カラータイマーのような石が肌に埋め込まれている姿が露出した。
「この時間に、あり得ない存在」
点滅する石を見下ろす少女の頭に、影が落ちた。
「それは…お前も一緒だろ?」
「な」
少女は無表情のまま、顔を見上げた。
そして、自分の頭上に浮かぶ…アヤトを発見した。
「あり得ません。この時間…アダムとイブは出会っていません。彼らが接触することで、それを触媒にして、生まれたはずです」
落下してくるアヤトを避ける為に、少女は後方にジャンプした。
「まったく…手間をかけさせる」
少女がいた場所に着地したアヤトは、目を細めた。
「周囲に、水蒸気の幕を張った。このやり取りは、普通の人間には見えない」
「やはり」
少女は頷き、アヤトに目を向けた。埋め込まれた石は、点滅を速めた。
「事実は認めましょう。それが…マスターの教え」
少女はライフルの先を持つと、一気に曲げ…まるでルービックキューブを回すように、ライフルを数秒後に球に変えた。
「この時間に…いた」
少女は丸くなったライフルを後方に無造作に捨てると、腰を屈め、ゆっくりと構えた。
「ミュータントがいたことを」
少女がコンクリートの床を蹴った瞬間、姿が消えた。
「速いではないな」
アヤトは笑うと、右の手のひらを後ろに向けた。
すると突然、空中で姿を現した少女の蹴りを受け止めた。
実際には、手のひらと少女の爪先の間には、数センチの空間が開いていた。
「テレポートか」
アヤトはにやりと笑うと、空中で止まっている少女の爪先を掴み、コンクリートの床目掛けて叩きつけようとした。
その次の瞬間、アヤトはさらに後ろから異変を感じた。反射的に身を捩り、少女を後方に投げつけた。
「御姉様」
緑の髪をしたアフロディーテが、少女を受け止めていた。
(水蒸気の幕を逆に利用して、接近してきたのか)
アヤトは二人から距離を取るために、後ろ向きでジャンプした。
(それに…)
アヤトの額から冷や汗が、流れた。
(接近されるまで、まったく感知できなかった…。幕が少し揺れたから、わかったが…)
アヤトは髪の色だけが違う…二人の少女を凝視した。
(緑に…黄色。後、赤があったら……!?)
そこまで思考して、アヤトは思い出した。
(ドールか)
アヤトはフッと無理矢理笑うと、全身の力を一瞬だけ抜くと、一気に力を込めた。
(やつらがそうだとしたら…。全力で排除する)
アヤトが力を込めると同時に、少女達の胸元が輝き出した。
「な!」
「この力…特Aレベル」
アフロディーテはどこからか、二本の日本刀を取りだし、両手で握り締めた。
「この時代に、これ程のミュータントがいるはずがありません」
少女は、アフロディーテの前に行くと、右手で彼女を制した。
「カミューラ御姉様?」
アフロディーテは日本刀を構えたまま、首を傾げた。
「ここで、超能力バトルをする訳にはいきせんわ。やつらに気付かれるかもしれません。それは、マスターが一番、恐れていること」
カミューラと呼ばれた少女の言葉に、アフロディーテは頷いた。
「マスターの言い付けでしたら」
日本刀を下げたアフロディーテの隣までカミューラは下がると、腕を掴んだ。
「今日は引きます」
そして、二人は消えた。
「ふぅ〜」
周囲から二人の気配がないことを確認すると、アヤトは息を吐き、空を見上げた。
「それでも、俺は…やるしかない」
雲ひとつない青空に目を細めると、その場からテレポートした。
「…」
転校先の初めての授業が自習という空間の中で、神原司は緊張し、横目で周りの反応を確認するという転校生の普通の反応をしていなかった。
なぜならば、隣となった水樹瑞穂の横顔に目を奪われていたからだ。
偶然同じクラスとなり、偶然席が並んで空いていた。
(これは…運命だ)
母親の死により、心に隙間ができていた司は、久しぶりに温かさを感じていた。
それは、独り善がりの温かさであったが…司には、必要なものであった。
「ごめん。待たした」
教室の扉を開けたアヤトの目に、瑞穂を横目で見つめる司の姿が目に入ってきた。
(運命か…)
アヤトは、拳を握り締めると、
(しかし、変えてみせる)
教室の中に入った。
(その為に、俺はここに来たのだ)
顔は笑顔で、態度は柔和に、アヤトは教壇の前に立った。
「授業を始めます」
「起立!」
当直の生徒の号令に、司は驚き、飛び上がるように立ち上がった。