闊歩
「ひどいめにあったな」
何とか大蛇を捕獲した高坂達は、学園の地下にある部室でくつろいでいた。
「部長が、大人しくしてれば、すぐに捕まえられましたよ」
部室の壁に木刀を立て掛け、その横で腕を組む緑はため息をついた。
「…」
そんな2人の会話を背にしながら、キーボードに指を走らせる舞は、ディスプレイに次々と学園の様子を映していた。
学園に仕掛けられた監視カメラは、トイレなどプライベート空間を除いて、あらゆるところにあった。
しかし、舞個人が無断で仕掛けた監視カメラは…ぎりぎりまでをとらえることができた。
いつもよりも、速い指さばきでキーボードを打つ音に、高坂は眉を寄せた。
「何がおかしなことがあるのか?」
後ろからの高坂の質問に、舞は指を止め、顎に手を当てた。
「別に、ないんですが…」
舞は顎から手を離すと、キーボードを弾いた。
すると、何かに驚いている輝の映像が映った。
「…」
しばらく考え込んだ後、舞は口を開いた。
「馬鹿はどこですか?」
同時刻。
さやかと転校生が去った理事長室を訪れる男がいた。
コンコンと二度ノックをすると、男は理事長室に入った。
「失礼します」
一礼し中に入ってきた男を見て、黒谷は眉を寄せた。
「どちら様で?」
その言葉を聞いて、男は頭を下げながら、口許を緩めた。
「いやですね。理事長」
そして、男が顔を上げた時、黒谷の表情は一変した。
「た、橘…先生」
「そうですよ」
男は笑顔をつくり、
「今日から赴任してきた…橘アヤトですよ」
ゆっくりと足を進めた。
「そ、そうでしたわ。橘先生!」
黒谷も笑顔になった。
「理事長…。確認事項がございまして…」
アヤトは、黒谷の目を見つめ、
「私が担任となるクラスに…転校生は来ますね」
強い口調で訊いた。
「はい」
黒谷は頷いた。
「それは、男ですか?女ですか?」
アヤトは、目に力を込めた。
「両方です」
黒谷は、淡々とこたえた。
「…やはり」
アヤトは下唇を噛み締めると、目を細め、
「男を別のく」
黒谷に命じようとした時、理事長室にノックの音が響いた。
「失礼します」
ドアが開き、中に入ってきた女生徒は、机の向こうでぼおっとしている黒谷を目にし、
「理事長。朝早くすいません。先日、議会で決まったことをご報告に」
少し首を傾げながらも、話を続けた。
「え!あっ…生徒会長」
黒谷は目をパチパチさせ、目の前にいる女生徒を確認し、
「橘先生は?」
理事長室内を見回した。
「橘先生?」
女生徒は、眉を寄せた。
「新任の先生ですよ」
「新任の先生…?」
女生徒は、黒谷の言葉を繰り返した。
「生徒会長か…」
いつのまにか理事長室を出て、廊下を歩くアヤトは、息を吐いた。
「彼女は勘がいい。接触するのは、この学園に馴染んでからだ」
そして、廊下を曲がると、足を止めた。
「何とか…間に合ったか」
呟くように言うと、登校時間を迎えようとする朝の空気を吸い込んだ。
「ここか…」
校舎の前に来た司は、慣れない学生服の襟を正した。
「どうなるのか」
司は深呼吸をすると、背を伸ばした。
「上手くやっていけるかな」
「止めなければならない」
アヤトは歩き出した。
「クラスに馴染めるか?転校なんて初めてだからな」
司は、校舎を見上げ、
「最初が肝心だな」
唾を飲み込んだ。
「絶対に会わせてはいけない」
アヤトは、前を睨んだ。
「でも、楽しみだな」
緊張しながらも、期待に胸を膨らます司。
対照的に殺気にも似た雰囲気を醸し出す…アヤト。
そして――。
「学園の案内は、これで終了よ」
生徒達が来る前に、学園の主要な場所を案内したさやかは、転校生に顔を向けた。
「わからないことがあったら、あたしに言ってね。基本的には、新聞部の部室にいるから」
「はい」
転校生は頷いた。
「…」
屈託のない転校生の笑顔に、さやかは無言で微笑みながらも、心の中で、黒谷が告げた言葉を思い出していた。
(彼女は、パンドラの箱です)
さやかは数秒だけ、転校生を見つめ、パンドラの箱の意味を探った。
(そして、彼女を狙う者が現れるはずです。その者から彼女を守ってほしいのです)
と黒谷に言われた時、さやかは尋ねた。
(何者かに狙われているなら、警察か何かに頼んだ方がいいのではないですか)
さやかの言葉に、黒谷は首を横に振った。
(この学園でなければ、いけないのです。何故ならば、この学園は…)
「ところで、わたしのクラスはどこになるのでしょうか?」
転校生の言葉に、さやかは我に返った。
「ク、クラスは…担任の先生が案内してくれるようだから、職員室に行きましょう。でも、一応…場所は言っておくわ」
さやかは、廊下の窓から隣の校舎を手で示し、
「中央館の二階…Bクラス。そういえば確か…同じクラスに、あなたの他に転校生が来るらしいわ」
転校生に笑顔を見せた。
「わたし以外に…転校生ですか。お会いするのが楽しみです」
転校生は、さやかに微笑んだ。
「そうね。どんな子かしら」
さやかは、転校生を職員室に案内する為に前を向いた。
その頃、職員室に自分の席を確保したアヤトは、目を瞑り、じっと座っていた。
(来る)
気配を察知したアヤトは、ゆっくりと目を開けた。
(例え、隠そうが…俺にはわかる)
職員室の扉が開き、さやかと転校生が入ってきた。
(瑞穂)
アヤトは、さやかのそばにいる転校生を見つめた。
「失礼します」
さやかが挨拶した時には、2人の前に、アヤトが立っていた。
「水樹瑞穂さんですね。あなたの担任になる…橘です」
アヤトは、優しい笑みをつくった。