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 挿話 C'est La Vie(前編)

 二学期の期末テストも終わり、冬休みが間近に迫った十二月のある日――、

「ねえ、四方堂さん。最近遠矢君、すごくピリピリしてるみたいだけど、何かあったのかな?」

 四方堂円は学生食堂で昼食をすませ、教室に帰ってきたところでクラスメイトに声をかけられた。

「ん? 遠矢っち? ……んー、まぁ、何かあったっちゃー何かあったし、理由もわかりきってんだけどね」

 答えながら円は自分の席に向かった。後ろには話しかけてきた女子生徒が続く。

「じゃあ、やっぱり? 千秋君が急に転校になったせい?」

「……ノーコメント」

 円は明言を避けた。

 つい先日のことである。一年の千秋那智が急に転校していったのは。表向きには海外留学のためとなっているが裏にはいろいろな事情があり、円はそれを熟知する立場にあった。

 ここ最近、遠矢一夜が荒れているのは円の目から見ても一目瞭然だった。しかし、あれも胸中複雑なのだろう、と、今は放っている。

「とりあえず、こっちからちょっかい出さない限りカタギの人間には噛みつきゃしないでしょ」

 そう言うと自分の席につく。

 椅子に腰掛け顔を上げると、そこには先ほどの女子生徒の他に五人ほど集まってきていて、円はぎょっとした。要するにみんな一夜のことが気になっていて、これ幸いとばかりに話題に飛びついてきたのだ。

 しかし、話はみるみるうちに一夜と那智を少数派の恋愛形態に当てはめた、憶測と願望の混在した夢のあるものへと変わっていった。

(あははー……)

 円は無関心を装いつつも、心の中で苦笑いをした。

「まぁ、兎に角、あれも気持ちの整理がついてないみたいだし、今はほっといてやってよ」

 円はそう言ってこの話に収拾ををつけようとした。

 が、それは見事に失敗に終わる。

「あっら~? 四方堂さんってば遠矢君をつかまえてそんなこというわけ? 『~してやってよ』なんてまるで保護者みたい」

「は、はい?」

「そーそー。『あれ』だなんて言ったら、もう所有物扱いよね」

「い、いや、そーゆーつもりは……」

 さらに別のクラスメイトからも攻撃を受け、円はたじろぐ。

「なにげに遠矢君と千秋君の両方と仲よかったりするし、いったいどうなってるのか説明して欲しいわよね」

「ふたまた!? さてはふたまたなのね!?」

「ぶはっ。なんでそうなんのよ!?」

 円はあまりの結論に椅子ごとひっくり返りそうになった。

「第一、なっちは司のモンでしょうがっ。つーか、遠矢っちとは何もな……、あー、うん、兎に角いろいろ前提条件がおかしいっ」

 言葉の途中で一瞬だけ目が泳いだ円だった。

「じゃあ、円の好みのタイプってどんなのよ?」

「それについては前々から公言してるっしょ? 雪山で遭難しても捜索活動が打ち切られた頃に自力で下山してくるようなサバイバビリティが高くて、バイタリティの塊みたいな男だってさ」

「もっと現実的に!」

「げ、現実的に?」

 なぜにすでに固まっている自分の好みを全否定されないといけないのか。円は理不尽なものを感じながらも、とりあえず質問の意に沿った答えを探す。

「だったら、そうね。アタシがこんなだから……、アタシより背が高くて、大人っぽくて理知的で物静かなタイプかな?」

「それ、モロに遠矢君……」

「前言撤回っ!」

 円は光の速さで自分の発言を取り消した。

 そして、ヤケクソ気味に続ける。

「年下で背が低くてかわいくて、無駄に元気で子どもっぽいタイプ! これでどうよっ」

「それ、ダイレクトに千秋君……」

「……。

 ……。

 ……。

 ……ちょっと風に当たってくる」

 円はもう言い訳をする気力も尽きたようで、力なく立ち上がった。

 アタシは自分でも気がつかないうちに好対照ながらストライクゾーンど真ん中の男をふたり捕まえていたのだろうか、と本気で悩みはじめる。そう言えばふたりに対して抱きついてみたり抱きしめたりしたことがある。自分では単なる抱きつき魔だと思っていたが、もしかしたら何かのアピールだったのかもしれない。思考は自ら泥沼へとはまっていく。

 と――、

「あ、そうそう。肝心なこと忘れてた」

 ふらふらと教室の外へ出て行こうとしていた円をクラスメイトのひとりが呼び止める。最初に声をかけた女子生徒だ。

「さっき遠矢君とすれ違ったの。体育館裏に行こうとしてたみたい」

「体育館裏?」

「うん、そう。あそこって変なのがいるじゃない? だから、注意しようと思ったんだけど……」

 あンのバカ。円は心の中で毒づいた。

 体育館裏には普通の聖嶺の生徒とは毛並みの違う、平たく言えば不良が四人ほどよくたむろしている。金も家柄もあるが素行の悪い連中である。一学期、一夜はその彼らを相手に仇討ち半分鬱憤晴らし半分で大乱闘をしたことがある。まさかまた?と円は嫌な予感を覚える。

「で、注意しようにも遠矢っちがピリピリしてたから声がかけられなかったってわけね」

 どうやら冒頭の話はここに繋がるらしい。

「ううん。やっぱり遠矢君に話しかけるのって恥ずかしくて……」

「止めろバカッ」

 なぜか顔を赤くしているクラスメイトは放っておいて、円はすぐに駆け出した。

 

 

 

 円が到着したときには、すでにあらかた終わっていた。

 地面には例の不良が四人うめき声を上げながら転がり、一夜だけが立って体育館の外壁にもたれていた。一夜は乱闘で乱れた前髪を鬱陶しそうに片手でかき上げ、息を整えている。無傷ではない。制服は乱れているし、顔には殴られた痕がある。口の端も切っているようだ。

 円に気がつき、ちらりと見た。

「残念やったな。今終わったところや」

 一夜は何の感動も含めずに言った。

「残念じゃないでしょっ。アンタ何やってんのよ!?」

「……害虫駆除」

「質問の意味をまんま取ってじゃないわよ。そうじゃなくてっ。怪我したらそうすんのって言ってんの」

「まあ、無傷とはいかんな。俺もそんなようできてへんし」

 言って一夜は手の甲で口の端を拭った。痛みが走ったのか、殴られてなお端正な顔をわずかに歪ませた。

「だから心配してんでしょうが。この前は腕だったからまだよかったけど、頭殴られたらどうするつもりだったのよっ」

「そんときは俺がアホやったってだけやろ」

「この……っ」

 円はさらに何か言い返そうとしたが寸前で思い留まった。これ以上何を言っても無駄だと思ったのだろう。代わりに「こいつは……」と声に出さずに呟く。

 円はひとまずここから離れた方がいいと判断して、一夜を促した。

「ホント、勘弁してよね。こっちは落ち込んでる司の面倒もあるっていうのに、これ以上世話かけさせるんじゃないわよ」

 ふたりで表に向かって歩きながら円はため息を吐いた。

 気持ちはわからないでもない、と円は思う。円だってまったく相談もなし去っていった那智に腹立たしさを覚えると同時に、それほどまでに苦しんでいたことに気づいてやれなかった自分を情けなく思っている。一夜の中にもそんな標的の定まらない感情があるのだろう。

「面倒やと思うんやったら俺のことなんかほっといたらええ」

「そりゃそうなんだけどさ。それができないのが円姐さんなのよね」

 そう言って円は苦笑する。

「さて、手当てをしないといけないんだけど、保健室に行くといろいろと追求されそうよね。……しゃーない。また部室に行きますか」

「これくらい何ともないわ」

「ンなわけあるかっ。ほら、いいからきなさい」

 どうせ口で言っただけでは聞かないだろう。ならば、腕でも掴んでむりやり引っ張っていくしかない。そう思って円は手を伸ばした。

 しかし――、

 パシン、と鋭い音を鳴らして、円の手は払われた。

「な……っ」

「どうやらはっきり言わんとわからんらしいですね、四方堂先パイ。要するに俺にかまうな言うてるんです」

「……」

 拒絶。

 ここまではっきりとした拒絶は初めてだった。

 確かに最初は嫌われてるみたいだった。それでも時間をかけて距離は縮まってきたと感じていた。口では何だかんだ言いながらも受け入れられていると信じていた。だから、円にとって、一夜のこの態度は少なからず衝撃だった。

「……」

「……」

 ふたりは体育館脇で立ち止まって向かい合う。

 もう少し行けば表に出る。昼休みで開放された体育館には多く生徒が行き交い、その喧騒が遠くここまで聞こえてくる。しかし、だからこそ死角で対峙しているふたりは、まるで世界から隔離されたようだった。

「アタシはアンタが心配だから――」

「那智ももうおらん。先パイが俺にかまう理由はもうないはずですが?」

 円の言葉に一夜が割り込む。

 対する円は、今度は次第にムカムカしてくるのを感じていた。

「アンタねぇ! アタシはアンタのことを純粋に心配してんの!」

 というか、一瞬で沸点にまで達した。

「何でそこになっちを挟む必要があるわけ? アンタはなっちの付属品か? 従属物か? そうじゃないでしょうがっ!」

 円は一気にまくし立てた。

 しかし、一夜はわずかに驚いた表情を見せ、続けて困ったように顔を背けたあと、

「……大きなお世話や」

 ぽつりと言った。

「お節介もええけど、相手見てやるんやな」

 そして、ひとりスタスタと先に歩いていってしまう。

(カッチーン……)

 これには円も頭にきた。

「遠矢っちのバカーっ」

 去っていく背中に叫んだが、一夜は立ち止まりもしなかった。

 角を曲がって一夜の姿が消えてから、円は体育館の横壁にもたれた。

「……」

 思い知らされた気がした。

 一夜は円との間に那智を挟んで、ワンクッション置いて見ていたというのだ。確かに一夜に近づいたきっかけは司と那智のことだったが、今はそんなことはもう関係ないと円は思っていた。だというのに……。

「あーあ、ちょっと泣きたいかも」

 円は壁にもたれたまま冬の空を仰いだ。

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