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第16話(1) 光

 視神経管骨折による血腫の視神経への圧迫――。

 それが失明の原因らしい。

 手術による血腫の除去は可能。ただし、視神経との位置関係があまりにも微妙で、下手に触れて傷つけてしまえば、今度こそ確実に目が見えなくなる。

 無事に成功する確率はきわめて低く、手術に臨むならそれなりの覚悟が必要となるだろう。

 

 

 

-+-+- 第16話(1) 「光」 -+-+-

 

 

 

 僕が司先輩と面会したのは、事故から一週間近くが過ぎた、翌週末だった。

 事故以来一度も会っていない。

 理由は、僕に会う勇気がなかったことと、仮にそれを望んだとしても先輩のお父さんが許さなかっただろうという二点。幸か不幸か、先輩が今どんな気持ちでいるのかは僕の耳に入ってこなかった。

 しかし、昨晩、円先輩を介して病院にきて欲しいという連絡があった。

 僕にそれを断る権利はなく、こうして今、病室の前に立っている。

 個室のスライド式のドア。

 僕はそれをノックしないといけない。だが、手が出ない。迷っていると隣に立っている円先輩が僕の背を叩き、早く行きなさい、と促した。僕の背は叩いても、代わりにドアは叩いてくれない。それは自分でしろと言っているのだ。

 僕は意を決してドアを叩いた。

「どうぞ」

 びくっと体が跳ねる。

 一週間ぶりに聞く先輩の声。それは思ったより落ち着いていた。

 刹那的に逃げ出したい衝動に駆られた。やはり合わせる顔がない。このまま回れ右して帰ってしまいたくなる。

 そのとき、円先輩が再び背に触れた。さっきよりも少しだけ力を込め、僕を押す。

「……」

 僕はドアの取っ手に手をかけた。

 車椅子でも通れる幅と病人にも開けられる軽さが維持された扉が、ゆっくりと横にスライドする。

 白くて清潔感に満ちた部屋。

 その窓際のベッドに、先輩はいた。

 薄いピンク色のパジャマを着て、白いカーディガンを羽織った先輩が僕を見ている。いや、正確には、こちらのほうに顔を向けている、だろう。

 ベッドの上に座ってる先輩は想像していたよりもずっと元気そうで、TVドラマでよく見かけるような目に包帯なんてこともなかった。ただし、こめかみの上辺りに厚いガーゼが当てられ、井形にテープで止めてあったが。

 先輩は少し考えた後、言った。

「そこにいるのは那智くんね」

「……はい」

 驚いた。こっちが何を言っていいか迷っているうちに、先に先輩が僕だと言い当ててしまったのだ。

 もう逃げられない。

 僕は返事をしてから、一歩、中に進み入った。

 先輩はいつものようにやわらかく微笑む。

「よかった。今まで一度も連絡がなかったでしょ。だから、もうきてくれないかと思っていたの」

「いえ、そんな……」

 そんな……なんだ?

 今までぜんぜん会う勇気が持てなかったくせに、それなのに呼ばれたらそれも拒絶できなくて。結局、自分からは何ひとつやってないじゃないか。

「こっちにきて、ここに座って」

 先輩は椅子ではなく、ベッドの端を叩いて示した。

 僕はおそるおそる歩み寄って、そこに腰を下ろした。ベッドはあまりスプリングが利いていないように感じた。それでも病院で使われているのだから医学的にも人間工学的にも問題はないのだろう。

 先輩は僕の腕に触れると、そこから辿って手を握ってきた。その感触はかつてといかほども変わっていない。

「体はどうですか?」

 僕は訊いた。

「見ての通り、すっごく元気よ。眉の上を少し縫ったんだけど、外科の先生がきれいにやってくれたんだって。目立つ痕は残らないそうよ」

 先輩は嬉しそうに答えた。

 なぜそんなふうに笑えるのだろう……?

「……それは、安心しました」

 僕も笑おうとしたけど、できなかった。

 中途半端な笑顔。

 こんなもの先輩には見せられない。

「……」

 僕はバカか? 見せられる見せられない以前に、先輩はもう見られないじゃないか。

「どうしたの、那智くん? 元気がないみたい」

 そう言って先輩は僕の手を少し強く握った。

 ああ、もう避けられない。

「先輩、目が……」

「ええ、そうね。でも、それがどうしたの?」

「どうしたって……」

「確かに今は見えないわ。でも、那智くんが入ってきたときもわかった。こうして元気がないこともわかった。光を失くしたことが何なのかしら? わたしの光は――」

 そこで先輩は言葉を切り、掌で僕の頬に触れた。

「ここにあるわ」

「……」

「那智くんがそばにいてくれる限り、わたしは光を失ったりはしない」

 そして、先輩は見えない目で僕を見て、優しく微笑んだ。

「ごめんなさい、先輩。僕のせいで……」

 涙が、あふれる。

 そんな僕を先輩はそっと抱いてくれた。

「ごめんなさい! ごめんなさい……!」

 先輩の胸の中で僕はバカみたいに泣いた。

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