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 〃 (2) 理解されない人

 誰がいちばん早口言葉が上手いかという話。

 自ら得意だと名乗りを挙げたのが円先輩で、反対に不得手だと自己申告したのは僕だった。

「はい。じゃあ、なっち。リピート・アフタ・ミィ」

 電車のボックス席、斜め向かいに座る円先輩が僕に言った。苦手だと言っているのに、なぜそうやって試そうとするか。

「『隣の客はよく柿喰う客だ』」

「と、隣のガキはよく客喰うガキだっ」

 よし、言い切ったぞ。

「いきなり食人嗜好カニバリズムか……」

 が、しかし、隣で呆れたように一夜。

 ……どっか間違ってた?

「次いくよ。『坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた』」

「坊主が屏風に上手にジョーズの絵を描いた?」

 なぜか疑問形になったけどばっちりのはず。

「なかなかスペクタクルな屏風ね。……ええ、まあ、虎の屏風もかなりスペクタクルだとは思うけど」

 今度は司先輩に感心されてしまった。どうやらまた間違ったらしい。

「だから苦手って言ったじゃないですか」

「なんかそれ以前の問題って気もするけどね」

「僕ね、舌が少し長いんですよ。ほらほら」

 そう言って舌を出し、その先で鼻の頭にちょんちょんと触れてみせる。僕の数少ない特技のひとつだ。

 が――、

「「 うわぁ…… 」」

 それを見て先輩ふたりが絶句した。……なんだろ? そんなに引かれるような芸をやったつもりはないんだけど。

「な、なに、その反応!?」

 予想外の反応に僕が驚いて訊くと、円先輩が代表してひと言。

「……そこはかとなくエロい」

「何でっ!?」

 

 

 

-+-+- 第15話(2) 「理解されない人」 -+-+-

 

 

 

「それで、これはどういうことかしら?」

 他愛もない話題がひと段落つくと、司先輩が切り出した。

 今、僕たちは電車のボックス席に座っている。男女に分かれ、窓側に円先輩と一夜が、通路側の席に司先輩と僕が向かい合わせになっている。

 司先輩はミニスカートにレッグウォーマ、上着としてショート丈トレンチを羽織っている。頭にはキャスケットをかぶっているので、どことなくボーイッシュな感じだ。ケヤスケットは誕生日に僕がプレゼントしたもので、こうして身に着けてくれているのを見ると嬉しくなる。

 円先輩はデニムのロングパンツにスタジャンという男前なスタイル……と思っていたのに、空調の効いた電車に乗ってファスナを下ろしてみたら、中は大胆に胸の開いたシャツを着ていた。

 女の子というのは、可能な限り防寒よりファッションを優先するものらしい。

「どういうことって何がよ?」

「ええ、円と遠矢君、いつの間にここまで進んでいたのかなと思って」

 司先輩が少し意地の悪い口調で言うと、途端、円先輩は「ついにきやがったな」みたいな顔になった。

「あ、それは僕も知りたい」

 円先輩には悪いけど好奇心には勝てない。

「一夜って円先輩のこと嫌いだと思ってた」

「那智くん、それはわかっていなさすぎ。夏休み前頃からふたり仲よかったじゃない」

「え!? そうだったんですか?」

「……いえ、那智くんにこの手の話題に対する察しのよさを期待したわたしが間違いだったわ」

 ため息混じりに言われてしまった。

 それじゃまるで僕が鈍感みたいじゃないか。

「それで――」

 と、司先輩は改めて円先輩を見た。

「な、なによ……?」

 円先輩は完全に警戒モードに入っている。気持ち的にはファイティングポーズを取っているに違いない。

「いつからデートするほどの仲になったのかしら?」

「い、いや、違うんだってば。アタシらそんなんじゃなくて……」

「へぇ。じゃあ、何なのか教えて欲しいわ」

 司先輩は追求の手を緩めない。

「何って……ねぇ、遠矢っち?」

 助けを求めるように円先輩はぎこちない笑いとともに一夜を見た。が、その一夜はというと釈明も弁解も放棄したのか、それともそもそも他人事だと思っているのか、我れ関せずとばかりに窓枠に肘を突いて外を眺めていた。

「この……っ」

 役に立たない相方に、円先輩が思わず拳を固める。凄いぞー。カッコイイぞー。今度はぜんぜん息が合ってないぞ、このふたりー。

「一般に男の子と女の子がふたりきりで遊びに行くことをデートと呼ぶと思うんだけど?」

「あ、そう言えば……」

 司先輩に言葉に反応したのは僕だった。

「僕が先輩と初めて遊びに行ったときは、デートなんて言葉ひと言もなしだったなぁ。今じゃそれが初デートってことになってるけど。もしかして、僕って騙された? ……おおっ!?」

 いきなり向かいに座る司先輩が足をぴんと伸ばして蹴ってきた。かろうじて僕は腰を捻り、足の位置を変えてそれをかわした。

「騙してません。人聞きの悪いこと言わないで頂戴」

 暴力テロルの後に警告が飛んできた。

 最初から制裁はやめて欲しい。せめて警告と威嚇の段階を踏んでもらいたいものだ。あと、あれだ。そういう短いスカートで足を跳ね上げたりするのはどうかと思ったり思わなかったり。

「け、結果的にあれが最初になっただけです。当時はかわいい後輩をお姉さんが遊びに連れ出すだけのつもりでした」

 なぜか知らないけどふくれっ面でキレ気味に司先輩は言った。

「そう、それっ。アタシもね、別に深い意味はないわけよ。かわいい後輩であるところの遠矢っちと遊んでやろうと思ってさ」

 ここぞとばかりに円先輩は司先輩の言葉をなぞってきた。なんかもう必死だな。

「おい、一夜、言われてるぞ。かわいい後輩だってさ」

「……やかましいわ」

 隣の一夜を肘でつついて言うと、間髪入れず言い返してきた。

「ふうん。まぁ、いいけど」

 と、口では言っているものの、司先輩は相変わらず疑いの眼差しを向けている。

 ほっとしている円先輩にここで、『今はそうでもこの先どうなるかわからないし』なんて言ったらどうなるだろうな。経験に基づいてるからけっこう説得力あるぞ。

「あ、ほら、司、見えてきたよ。あれ、観覧車じゃない?」

「どれどれ? あ、ホントだ」

 どうやら窓の外には本日急遽決まった目的地である遊園地が見えてきたらしい。指差す円先輩に司先輩が寄りかかるようにして、ふたりで外を見ている。僕は進行方向逆向きに座っている上、通路側なので見えそうにない。

 はしゃぐ司先輩を見ながら僕は思う。

 本当にどうなるかわからないものだな、と――。

 今、目の前に司先輩がいる。

 遠くから眺めて、風の噂に話題を聞くだけだった憧れの先輩が、すぐそばにいる。そして、これからもずっと一緒にいようと約束した。初めて先輩を見たときには、こんなことになるなんて考えもしなかった。

(本当、どうなるかわからないよな)

 手をつないで、

 デートを重ねて、

 キスもして――

「……」

 って、あー……。

 こんなこと考えていたら、蒼司がくだらないこと言っていたの思い出しちゃったよ、ちくしょう。

「ねぇ、那智くん、着いたら最初にどこに行く?」

「……ホテル、かぁ」

「ぇ……」

 そりゃあさ、僕だって男だからそういうこと考えないわけじゃないけど、そんな単語を出したら、一気にリアルになって嫌だよな。生々しいっていうか。……まったく。蒼司め、妙な呪いをおいていきやがって。

 丁度そのとき、電車のアナウンスが流れた。もうすぐ遊園地前の駅に着くらしい。

「ぃよしっ。じゃあ、行きましょうか」

 それを合図に僕は邪念を振り払い、勢いよく立ち上がった。

 と――、

「……」

「……」

「……」

 なぜか三人とも座ったままぽかんとした様子で僕を見上げていた。何なんだろう、この状況は。

「どうしたんですか?」

 司先輩を見る。

「え、えっ!? あ、あの……」

 が、先輩は突然顔を赤くしてしどろもどろになった。

「い、行くの……?」

「行かないんですか?」

「い、いや、行かないとか嫌とかじゃないけど……その、いきなり……だから……」

 言いながらついには下を向いてしまう。

 確かに遊園地行きはいきなり決まったことではあるんだけど。それにしては先輩の反応が変だな。

「?」

 腕を組み、首を捻ると隣の円先輩と目が合った。

「ア、アタシらが口出すことじゃないから……っ」

 慌てて両の掌を胸の前で振る円先輩。

 ……こっちもか。

 ていうか、なんか話が噛み合ってなくないか?

「でも、もう着きますよ?」

「え? もうっ!? そんな……」

「遊園地」

「……え?」

 瞬間、気の抜けたような声を出す司先輩。

「遊園地?」

「遊園地です」

 何を今さら。

「そ、そう。遊園地! 遊園地よね。あは、あははは……」

 そう言って先輩は乾いた笑いを漏らす。

 が、突然、掌で口と鼻の辺りを覆うと、ふぅ~、と気を失ったように円先輩の膝の上に倒れ込んだ。

「何なのよ、さっきのひと言は~」

「まあ、なっちだからねぇ」

 円先輩は同情した様子で司先輩の頭を撫でている。……なにげに失礼なことを言われているような気がしないでもない。

「なに、司、期待したの?」

「……」

 司先輩は黙ったままだった。

 どうでもいいけど、もう着きそうなんですけど。

 

 

 

>> c/w

 

「よし。じゃあ、行くぞ、一夜」

 そう言うと、那智くんは遠矢君を引き連れてカウンタへ向かった。

 遊園地に着くと、わたしたちはまずフードコーナーにきた。お昼ごはんには少し早い時間だけど、混む前にすませてしまおうということになった。

 システムは街のファーストフードショップと同じなので、那智くんと遠矢君が買いにいって、わたしと円は席を確保しつつ待つ。

「ホントのところはどうなのよ?」

 ふたりの背を眺めながら、わたしは円に訊いた。

「こっちは那智くんとふたりっきりのデートを棒に振ってるんだから、円の正直な気持ちを聞かせてもらわないとわりに合わないわ」

「自分勝手な主張ありがとさん。嬉しくて涙が出てくるわ」

 円は皮肉を込めて言った。

「遠矢君のこと好きなの?」

「どうなのかねぇ」

 まるで他人事のような言い様だ。

「でも、今日みたいにふたりきりで逢ってるなら、そういう気持ちも少しはあるんでしょ?」

「かもね。……でも、どっちかって言うとアタシが勝手にあの子の世話を焼いているだけって感じかも」

 円は少し寂しげな調子で言う。

 視線の先ではカウンタで注文をしている那智くんと遠矢君の姿があった。

「遠矢っちってさ、あれでちょっと弱い部分があって、ほっておけないのよね」

「ふうん」

 遠矢君は一年生にしては大人っぽくて落ち着いていて、しっかりしているからとてもそうは見えない。だけど、円が言うのだから本当なのだろう。

「まあ、尤も、あっちはあっちでそんなアタシに合わせてくれてるみたいだし、けっこう余裕あるのかも」

「あら、だったら遠矢君も満更でもないんじゃないかしら?」

「だといいねぇ」

 そう言って円は軽く笑う。

 どうやら円は自分の行為に下心もなければ、見返りを求めてもいないらしい。そういうところは世話焼きな彼女らしいと思う。

「だいたいさ、遠矢っちには他に大事なやつがいるんだから」

「え? そうなの!?」

 聞いたらダース単位の女の子が卒倒しそうな情報を、円はさらりと言った。

「おっと。この先は司にも内緒。誰かなんて聞いても無駄だからね」

「……まあ、いいけど」

 そういうのは円ひとりが知っておけばいいことだろう。

 那智くんと遠矢君がカウンタから離れた。ふたりはそれぞれトレイを両手に持ってこちらに帰ってくる。歩きながらお喋りをしているらしく、実に楽しげだ。

 初めて見る那智くんの表情。

 きっとあれは同性の親友にしか見せない顔なのだろう。軽く嫉妬を覚える。

 そして、遠矢君の表情もやっぱりわずかに柔らかかった。

 

<<

 

 

 

「あれ?」

 気がつくとグッズショップにひとりでいた。

 司先輩もいなければ、一夜や円先輩もいない。周りにはぜんぜん知らない顔と、この遊園地のマスコットキャラのグッズばかり。さっきまで一緒に店内を回っていたと思ったんだけどな。いつの間にかはぐれてしまったらしい。

「さて、どうしよう?」

 何となくぬいぐるみをひとつ掴み上げ、相談してみる。もちろん、返事はない。されても困るけど。

 と――、

「お土産ですか?」

 声をかけられて振り向くと、営業スマイルの店員さんが立っていた。今のひとり言がお土産に悩んでいるように見えたのかもしれない。

「女の子へのプレゼントでしたら、他にもいろんな大きさがありますよ」

 店員さんが示した先を見ると、確かに窓際にお友達と一緒に並べておけそうなものから、プロレス技をかけられそうなものまであった。

「プレゼント、か……」

 店員さんがそんなことを言うから、司先輩に買ってあげたら喜ぶかな、なんて真面目に考えてしまった。

「あ、いたいた。なっちってばまだこんなとこにいたのね」

 今度は円先輩だった。

「なに迷子になってんのよ」

「いや、そういうつもりはなかったんですけどね。いつの間にか……」

 僕としてはそんなこと意図してないんだから、それを何故と問われても返事に窮するわけで。

 そんな僕らを先ほどの店員さんがにこにこと笑顔で見ていた。

 そして、円先輩にひと言――、

「かわいいカレシですね」

「「 いや、それ違う 」」

 思わずふたりで声をそろえて言ってしまった。

「何を隠そう、この先輩には僕なんかじゃなくて、もっとお似合いなやつがいるんです。無口で温度ひっくい眼鏡ヤローですが」

「それも違う!」

 即座に斬って捨てる。やっぱりあくまでも認めないつもりらしい。

「見ず知らずの他人にいい加減なこと吹き込んでんじゃないの。ほら、行くよ。みんな外で待ってんだから」

「ふぇ~い」

 襟を掴まれ、引っ張られる。なんだ、みんなもう外に出てたのか。

 いつまでも引きずられてるのも格好悪いので、僕は円先輩の横に並んだ。

「僕と先輩って、そんなふうに見えるんですかね?」

 さっき店員さんに言われたあれだ。ふと疑問に思ったので先輩に訊いてみる。

「んなわけないでしょ。なっちだって脊髄反射で否定してたでしょーが」

 それもそうか。じゃあ、あれは接客中のリップサービスってとこか。そう言えば、その昔、司先輩と一緒のときも似たようなこと言われたな。今なら何て答えるだろう。そうです、と胸を張って言うのも恥ずかしいよな。

 てなことを考えてるうちに店の外に出た。

 円先輩の言った通りすぐ近くのベンチで司先輩と一夜がいた。一夜はベンチに座ってゆったり構えている。

 一方、司先輩は――、

「もぅ。いったいどこに行ってたのよ~」

 腰に手を当て頬を膨らませ、わかりやすい「怒ってますよ」のポーズ。が、しかし、相変わらず拗ねているようにしか見えない。

「いきなりいなくなったら心配するじゃない」

「そういうつもりは毛頭ないんですけどね」

 視点を変えればそっちがいなくなったとも言える。

「しかも、呼びにきた円先輩とは店の人に恋人同士と間違えられるし、さんざんですよ」

「そんなこと言われたの!?」

 きょとんとした顔をして司先輩が訊き返した。それから円先輩と僕の顔を交互に見る。拳を顎に当て、なにやら考え込むと、おもむろに神妙な顔つきで言った。

「アンバランスもここまでくると、円の方がそういう趣味かなって思うのかしらね」

「ない。それはない」

 ここでも円先輩はきっぱり否定した。

 

 

 

 そして、またひとりになっていたりするが、今度は迷子ではない。

 ……いや、まあ、さっきのだって迷子とは認めてないんだけど。

 まず最初に司先輩と円先輩が、飲み物でも買ってくる、とそろってふたりで行ってしまい、その後、一夜がトイレに旅立った。結果、今、僕はひとりでベンチに座っている。

 そしたら、そんなわずかな隙を突いてトラブルが起こったりする。

「もしかして君、ひとり?」

 三人組のお姉さんに声をかけられてしまった。

「……」

 こういうものを呼び寄せてしまうのは体質的なものなのかもしれない。

 常識的に考えて、入場料払って入る遊園地にひとりできるはずがないと思うのだけど、この人たちはそういう考えには至らないのだろうか。

「いえ、こう見えてもデートできてますので」

 変なお誘いを受けないうちに丁重にお断りしておく。こう言えばしつこくつきまとわれることもないだろう。

「どうした、那智」

 と、丁度いいところに一夜が帰ってきた。

 瞬間、流れる空気が変わるのを肌で感じた。

「あ、デートって、そういうことね」

「う、うぇ……?」

 三人組のひとりがけったいなことを言い出す。もしかして、何か勘違いされた?

 前言撤回。

 一夜、なんて間の悪いときにきやがるか。

「そうや。そういうことやから邪魔せんといて」

「うぇーい!」

 ところが、一夜まで異界の言葉を口走る。

「ごめんね。デートの邪魔しちゃって」

「あ、いや、その……」

「がんばってね。あたしたち、応援してるから♪」

「そうじゃなくて……」

「お幸せに~」

「お、おし……ッ」

 間で右往左往する僕。しかし、僕に口を挟む間も与えず、お姉さん方は口々に好き勝手なことを言って去っていった。

「一夜ぁ」

 僕は恨みのこもった目で一夜を見る。

「どうした?」

 しかし、一夜はそんなのどこ吹く風でまた同じことを言った。

「なんてこと言うんだよ。お前のせいで勘違いされたじゃないか」

「気にすんな。どうせ二度と会わん」

 割り切りやがったな。

 この後、帰ってきた司先輩にこのことを話したら、すっごい微妙な顔をされてしまった。

 

 

 

 ティーカップというものにはじめて乗った。

「うぅ。気持ち悪ぃ……」

 そして、降りたときにはこの有様。

「大丈夫、那智くん?」

「たぶん、むり。……誰ですか、トチ狂ったようにハンドル回しまくったのは……」

「あははー」

 もちろん、犯人は今笑ってる司先輩である。

 しっかし、あれだけ高速回転したってのに、同乗していた円先輩と一夜はぜんぜん平気なんだな。涼しい顔で歩いてる。鋼鉄のような三半規管だ。

「……」

 ちっくしょー。

 僕だってその気になれば、これぐらいなんともな……

「っととと……おおっ」

 むりにまっすぐ歩いてみせようとしたら見事に失敗。僕の意志とは関係なく体はよろけ、斜め前に進んでいく。

「おっと、大丈夫かい?」

 そして、ようやく係員の制服を着た男の人に受け止められて停止した。アルバイト風の若いお兄さんが心配して声をかけてくれる。

「もぅ。むりしないの」

 それから遅れて司先輩が駆け寄ってきた。

 OK、わかった。むりは禁物らしい。

 僕がまっすぐ歩くのに司先輩が手を貸してくれる。その先輩に係員のお兄さんは爽やかに語りかけた。

「ははっ。かわいい弟さんですね」

「……」

「あー……」

 行け。今だ、僕。ここは一発、胸を張って事実を言ってやるんだ。

 が、しかし、隣から漂ってくる異様な雰囲気に圧されて言葉が出てこない。勿論、この場合、隣というのは司先輩のことだ。

「おーい、どうした?」

 さらに遅れて円先輩と一夜が駆けつけてきた。

 そして――、

「なんで!? どうして!? どうして円や遠矢君ですら恋人に間違われるのに、なんでわたしだと姉弟なのよーっ!?」

 司先輩、爆発。

 

 

 

 十二月は陽が暮れるのが早い。

 気がつけばもう太陽が傾いて、辺りは少し暗くなりはじめている。

 僕は不意に観覧車に乗りたくなった。

 今、高いところに上がれば景色のいい眺めが見られるのではないかと思ったからだ。ジェットコースタでもいいかもしれないけど、上がった次の瞬間には急降下していて、きっと楽しむどころではないだろうし。

「そうね。それはいい考えだわ」

 司先輩が快く賛同してくれた。

 これまで激しいアトラクションばかり乗っていたので、ここらで少し落ち着きたいと思ったのかもしれない。

「んじゃ、アンタたちふたりで行っといで」

「円先輩は?」

「アタシたちはここで待ってるから。だいたい観覧車なんて大勢で乗るものじゃないわよ」

 時と場合によるかもしれないけど、確かにこの場合、そうかもしれないな。

「そ。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわ。……行きましょ、那智くん」

「あ、はい」

 そうして僕たちは、ひらひら手を振る円先輩に見送られながら、観覧車に向かった。

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