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第13話 ゴー、ゴー、ヘブン

 3時間目の授業が終わって――放課後。

 司先輩と僕は、平日と比べて格段に利用者が少ない土曜日の学食で、向かい合って昼食をとっていた。

 穏やかに流れる時間と、他愛もない話。

 が、

 そのゆったりとしたひとときをカチ割るようにして、それは現れた。

 

 

 

-+-+- 第13話 「ゴー、ゴー、ヘブン」 -+-+-

 

 

 

「ほんっと腹立つわ、あの子はっ」

 円先輩だった。

 ご立腹らしい長身の先輩は、自販機で買ったのであろう缶コーヒーをテーブルに叩きつけるようにして置きながら、自らも豪快にどすんと腰を下ろした。僕の隣の席だ。

「なぁに、どうかしたの?」

 そう訊く司先輩の声はやや呆れ口調。

「べっつにぃ」

 円先輩は相当腹に据えかねているのか、何があったか話すのも嫌といった態度だ。

 しかし、そこはさすが親友といったところか、司先輩はだいたいのことを察したようだ。

「ははぁん。さては途中で愛しのダーリンに会って、一緒にお昼を食べようと誘ったら、素っ気なく断られたってことろかしら?」

「うぇ!?」

「ち、違うわよっ」

 驚く僕と、慌てる円先輩。

「あら、違うの?」

「後半は確かだけど……」

 円先輩は口ごもる。

「つーか、先輩にそんな人、いたんだ」

 初耳だ。

「い、いや、アタシとあれは別にそんなんじゃなくて……」

「いったいどんな人なんですか?」

「いーのっ。なっちはそんなこと知らなくてっ」

 そう言って僕の追求を力技でうっちゃり、やけくそ気味にコーヒーをあおった。

 そんな円先輩を見て、司先輩はくすくすと笑っている。この様子だと相手が誰か知っているか、もしくは大方の予想はついているのだろう。まぁ、円先輩が隠したがっているのだから、僕はこれ以上は訊かないけど。

「それにしても酷いやつですね。せっかく円先輩が誘っているのに、それを断るなんて」

「あれもひねくれてるっていうか、ねじくれてるからねぇ」

 諦めたような口調の円先輩。

「その点、那智くんはそういうことないものね」

「よねぇ。なっちの素直さの半分でもあればいいのに」

「……」

 いったいどんだけひねくれたやつなんだ?

「円ががさつだからじゃないの?」

 司先輩がからかうように言う。

「いや、アタシ、そこまで女を捨てたつもりはないんだけどさ」

「そうですよ。僕なんかから見れば十分に女らしい人だと思いますけどね」

 そりゃあ多少性格に男っぽいところがあって、男の僕でもやたらと親しみやすかったりするけど。それに、何よりも目に毒なそのスタイルが……って、それは口に出して言えないな。

「だもんで、円先輩ほどの女の人を邪険に扱う男の気が知れないです」

「あぁ、なっちはやっぱりいい子よねぇ。……アタシも今からなっちに乗り換えようかなぁ」

「はい?」

「ちょっと! なに言ってるのよ!?」

 司先輩と僕の声が重なる。

「い、いや、僕には司先輩がいますので……」

 何となく身の危険を感じ、イスに座ったまま上半身だけで距離を取る。

「司に飽きたときにでも相手してくれたらいいから」

「意味がわからねぇよっ」

 酔ってんじゃないだろうな、この人。

「えー、いいじゃーん」

「ぎゃあ!」

 いきなり抱きつかれ、僕の口から悲鳴が漏れた。

 身体に当たる柔らかい感触があったが、そんな悠長なことを言ってはいられず、慌てて円先輩を押し返した。

「まーどーか! いー加減にしなさいよ」

 向かいで司先輩が冷ややかに非難の声を上げた。

「ていうかさ、なっち、"ぎゃあ"はないんじゃない、"ぎゃあ"は?」

「い、いえ、つい……」

 いきなりのことで確かに悲鳴は上げましたが。

「傷つくわね、その反応。……腹が立つから本気で襲ってやるわ」

「へ?」

 次の瞬間、僕は円先輩に捕まっていた。

「☆×■◎※△ーーーー!?」

 悲鳴にならない悲鳴とはまさにこのことだ。

 僕の頭は円先輩の豊かな胸に抱え込まれ、目の前は真っ暗、声を出すことはおろか、息もできない状態。何とか逃げようとするが、円先輩が離そうとしない。そんな状況なのに、頭の隅では「エアバッグで窒息するのって、こんな感じなんだろうな」とか考えていた。

 そのとき――、

 バン!

 と、テーブルを叩く大きな音が響いた。

 驚いた円先輩がようやく僕を解放し、ふたりして音のした方を見る。――司先輩が真っ赤な顔をして立ち上がっていた。

 勿論、先輩が両手でテーブルを叩きながら立ち上がったのだということは容易に想像がついた。

「やばい。司先輩がキレる」と、僕は次に展開されるであろう惨事を予測して、恐怖に震えた。おそらく円先輩も同じことを思ったに違いない。

 が、しかし――、

 それはいっこうに訪れなかった。

 立ち上がって僕らを見下ろす司先輩と、座ったまま司先輩を見上げる僕ら。時間が止まったかのようにその構造のまま固まる。

 最初に動いたのは司先輩だった。テーブルの上に置いていた両の掌をゆっくり離し、背筋を伸ばす。それからテーブルを回り込んで、僕のすぐそばまでやってきた。僕はその動きを、首を巡らせて追っていた。

 司先輩はおもむろに、宣言するように言う。

「那智くんはわたしのものです」

 そして、円先輩がしたのと同じように、その胸に僕の頭を抱きしめた。

 瞬間、真っ白になった。

 真っ黒ではなく真っ白。

 目の前が、ではなくて、頭の中が。

「……」

 声が出せないというか、出ない。あまりのことに身体は硬直。声どころか息をすることすら、僕の体は忘れてしまったようだ。

 僕の様子がおかしいことに気づいたのは円先輩で、

「司、それ……」

「え? きゃーっ、那智くん!」

 聞こえてきた司先輩の悲鳴は妙に遠く、直後、僕は口から魂を吐き出して、意識をフェードアウトさせた。

 

 

 

 学校から駅までの道を行く。

 隊列は僕を先頭に、後ろに司先輩と円先輩が並ぶというフォーメーション。

 時折、

「「 う~ 」」

 という威嚇するような声が聞こえる。どうやらさっきの学食の一件で妙な確執が生まれてしまったらしく、後ろのふたりで睨み合いをしているらしいのだが、正直、怖くて確認したくない。

 というか、もう知らん。早く帰りたい。

 

 

 

 電車に乗り込む。

 土曜の昼過ぎの電車は中途半端な空き具合。座席はあちこち空いているけど、3人が並んで座れるほどではない。なので、ドア付近に固まって立った。

 閉まったドアにもたれるようにして司先輩と円先輩。その正面に僕が吊り革を持ちながら立つ。

「……」

「……」

「……」

 言葉はない。あるのは変な緊張感ばかり。それが先ほどのように先輩ふたりの睨み合いによって生まれたものならまだいい。だけど、どうにもふたりとも僕の様子を窺っているように見えるのだ。それもハンターの目で。

 自然、こちらも緊張してしまう。

(生きて帰れるかな……)

 ていうか、何で僕が狙われてるのだろう?

 根本的な疑問にいきついたそのとき――、

 ガタン!

 と、電車が大きく揺れた。

 それでバランスを崩したのか、

「おっと……」

「ッ!?」

 円先輩が真正面から抱きついてきた。

「いやぁ、電車が揺れたからさ。……なっち、大丈夫?」

「……」

 大丈夫です、いちおう。吊り革持ってたし。でも、それを訊くなら、まず離れてくれぃ。なぜ密着したまま訊きますか? おかげでふたつの身体の間で何か柔らかいものがつぶれてああああぁ。

「大丈夫、那智くん?」

 どっかーん。

 司先輩が円先輩に体当たりをかまして、押しのける。

「危ないから、那智くん、こっちにきたら?」

「え、ええ……」

 司先輩は不明瞭な返事をする僕を引っ張り、自分と立ち位置を入れ替えた。今度は僕がドアを背にして立つことになる。

 そうしてから、司先輩は僕の足の間に片足を差し込み、

 両手を僕の腰に回して、

 って……、

「ちょ! 何してるんですか!?」

「何って……さぁ、何かしら?」

 悪戯っぽくて、でも、見ていると不安に駆られるような笑みを浮かべ、司先輩は顔を近づけてくる。

 ……ヤバい。

 何されるかわからないけど、これじゃ電車の中で時々見かけるバカップルの構図そのものじゃないか。

 そう頭で考えていても、体がまったく抵抗できていない。

 体全体で感じる司先輩の体温や柔らかさが、危険な麻薬のように僕から抵抗する意志を奪っていく。むしろこのままでもいいじゃないかとさえ思えてきた。

「とうっ」

「きゃあっ」

 今度は円先輩が司先輩を突き飛ばした。

「こんなところでいちゃついてると周りに迷惑よ。……ねぇ、なっち?」

 と言いつつ、円先輩はさり気なく司先輩と入れ替わって僕の正面に立った。

「ひぃ!」

 僕は思わず小さな悲鳴を上げた。

 司先輩から死角になるところで円先輩は僕の手を掴み、自分の足へと引っ張って触れさせたのだ。太腿の外側だけど、かなり高い位置だ。びっみょーにスカートの内側。きわどい。

「つ、司先輩、助けてっ」

 僕は思わず助けを求める。

 が。

「え?」

 その司先輩は「なんで?」みたいな顔をしていた。

「……」

 見れば司先輩もいつの間にか至近距離に立っていて、ちゃっかり円先輩の脇をカバーするようにして僕の逃げ道を塞いでいた。バスケでいうとディフェンダふたりにコフィンコーナーに追いつめられたようなものだ。

 あ、れ……?

「え、えっと……」

 さっきまでこのふたり、いがみ合っていたよな? それが何で今は協力してるわけ? つーか、僕、絶体絶命!?

「あ、あの、先輩方? 降りなくていいんですか?」

 おそるおそる尋ねてみる。ふたりが降りるのは次の駅だ。

「今日はいいわ」

 と、円先輩。にんまりと笑う。

「えっと、どこまで行かれるのでしょう……?」

「そうね。終点までかしら?」

 楽しそうににっこり笑って司先輩。

「……」

 そ、そうか、終点か。あまり行ったことはないけど、優に30分はあるな。

「ぼ、僕、次の駅で降りるんですけど、別につき合わなくていいですよね……?」

 祈るような気持ちで問いかけた僕に、ふたりはとても素敵な笑みで答えてくれた。

「もちろん――」

「つき合ってもらうわ」

 ひいいいぃ~~!

 

 

 

 因みにこの後、次の駅は宣言通りスルーしたものの、その次の駅ではこちら側のドアが開き、僕はそこから転がるようにして脱出した。

 そこでゲーム終了。

 けらけら笑う先輩ふたりを見て、僕はようやくからかわれていたことを理解した。

 とは言え、僕にとってはちょっとした恐怖体験。軽い人間不信を起こした僕に、先輩たちはハンバーガのセットを奢ってくれた。

 不貞腐れながらそれを頬張る僕を、ふたりの先輩が宥める。

「ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……だって、ねぇ」

「ねー」

 円先輩と司先輩は顔を見合わせ、苦笑する。

 意味ありげな同調。

 果たして、そこに伏せられた言葉はなんだったのだろうか。

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