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 past talk 君が失くした恋のこと(前編)

 千秋那智という男の子と出逢ったのは去年、中学三年に上がったときだった。

 とは言っても運命的なものではなく、ただ単に同じクラスになったというだけのこと。出逢いという言葉を使うには少し大袈裟だろう。

 

 

 

-+-+- past talk 「君が失くした恋のこと」(前編) -+-+-

 

 

 

 それは五月のある日の帰り道だった――。

 その日は私の所属する卒業アルバム制作委員会の会議があり、すっかり下校が遅くなってしまった。もうすぐ19時になろうかという時刻。辺りはもう暗い。

 そこに後ろから追いついてきたのが彼だった。

「今帰り? 遅いね」

 彼は黒地に赤のラインの入ったクラブのジャージを着ていた。部活動で疲れているはずなのに、私の姿を見つけて追いかけてきたらしい。

 当時の彼もやはり子どもっぽく、今のようにそれがかわいいという上級生もいなかったので、ただ単に子どもっぽいという評価しかなかった。特にこの年頃の女子は男子よりも精神年齢が高く、彼を馬鹿にする女の子も多かった。

 私は彼の問いに頷いて答えた。

「僕は見ての通りクラブなんだけど、そっちも?」

 今度は首を振って否定する。

「あれ? 違ってたか。じゃあ、なんだろ?」

 記憶から答えを手繰り寄せようとしているのか、彼は首を捻って考えはじめた。――やがて答えに至る。

「あ、思い出した」

 それは私が正解を言おうと口を開いた瞬間だった。

「卒業アルバム制作委員会!」

 彼は横を歩く私をびしっと指さして言った。

 私はそれに肯く。

「そっか、アルバム制作委員か。大変だね、こんなに遅くなるなんて」

 彼はそう言うが、今日はたまたま決めるべき事案が難航しただけで、普段はもっと早く帰れる。思い出に残るアルバムは自分たちの手で、ということなのだろうけど、撮影自体は専門家がやるので、実際にすることと言えば写真の選別とレイアウトの決定くらいか。本格的に忙しくなるのはまだまだ先のような気がする。

 それからしばらく彼の話を聞きながら歩いていたが、程なく辿り着いた四つ辻で彼と私の向かおうとする方向が異なった。

「ん?」

 ぴたりと彼が足を止めた。顔だけがこちらを向いている。

 私もつられて立ち止まってしまう。

「あ、そっちなんだ?」

 肯く。

「暗いから送っていこうか?」

 それには首を振って断った。

 彼の顔が少しだけ曇る。本当に大丈夫か心配なのだろう。

「大丈夫、近いから」

 私はそう口にした。

 その言葉で安心を得たらしく、途端に彼の顔が晴れた。

「そっか。……じゃあ、また明日」

 そんな別れの挨拶を残して彼は帰っていった。

 私も帰路につく。

 歩き出してから、何となく「また明日」と発音を試みた。もちろん、それには空気を振動させる以上の効果はなかった。

 

 

 

 それから二週間後――、

 卒業アルバム制作委員会の会議は隔週の金曜日に行われる。今日は前のように遅くなることはなく、比較的早く終わることができた。

 私は帰宅する前に、一度、グラウンドに行ってみた。

 ここにきたのは、会議の途中ふと見た窓の外に新入部員を指導する千秋くんの姿があったからだ。会議が終わる頃には夕闇が迫っていたが、彼らはまだ練習をしていた。

 私はそれをただぼんやりと見ていた。

 気がつくと日はすっかり沈み、ボールを追うには照度が足りなくなっていた。時間にして三十分ほど、私はここに立っていたらしい。

「じゃあ、今日はここまでにしよう。整理体操は各自ですること」

 彼の言葉に新入部員たちが返事をする。

 そうして余裕が出たのか、彼はようやく私に気がついた。こっちを見て笑ったようにも見えたが、暗いので確証はない。

 彼が駆け足でこちらに寄ってきた。

「今終わったの? 僕の方ももうすぐ終わりなんだ。よかったら待っててくれる? 一緒に帰ろう」

 私は彼に頷いて答えた。

 この回答に彼は嬉しそうに微笑んだ。今度は近かったので見間違いはない。

 それから彼はバスケットコートに戻り、一年生と一緒にボール籠を片づけはじめた。それが終わればグラウンドレーキで荒れたコートを整える。こういうことは通常一年生に任せてしまうものではないのだろうか。にも関わらず、そうしないのは彼の性格によるところが多いのだろう。

 そして、帰り道――、

 二週間前と同じ道を歩く。小学生のように通学路が決められているわけではないけれど、最短コースをとると自動的にルートが決まってしまう。程なく分かれ道となる四つ辻に辿り着いたが、私たちはその場にとどまりしばらく話をしていた。

 別れ際、私は彼に訊いてみた。

「千秋くんはなぜ私と帰ったの?」

 彼はほんの一瞬だけきょとんとし、その後に微笑んだ。

「それって意外と難しい質問だよね。わざわざ考えたことがない。強いて言うなら同じクラスだから? 前を知ってる顔が歩いていたから声をかけた。丁度帰るところだったから一緒に帰ったってだけのことだよ」

「でも、みんな私のことを面白くないって言うわ」

 そう。

 面白くない――。

 それが私の評価だ。

 それはきっとこの極端に口数を少なくしている主義のせいだろう。陰気に見られるらしい。だからといって孤立しているわけではなく、友達と呼べる人間は人並みにいる。

「そう? 僕は充分に面白いと思うけどな」

 初めて聞く意見だった。

 きっと今度は私がきょとんとした顔をしていたに違いない。

「人の個性キャラクタは別に話し方やその内容だけで決まるものじゃないからね。言葉がなくても僕はいいと思うよ。でも、そうだな。普段はそれでも、たまに冗談を言ってくれたらさらに面白いかもね」

 冗談。

 頭の中だけでその言葉を繰り返し、少し考る。

 そうして思いついたことを私は言ってみた。

「なっちん」

「……は?」

 彼の目が点になった。

「……」

「……」

「なっちん」

「いや、聞こえてるから」

 私は頷いて了解した。

 その後、彼は黙り、しばし考え込んだ。

「それって僕のこと?」

 再び肯く。

「それ、たぶん冗談って言わない」

 私も言う前にそんな気はしていたのだけど、そのまま口にした。その発音を試してみたかったし、それを聞いた彼の反応が見たかったから。

「でも、ちょっと面白かったな。次も期待してるよ。……じゃあね。また明日」

 そう言うと彼は彼は帰っていった。

 家路の途中、私はもう一度「なっちん」と発音してみた。確かに冗談にカテゴライズされないだけあって面白くはない。

「……」

 ただ、さっきの彼の反応は面白かったと思っていた。

 

 

 

「千秋くんとよく一緒にいるみたいだけど、つき合ってるの?」

 最近たびたびそういうことを聞かれるようになった。

 それに対して私はいつも首を横に振って否定している。

 確かに彼は、休み時間など、たまにふらっと私のところに来ては、二言三言、言葉を交わして去っていく。周りから見れば"よく一緒にいる"状態なのかもしれない。事実、私にとって彼は、一緒にいる時間の最も多い男の子ではある。

 聞けば彼のほうも同じような環境にあるらしい。

「そんなことないのにね」

 そして、否定するところも一致している。

 そんな周りからのお節介な詮索も、今は互いに笑って否定できた。だけど次第に、私たちの意思とは無関係に今の状態を保てなくなる環境が整いつつあった――。

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