挿話 学園祭サイドストーリィズ 1-4
1.遠矢一夜
普段から面白くなさそうな様子の遠矢一夜だが、このときばかりは本当に面白くなかったらしい。
細かい理由を数えだしたらキリがないが、最大の理由と思われるものの前ではそれらは無視できるほど小さいと言える。
そして、その最大の理由が、そばに千秋那智がいないこと――である。彼はつい先ほどカノジョではない女の子とどこか遊びに行ってしまった。
「ぎょっぎょっぎょっぎょっ……」
「……」
彼の少年がいないまま一夜はクラスの屋台でたこ焼きを焼き続けている。屋台の前に一夜見物を兼ねて女の子がずらりと行列ができたり、たこ焼きが飛ぶように売れたりしているが、一夜が面白くないことには何ら変わりがない。
「しゃしゃしゃしゃ……」
「……」
しかし、高校生の男子としてその精神活動はどうかと思うので、決して認めるつもりはない。
親友がカノジョをつくろうが、そのカノジョとは別の女の子と遊ぼうが、仲の良い上級生の女子生徒が増えようが、一夜には関係ないのである。
「おーい、遠矢。さっきからたこ焼きの出来がどんどん雑になってきてんだけどー」
「……」
再度言うが、一夜には関係ないのである。
「遠矢ー、これ、ナマ焼けなんだけどー」
「……そうか。そら気づかんかったわ」
関係ないのである。
「ふしゅるるるる~」
「……宮里。笑うのはええけど、せめて人の域を出ない程度の笑い方にしてくれ」
と、そのとき、校内放送がかかった。
『間もなくグラウンドにて3年8組対3年9組によるソフトボール大会決勝戦が行われます――』
そう言えば、一夜は三年の四方堂円に、クラスが決勝戦まで進んだから応援にこいと言われていたのを思い出した。
「まあ、言われたところで、行く気はさらさらないけどな」
ひとりつぶやく。
面倒なので応援になど行くつもりは毛頭ない。店番をしていたと言えば言い訳は立つだろう。
結局、一夜はそのまま形の悪いたこ焼きを量産し続けた。
そして、三十分ほどが経過した頃――、
屋台の前を通りかかった男子生徒の会話が聞こえてしまった。
「決勝戦、なかなか白熱してるらしいぞ。1-0で五回裏突入」
「へぇ。どっちが勝ってんの?」
「8組って話だ」
一夜は作業の手を止めた。
(てことは、あの先パイ、負けてんか……)
「……」
しばし考える。
そして――、
「おい、そこのお前」
クラスメイトに声をかけた。
「悪い。代わってくれ」
「へ? 別にいいけど。……あと、記憶領域に空きスペースがあったらクラスメイトの名前くらい覚えてくれ。俺は――」
しかし、もうすでに歩き出していた一夜の耳にその声は届かなかった。
(ま、ここにおるよりは面白いやろ)
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2.四方堂円
学園祭と一緒に開催されたクラス対抗ソフトボール大会は、大方の予想通り3年8組対3年9組の決勝戦となった。つまり、体育科三年のふたクラスが争うことになったのだ。
四方堂円のクラス、3年9組は初戦が辛勝だった後は楽勝で決勝まで勝ち上がった。
そして、決勝戦――、
最終回に0-0で突入するが、その表でついに点を許してしまい、1点ビハインドで迎えた五回裏。
「まいったね。ここで点が取れなかったら負けなわけか」
円は長い脚を組み、その上で肘を突いてつぶやいた。
「ね、四方堂さん?」
隣りに座っていたクラスメイトの女の子に呼ばれる。
「んー?」
「遠矢くん連れてきてよ、遠矢くん」
途端、ずるっと円の肘が足から滑り落ちた。
「なんっでそーなるのよ!?」
「え? だって四方堂さん、遠矢君と仲いいじゃない。そりゃあもうつき合ってるのかってくらい。だから、連れてきてよ、彼。そしたら俄然がんばっちゃう」
「あ、ああ。アンタの打順がきたらね……」
ただし、その彼女の打順はあと七人ほど先なので、回ってくる前に勝つか負けるかしているに違いない。
「じゃあさ、片瀬さん! 片瀬さん連れてきてくれ。彼女の前なら俺、ホームラン打てる気がするんだ」
「うーさいっ。くだらないこと言ってないで、さっさと行け。ついでに頭にデッドボールでも喰らってこい!」
近くにあったバットを振り上げて男子生徒を追い出す。幸いこの回の先頭打者が一塁に進んでチャンスが広がった。
(つーかさ、司は兎も角、遠矢っちは呼んだんだっつーの)
尤も、そのときの様子だときそうになかったし、実際のところ円自身もあまり期待はしていなかった。
それはいいのだが――、
(アタシってそんなふうに見られてたのか……)
初めて自覚して愕然とする。
思い返せば当然かもしれない。相手は三年女子で一番人気と言われる遠矢一夜。特定の彼女はおらず、ただひとりを除いて男女の区別なく平等に素っ気なく接することで有名である。そんな彼に、円としては面白いからちょっかい出していただけなのだが、周りには特別な仲に見えたのかもしれない。迂闊だったと思う。
(そういう気がまったくないわけじゃないって言っちゃー、まぁ、そうなんだけどさ……)
ひょんなことから一夜の弱い部分や危うい部分を知ってしまったので、その辺りが心配だったり気にかかったりするのである。
しかし、その一夜はというと、気持ちはまた別のところにあって、年ごろの少年らしい女の子に対する興味は今はないときている。
「む」
知らず円は小さな声を漏らした。
(今、ムカッときた。今度、テキトーな理由こじつけて誘ってやろうか……)
いきなり妙なプランを思いつく。
「四方堂さん、四方堂さん」
「……へ?」
名前を呼ばれて円は我に返った。
「打順、回ってきたわよ」
「あ、そうなの? で、どうなった?」
「「 すまん 」」
見るとこの回の二番、三番打者の男子生徒がふたり仲良く正座し、後ろから女子生徒にバットで小突かれていた。このクラスにおける男女の力関係が如実に表れている構図である。
「そーゆーわけね」
嘆息しながら立ち上がり、バッターボックスに向かう。
しかし――、
すぐにツーストライクまで追い込まれてしまった。
「うわお。あとひとりだと思って全力投球だわね」
投げられた二球の球威を見て感嘆の声を上げる。「ちょっとタンマ」とバッターボックスを離れ、二、三度素振りをしてみる。ついでに首に運動として、ぐるりと一周まわす。
と――、
「今ごろくるかね、あいつ……」
視界の隅に遠矢一夜の姿を認めた。
一夜は応援するわけでもなく、ただポケットに手を突っ込んだまま立って見ていた。その姿に円は訳もなく腹が立ってくる。
バッターボックスに戻り、キッとピッチャーを睨む。
それを見てピッチャーが投球モーションに入った。円もバットを握る手に力を込める。
(遠矢っちの……)
ボールがピッチャの手を離れる。
(アホーーー!!!)
円は渾身の力を込めてバットをフルスイングした。
カーン
快音がグラウンドに響き渡り、ボールが抜けるような青空に吸い込まれていく。
「あれ……?」
打った本人も驚く逆転サヨナラホームランだった。
「これはアレか? 遠矢っちがいたから張り切っちゃったってパターン、か? ……いや、まさかね。あははー」
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03.居内加代子
那智が校内をひと回り見て帰ってくると、クラスの屋台は異次元と化していた。
「なに、あれ……」
思わず那智はつぶやく。
そこにはクラスメイトの居内さん――居内加代子がいた。
そこまではいい。ただいただけなら驚きはしない。
彼女はやたらとカラフル、且つ、ヒラヒラした服に、頭には白いカチューシャ――いったいどこの二次元世界から飛び出してきたウェイトレスですか?といった衣装だ。
そんな姿で、居内さんはたこ焼きを焼いていた。
「ああ、あれね。家庭科部で喫茶店やってるんだって」
唖然としている那智の横に宮里晶がきて教えてくれた。なるほど。彼女は家庭科部だったらしい。
「で、ウェイトレスの格好のままで戻ってきたわけ?」
「そゆこと」
「そりゃ強烈だな」
そちらに行けばあの格好も周りに溶け込むのだろうが、たこ焼き屋では単なる不思議時空製造器である。
と、そこで彼女が那智に気づき、こちらに寄ってきた。そして、そばまでくると片手を上げる。
「や、やあ……」
つられて那智も手を上げて応える。
パン
上げた互いの掌を打ち合って小気味よい音が響いた。ハイタッチだ。そして、そのまま彼女はスタスタと去っていった。
宮里晶が腕時計を見て、何かに気づいたように言う。
「あら、もう交替の時間ね」
「……」
居内加代子が去った後もやっぱりそこは不思議時空のままだった。
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4.五十嵐優子
五十嵐優子は時間と乖離した存在だ――と、周囲のものは思っている。
「3番のテーブルから注も~ん。……えっとね、コーヒーと紅茶がひとつずつに、マフィンがふたつで~す」
学園祭の最中、所属する家庭科部の喫茶店でウェイトレスをしていたりするのだが、客が大入りで忙しいにも拘わらず、その声と動作はのんびりしている。……いちおう、気持ちだけは急いでいるらしいが。
そんな彼女に対して周りはというと、「ま、いいか。ゆこりんだし」と許されている。要するに五十嵐優子というのはそういう種類の人間なのである。
「あ、ゆこりん。またきたよ、お客さん」
「わわっ。じゃ、じゃあ、いってくるねっ」
そう言って優子は入り口に向かう。
「いらっしゃいま――」
「ゆこりーん!」
が、いきなりその客に飛びつかれた。抱きつかれて、そのまま頬ずりまでされる。
「ゆこりん、ゆこりん! 私のコロポックルちゃーん!」
「ええ? ええっ!? 良子ちゃん!?」
遅まきながらようやく相手の正体に気づく。
郭良子。
優子の親友のひとりで、バレーボール部に所属する女の子である。その長身のぜいで優子は上から覆い被さるように抱きつかれている。
「やめときなさいって、こんなところで。周りに迷惑だから」
「あ、翠ちゃん」
第三の声に反応して、対象を飲み込もうとするアメーバのような抱擁から顔だけを出して優子が声を上げる。
牧場翠。
郭良子の向こうにいた彼女もまた優子の親友のひとりである。
「悪いね、優子」
翠は襟首を掴んで良子を優子から引き剥がした。
「おお、おお、いつもそうだけど、今日は特にかわいいのう」
それでもあまり懲りていないらしい。
カラフルでヒラヒラした派手な衣装に、頭にはカチューシャ。それがここのウェイトレスのユニフォームである。時間に関わりなくこの店が忙しいのは、半分はこの衣装が理由と言える。
「うんうん。これなら"学園のアイドル"片瀬司にも負けてないわね」
「そ、そんなことないよぉ」
「いいや、今なら絶対に勝てる。やつにこの衣装が着れるか! 着れまい! 奴にファンクラブがあるか! あるまい!」
「……『コロポックルちゃんファンクラブ』。会員はカクひとり」
横で翠がぼそっとつぶやく。
「つまり、我らがゆこりんの方が――」
「もうっ。他のお客さんに迷惑だからさっさと座って!」
「おぶっ」
優子の手刀が良子の喉に炸裂する。
「ぐぉ……。私は今、ゆこりんの地獄突き(ヘルスタッブ)に愛を感じた……!」
ここまで来ると完璧な変態である。
「優子、もうすぐここから出られるんでしょ? だったら一緒に回ろうよ。どこか行きたいところある?」
喉を押さえて蹲った良子は放って、翠が訊いてくる。
「えっと、1年7組のたこ焼き屋さんに行きたいかな?」
「うへぇ、あそこ行くの~? あそこ、時間によっては人凄いよ? なんせ遠矢君と千秋君がいるクラスなんだから」
「う、うん。さっき行ったから知ってる。並んでたのに弾き出されたの……」
「なにーーー!」
復活の郭良子。
「ゆこりんに何てことしやがるか! 行って私が蹴散らしてくれるわー!」
立ち上がった良子は頭上で腕をブンブン振って喚き散らす。それを見て優子は後でこっそりひとりだけで行こうと思った。
と、そのとき三人の横をひとりの下級生が通った。彼女もやはり家庭科部で、優子と同じユニフォームに身を包んでいる。
「あ、加代子ちゃん」
優子の声に加代子と呼ばれた下級生は、ぴたり、と足を止めた。
「どこか行くの?」
訊かれて加代子は黙って入り口を見つめる。
「クラスの方に戻るんだ?」
優子が至った答えに加代子が肯く。
「終わったらまた戻ってきてね。こっちもまだまだ忙しいのが続きそうだから」
しかし、今度は考え込むように斜め下を向いた。
「あ、そうか。そっちのたこ焼き屋さんも忙しいんだったね」
よそが繁盛していても嬉しいのか、優子は綿菓子のようにふんわりとした笑顔で言った。
「でも、上手く様子を見て戻ってきてくれたら助かるかな」
優子のひかえめなお願いに、加代子は頷いて応える。
「お、おい。翠」
「なに?」
「私の見てるものが正しければ、あの子、ひと言も喋ってない気がするんだけど」
「そう見えるわね。でも、会話が成立してる」
横のふたりがそんなことを言っているうちに、加代子は優子に見送られながら行ってしまった。
「なぁに、今の子? 無口とか無愛想とかいうレベルを超えてるんじゃない?」
「そう? 面白い子だよ?」
はてな?と優子は首を傾げる。
「けっこう話が弾んだりするよ? ……まだほとんど声を聞いたことないけど」
「そこがわからん……いや、意外とゆこりんなら波長が合うのか……?」
今度は良子が首を傾げる番だった。
不思議な磁場を持つ人間について常人が考えたところで、そうそう理解が及ぶものではない。良子もそういう状態に陥っているようだ。
「あれ? 加代子ちゃん、あの格好のままクラスに戻るのかなぁ?」
「きらーん☆」
優子がふと口にした疑問に、良子が即座に反応した。
「よし、ゆこりんもそのまま校内を練り歩こう! これで注目まちがいなし!」
「そんなの嫌~~~」
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