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第4話 お出かけ/デート

(なっちん、ピ~ンチッ)

 自分のことをなっちんと言っている辺り余裕があるように見えるが、それこそが錯乱している証拠なんろうな、きっと。

 

 

 

-+-+- 第4話 「お出かけ/デート」 -+-+-

 

 

 

 日曜日――、

 僕は片瀬先輩を待っていた。

 場所は我が家から電車で一時間半近くかかる地下繁華街。ずいぶんと遠い。

 その繁華街の真ん中にある噴水前を指定された。駅から少し離れてはいるが噴水とあまりにも前衛的すぎて一般人の理解の範疇を越えたオブジェがあって、待ち合わせをするにはわかりやすい。

 ただし、わかりやすいが故に人が集まり、相手を見つけにくいという微妙に本末転倒な状況が起きている。

 未だにどういう話の流れでこんなことになったのか謎だが、今日、僕は片瀬先輩と会って出かけることになっている。聖嶺一の美少女、学園のアイドルと称される、あの片瀬先輩とだ。本当にわけがわからない。

 軽い興奮状態で思考能力が低下していたのか、僕がここに来たのは約束よりも一時間も前だった。うまい具合に噴水の淵が空いていたのでそこに腰掛ける。到着から三十分が経ち、バカみたいに早くきたことを呪いはじめたころ、事件は起きた――

「ねぇ、君、今ひとり?」

 そう声をかけられて顔を上げると、そこには二人組の女の人がいた。濃いめの化粧と派手な服装。大学生だろうか。もし高校生だとしたら、速攻、生徒指導室モンの化粧だ。

「暇だったらさ、一緒に遊びに行かない?」

 あぁ、つまり逆なんちゃらってやつね。面倒なのに引っかかっちゃったな。

「いえ、人を待ってますので」

 ここは日本人らしく曖昧な表現で丁重にお断りしておこう。

「えー、いいじゃん。待たせるやつなんかほっといちゃえ」

「もしかして相手は女の子?」

「……」

 ……相手は日本語の美点を解さない人種だった。人の話を聞けよ。それにふたりの連携もとれてないし。素晴らしく会話が噛み合わない。

「全部こっち持ちでいいから」

 要するに奢りってことらしいが、そういう問題じゃない。

「いや、あのですね……」

 僕は次の言葉が出てこなかった。

 何せ僕の人生でここまで勝手で強引な人間に出会ったことがなく、一体どんな対処がベストなのかわからないのだ。

(なっちん、ピ~ンチッ)

 で、冒頭につながるわけだ。

 この人語を解さない未知の生物に、どう言ったら納得してもらえるのだろうか。これまでの短い人生の中で習得し、蓄積した語彙の中から最適な言葉を探す。……あー、その、なんだ。考えてる間にだんだん

悪口フォルダからランダムに取り出してぶつけたほうが手っ取り早くお引き取り願えるような気がしてきたぞ。

 と、そのとき、僕と二人組の間に誰かが割って入ってきた。

 軽くウェーブした、ふわふわと柔らかそうなハニーブラウンの髪が僕の視界に広がる。見間違えるはずがない、片瀬先輩の髪だ。

「人の友達を勝手に連れていこうとしないでくれます?」

 ぴしゃりと言い放つと、片瀬先輩は相手の反応も見ずこちらを振り返った。

「行こ、那智くん」

 そして、僕の手を握ると足早に歩き出した。

「えっ? あ、あの……。ええっ!?」

 言葉がうまく出てこない。周囲から音が消えた。視覚情報と思考がリンクしない。つまり平たく言うと……パニック?

 よし、まずは状況確認だ。

 先輩が僕の手を握っている。先輩の手はすごく綺麗で柔らかい。けれど――、

(めっちゃくちゃ痛い……)

 握っていると言うよりは無造作に掴んでいる感じ。歩く歩調は荒く、僕を引っ張ってずんずん歩いていく。

 僕はおそるおそる訊いた。

「せ、先輩、もしかして怒ってます……?」

「怒ってます!」

 うわあ、丁寧語だ。

 先輩は僕のほうへ振り返りながら即答した。合わせて僕の足も止まる。まるでダルマさんが転んだのようだ。掴まれていた手はもう離されている。

 片瀬先輩は顔を突き出して、僕に迫ってきた。反射的に僕は頭を後ろに退く。それから先輩は右目だけで見るようにして、僕を睨んでくる。もの凄~く睨んでる。が、もとがかわいいのでどこか迫力に欠ける。怒っているというよりも拗ねているように見えた。

 いきなり先輩は綺麗な指を僕の鼻先に突きつけて言った。

「気をつけなきゃダメよ。那智くんかわいいから、ああいう変なのがすぐに寄ってくるんだから」

 その注意はどうかと思う。僕は子どもか?

「えっと……」

「わ・か・り・ま・し・た・か!」

 一音ごとに指を振って、先輩の指がさらに近づいてくる。仰け反った上体を起こせば鼻に突き刺さりそうだ。これで今何か反論したら本当に指で鼻っ柱を突かれかねない。鼻ならいいが、目だったら痛そうだ。

「……ごめんなさい。気をつけます……」

「はい、よろしい」

 そして、破顔一笑。

 先輩はいつもの先輩に戻り、僕はほっと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、いきましょうか」

「え? いくって、どこにですか?」

 僕が訊き返すと、すでに歩きはじめようとしていた先輩が再び振り返った。くるりんくるりんと何度も向きを変える先輩の動きがコミカルで少し面白かった。

「そうねぇ。やっぱりまずは那智くんの改造からかな?」

 改造!?

 僕、これから何をされるんだろう?

 すっごい不安……。

 

 そして連れてこられましたファッションフロア――、

「ここがよさそうね」

 ひと通りフロアを回ってから、片瀬先輩は一軒のショップを選んだ。選考基準は不明。先輩に続いて中に入り、ようやくそこがメンズファッションの店だと判った。

「ところで那智くん。今、そのブラウスの下はどんなの着てる?」

 ふいに神妙な顔で先輩は妙なことを訊いてきた。

「ただのプリントTシャツですが?」

「ふうん」

 そのまま先輩は僕の胸の辺りを見つめて考え込む。体をじっと見られるのは、顔を見つめられるのとはまた別の恥ずかしさがある。

「ちょっと見せて」

 そう言うと先輩は僕のカッターシャツに手を掛け、ボタンをひとつ外した。

「ななな、何を……」

「はい、ちょ~っと動かないでねぇ」

 慌てふためく僕をよそに先輩はボタンを上からひとつずつ外していく。四つ外したところでシャツが左右に開かれ、英字のプリントが露わになる。

「地味過ぎず主張し過ぎず。なかなかいいチョイスだと思うわ」

 たかがTシャツをここまで真面目に誉められたのは初めてだ。先輩はそれだけ言ってから商品に目を向け、物色しはじめた。やがてアイテムをいくつか選び出してきて、僕に差し出してきた。

「じゃあ、まずはこれから」

「……何です、これ?」

 わけがわからず僕は思わず訊き返した。

「何って……。ほら、前に言ったでしょ? わたしに服を選ばせてくれるって約束。違ったかな?」

 そう言えば確かにそんな話があった気がするけど、あれって約束ってほどの代物だったっけ? でも、まぁ、先輩が完全にその気になっているし、仕方なく僕はフィッティングルームに入った。こんなことなら脱ぎにくいバッシュなんて履いてくるんじゃなかったな。

 それからが大変だった。僕が着替えて出ていくと先輩はすでに次の服を持って待っていて、「次はこれね」「今度はこっち」「上だけこれと替えてみて」と、次から次へと渡してくるのだ。脱いだり着たりするだけだが、三十分もやればかなり疲れる。しかも、途中から店員までが加わって「あら、かわいい」「これなんてどうでしょう?」なんて、明らかに楽しんでる様子。これじゃまるで着せ替え人形だ。

(しかも、セーラーカラーのマリンルックって、絶対ネタだろ……)

 で、結局、ストバスでもやりそうなストリートファッションに収まった―――のはいいんだけど、ボトムがハーフのカーゴパンツってのはちょっとな。まるで子どものようだ。

「よく似合ってるわ、那智くん。じゃあ、それはわたしからのプレゼント。今日はこれでいきましょ」

「いや、そんなの悪いですよ」

「いいの、気にしないで。服を選んであげるっていうのは、そこまで責任を持つことだと思ってるから、わたし。……店員さん、あとお願いします」

 言うだけ言うと、先輩は精算に行ってしまった。僕も後を追いかけようと思ったが、タグやら値札やらを外すのに店員に捕まり、動けなくなった。やがて先輩が戻ってくるのとほぼ同じくらいで、僕も解放された。

「はい、わたしからもうひとつプレゼント。えいっ」

「わあっ」

 いきなり先輩に乱暴にキャップをかぶせられ、僕の視界が真っ暗になった。

「何をするんですか、もう……」

 顔を覆うほど深くかぶせられたキャップを上げると、目の前に先輩の顔があってどきっとした。

「ふふっ、那智くんに似合いそうなのがあったから。……貸して」

 だからってそんな悪戯をしなくてもいいと思う。

 先輩はキャップを手に取ると、もう一度ちゃんとかぶせてくれた。が、そこにもこだわりがあるらしく、角度を変えては顔を引いて全体像を確認して、また角度を変えるのを何度も繰り返した。

(うわー、うわー、うわー)

 で、僕はというと、先輩の顔が目の前にあるせいで、心臓が早鐘を打っていた。視線が頭に向けられているのだけが救いだ。

「よし、できたっ」

 ようやく納得できる位置に落ち着き、先輩は満足そうに笑顔を浮かべた。しかし、まあ、何だ。いよいよキッズファッションじみてきたな、僕。

「お似合いですよ」

 店員はニコニコと笑顔で言うが、僕は何となく微妙な気分だ。姿見を見る限り、似合ってなくはない。だからこそ男としては微妙なわけで。

「嬉しいわ。ありがとう」

 僕が素直にお礼を言えずにいると、先輩が先に返事をした。やはりコーディネイトした本人としても誉められることは嬉しいのだろう。

(何かどっと疲れた……)

 店を出て地下街を歩きながら僕は思った。

 先輩と合流して、服を選んで貰った。言葉にすればただそれだけのことなのに、何だろう、この疲労は。やっぱり片瀬先輩といることで緊張しているのだろうか。

 横ではその先輩が鼻歌まじりで歩いている。

 そして、いきなり――、

「あの店員さん、わたしたちのこと、お似合いだって」

「は?」

 びっくりして思わず僕は立ち止まってしまった。

「そういう意味だったんですか!?」

 お似合い? 僕と先輩が?

 なわけないじゃん。

 僕より先輩のほうが年上だし、背だって僕より高い。いや、僕が低いだけなんだけど。どう考えてもバランスが悪い。

「そ、それはまた盛大な勘違いで……」

 僕から少し遅れて先輩が足を止め、こちらに振り返った。

「勘違い? ……ええ、そうね」

 と、先輩は曖昧な笑みを浮かべる。

「でも、お客が喜ぶことを言えるという点では、よい店員さんだと思うわ」

 なるほど。そういう考えもあるか。確かに僕もそう言われたら悪い気はしない。

(……ストレートに嬉しいと言えんかね、僕)

 我ながら素直じゃないと思った。

 時間はようやく正午。まだまだ先は長そうだ。

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